テツオ

Open App

【UNDERTALEのネタバレが
 多分に含まれています】


逃げたいすら思えない。

なんで自分がここに立って、漏れ出す黄金の光に充てられるのか、どうしてこの、どうしようもなく綺麗で、汚れさえしなかった回廊をきずつけているのか、なにもわからない。

“弟のこと”が憎いのか、それとも、このおれに、正義の心がわずかに残ってたのか?
ただ、殺されるのが怖いだけなのか。

ただ、こどもが遊びみたいに振り回す道具を、ギリギリで避けて、滴った汗を床に散らせて、ひたすらに攻撃してるだけだ。
バカみたいな数値で、バカみたいな生涯しかおくれないおれはなんなんだ。

「……なにがおもしろいんだ」

こんな終末をだれが望んだのか、そう疑問に思いかけたが、疑問を抱く間もなく答えがすぐそこにある。

こどもは、たのしげで、興奮していて、頬ははりつめたりんごみたいに赤い。
鐘の音が鳴って、しかしこどもはそんな音を一切聞いていない。
おれは、鐘の音か、こどものおもちゃを振るう音か、あるいは自分が回廊の装飾を引き剥がす音かしか、聞こえていないのに。

「アンタはなにがしたいんだ。ほんとにこんなことをのぞんでたのか」

友人になれたかもしれないヤツを殺して、大切に想ってくれたひとを殺して、だれかの、大切な存在だったヤツを、殺し回って、次はおれだ。
シャツが汗にひどく濡れている。

「こうなれば、アンタはまんぞくできるのか」

もし、こうすればどうなるのか。
純粋な子供はいない。どこにもいない。
こどもはみんなワガママで、自分がすべてで、親が大切に守ってくれている籠のなかふんぞりかえって積み木を壊したり建て直したりして、世界を牛耳ってる気になってるような、ひらたくいえばアホだ。

おれはこどもが嫌いだ。

「……疲れないのか。後悔はないのか?」

息がひどく弾んでいて、汗が止まらない。
おれは昔こどもだったんだろう。

そして大人になるんだ。
大人になれば、こどもをこどもとして見れる。

おれは、大人になってよかったと思う。
だが同時に、自分がこどもだったら、こうやってひとりよがりにおもちゃをふりまわすようになる前に、どうにか、満足させてやれてたのかもしれない。

「もういい。オレはもう、次で死ぬんだろ」

こどもの頭がピクっと動いた。
予想外だったか。コイツは、予想外なことがだいすきだ。なにか、新しいなにかをずっと待っている。

「ハハ。その顔ウケるな……じゃあ、また次で会おう」

冷蔵庫に入ったポペトチッスプの袋、シンクの下の、弟の写真。キッシュのベンチ。
おれのしらない場所……扉の向こうとか、ヘンなヤツがうじゃうじゃいる部屋とか。
きっとおれの部屋も、家の裏にある、あの部屋も、ガレージだって、全部はいったんだ。

もうコイツにしらないことはないんだろうな。
ここは狭い。

こどもはおれの攻撃をからがら生き延びて、おれをジッとみすえている。
たぶん、今回は、いつもと違うんじゃないか。
スペシャルこうげきをやめたからな。

めをとじる。
きょうはほんとうにいい日だ。
……パーカーの下にある背中は、ぐしょぐしょにぬれてるのに、黄金色のひかりはそれを照らして、冷たくしない。
…………鏡みたいにすきとおったタイルは、めをとじていてもキラキラしてるのがわかる。
薄くめをひらくと、こどもは、おれをじっと見つめたまま、きもちわるく停止している。

「……オレと戦ってる間に、大人になっちまったか?」

鐘の音が響く。
こどもはおもちゃを握りしめたまま、なにか迷うような表情でこちらを見ていた。

「おまえ」

そんな顔もできるんだな。
言い切る前に、こどもは驚くべき行動を示してきた。

*みのがす

顔をしかめたくなる。弟のパスタより、もっと情熱的にだ。

「え?マジで誕生日だったのか?メモしておかなきゃな……おっと。紙もペンも、アンタの友達も、みんないなくなったんだっけ?」

*みのがす

「……単なる操作ミスじゃなさそうだな。どういう風のふきまわしだ?」

こどもは一瞬、眉を動かしたが、またすぐにおれへ、なんらかの慈悲をかけた。
おれはもう、今度こそ黙るしかない。
だれがこんな状況で背むけて逃げるっていうんだ。
きっとこれも、好奇心の一貫にすぎない。

*みのがす

おれがなにも言わなくなったから、もう連打に近い。

*みのがす

「なあおい、いい加減みぐるしいぜ。心にもないことやるなよ」

おれは顔を思いっきりしかめて見せて、ため息を吐きながらその場に座り込んだ。

「……ここでオレがアンタと和解して、そしたらどうなる?」

今度はこどもがしかめっつらをした。
なにかを思い出したんだろう。
一拍置いてから、またボタンを押す。

*みのがす

「そうだろうな。
アルフィーが王様になるトゥルーエンドだ。
いや、バッドエンドか?
……つまり、オレがここで行動を変えて、アンタがにがしても、エンディングにはさほど差異はない」

*みのがす

今度は二拍あいた。

「そしたら、アンタどうする?」

*みのがす

「また時間を巻き戻して、次のオレを殺すんだろ?」

*みのがす

「やめろよ『みのがす』なんてさ。
オレの塵がおまえの体にこびりついてるの、アリアリと思い浮かぶぜ」

*みのがす

「しつこいな」

*みのがす
おれは、タイルから腰をあげて、こどもに向き直る。

「……わかった」

こどもは、ハッキリと喜ぶ。
しかしやはり、可愛くないし、好きにはなれない。

おれはゆっくり手を、そいつに差し出して、握手した。
こどもはしばらくおれの手を離さなかった。すがるようなもんじゃない。まるで、……もういい。
ああ、こどもがおれの手を離さないのは、むしろ好都合だ。

「じゃ、次のオレによろしくな」

こどもは、逃げ場のない攻撃に耐え兼ねて、自分の血溜まりのなかへひざまづき……ついに、おもちゃがその憎たらしい手から剥がれ落ちる。
タイルにそのおもちゃが、甲高く打ち付けられるが、おれにはその音が、ほんものの鐘より、鐘っぽく聞こえた。

「ハハ。おかしいな。握手しただけなのに死んじまった。ギリギリで切り抜けたからだ。つぎはもっと余分に体力を残しておくんだな」

こどもは、こうなることをわかってたんだろうか。もはや生気を失ったその顔面から、思考を読み取ることは不可能だ。

……しかし、この結果すら、アイツには喜ばしいものだったんだろう。これだけはわかる。

あいつは好奇心の奴隷だ。

おれはなんだろう。
たぶん、義務から逃げられない、おろかな大人だ。

5/23/2024, 11:06:12 AM