MWの二次創作

Open App
10/16/2025, 11:35:39 PM

消えた星図



 星を見よう、と言い出したのはホームズなのに、直前になって持ってきていたはずの星図を無くした、と騒ぎ出した。
「星図?」
「星の位置を記した図なのだよ。星の地図って言えば、分かるかい?」
「うん」
 そういえば小学生の頃、理科の授業で貰った気がする。翌年の夏休みの自由研究で、この星図を使って夏の星座を観察し続けたクラスメイトが、校長先生から表彰されたのを覚えている。
「もうすぐ消灯の時間になるよ」
「だけどあれがないと、星を見ても分からないじゃあないか!」
 分からないんだ。勝手に星に詳しいと思っていた。
「古代ギリシャ人になろう、ホームズ。自由に星空を眺めて、自由に英雄譚を作るんだ」
「僕は探偵しか興味が」
 うだうだ言うホームズの手を強引に引いて、部屋を飛び出した。後ろから「くらげ!」と制止の声が聞こえるが、無視した。
 道中で春菊とジンに会い、二人も誘ったが断られた。
 スタッフの目を盗んでホームズが昼間拝借した鍵を使い、屋上に忍び込んだ。
 重厚な扉を開けると、冷たく柔らかい秋の夜風が頬を撫でた。ホームズは寒そうに、羽織っているカーディガンの前を重ね合わせた。
「うわあ……」
「さすが田舎だね」
 感嘆が漏れる。都会の生まれ育ちのホームズは、そんな事実を口にする。
 澄み渡る夜空に、零れ落ちんばかりの星が輝いているのを、初めて見た。大小様々で、白や黄色、赤色の星が世界中いっぱいに広がっている。
「知ってるかい、くらげ。今見えている星々のいくつかは、令和七年現在存在していないんだ」
「知ってる。何年も前の光が届いて、見えているんでしょ」
「そうだ。だから、例えば十年後に、僕との今晩を思い出して夜空を眺めても、僕と見た星のいくつかは無くなっているだろうね」
 星図も望遠鏡もなく、しばらく黙って夜空を眺めていた。今しか見えない光景を、瞼の裏に思い出として刻み込もうとして。
「くらげ、見てみたまえ。あの赤い星から、白い星を点々と結ぶと、弓に見えないかい? きっとあれば、大英雄の落し物だろうさ」
「ロビン?」
「オリオンでは?」
「ねえ、その右側さ。真っ直ぐ三つ並んでる星が分かる? 少し傾いているけど、三味線に見えない?」
「見える。やはり、春菊さんを連れてくるべきだったかな」
「今からでも来てくれるかな?」
「いや。春菊さんは消灯時間を過ぎてからベッドを抜け出すような不良じゃないぜ。僕らとは違うんだ」
「じゃ、次の機会にだね」
「あ、あそこに人がーー」
 今夜の星は、大英雄の弓と三味線落し物があり、それを持ち逃げしようと狙う人がいたり。喧嘩をしている子犬二匹や、砂時計、某ハンバーガーショップのロゴも見つけた。
「明日UVER頼もうかな」
「僕も頼もう。くらげ、今の時期の限定はなんだろうね」
「月見バーガーじゃない?」
「いいね。明日のお昼に一緒に食べよう」
 食べ物の話をしているうちに、小腹がすいた。寒さも厳しくなってきたので、部屋に戻ることにした。
「ねえ、ホームズ。星図なんか無くても、楽しめたでしょ?」
「ああ。とても」
 音を立てないように扉を開き、屋上を後にした。
 手の届かない上空では、オリオンが棍棒を振り上げていた。

10/14/2025, 12:00:42 PM




「梨って、甘いのもあるけど、食感がシャリシャリしてて美味しいよね」
 松林奏志のその言葉を聞いた津島一葉は、ちらりと竹原敦也を見た。味覚が麻痺している一葉は、有島結作が持ってきた梨を断ってしまった。美味しく食べられないから、美味しく食べれる人で食べてほしい、と。一葉のことを知っている面々はそれで、誰ひとりとして嫌な顔をしなかったどころか、梨を持って来た結作が逆に申し訳なさそうにしていた。
「芋けんぴ食べるか?」
 岡野辰希は、自分が食べるように持っていた小袋の芋けんぴを差し出した。それをもらい、一葉と辰希は二人でぽりぽりと芋けんぴを食べていたのだ。
 一度断り、辰希から芋けんぴをもらった手前、今更梨を食べたいとは言えない。でも食感で楽しめるなら、みんなと同じものが食べたい。
「食べてみる? しゃりしゃりしてる」
 一葉の視線を察した敦也は、一切れの梨をフォークに指し、一葉に手渡す。
「そうか。食感は分かるんだもんね。最初にゆうとけば良かったわ」
 結作が二人の様子を見ながら言った。
「いえ……」
 結作に見つめられながら、一葉は梨を齧った。しゃくりと歯切れのいい音がする。
「……美味しい、気がする」
「なんじゃなんじゃ。芋けんぴ食べた時よりも美味しそうにしよって」
「ごめん」
「えいえい。みんなで同じもん食べた方が美味しいに決まっちょる」
 辰希は本気でむくれているのではなく、からかい半分以上で、拗ねてみせているだけの様子だ。肩を揺らして笑い、その背中を中本直弥が突っついた。
「辰希。芋けんぴ」
「ほい」
 辰希は直弥の目の前に小袋を差し出した。
「一葉。俺のもお食べ」
 安永海星が自分の皿を一葉に渡す。その皿にはまだ、三切れの梨が残っている。
「え、でも」
「実は俺、紫堂とここに来る前、二人で喫茶店に寄ってさ。ケーキ食べたから、お腹いっぱいなんだ」
 海星が少食ではないことを奥村紫堂は知っているが、何も言わなかった。
「あ、ありがとうございます」
 一葉の差し伸ばした手に、皿が渡る。
 不意に一葉のフォークが取り上げられ、皿の上に、梨がひとつ、またひとつと乗せられて行く。
「ちょっと借りるで。ほい。僕のも食べや」
「僕のもどうぞ!」
「俺も芋けんぴ食べすぎて、もう食べれん」
 何やかんやと理由をつけ、結作、奏志、辰希が一葉の皿に梨を追加していく。
「え、え、あの」
「普段なんも食べへんやん? やから、一葉くんが美味しそうに食べるんが、なんか、嬉しくて」
 結作が微笑む。一葉は青白い頬を少し染め、俯いた。
「……次は……ご飯が、食べたい。みんなで」
「良いじゃん! 行こ! ご飯行こ! 今からでも!」
「奏志、今からは……」
「そうだな。今日はいないメンツもいるから、全員揃った時だな」
「湊も誘う? やったら、昼ご飯でどう?」
「そやな。未成年に合わせんといかんちや」
「外に食べに行く? それとも、誰かの家に集まる?」
 みんなが楽しそうに次の計画を口々に話す光景を見ながら、一葉は梨をまたひとつ齧った。口内に広がる甘いらしい果汁が口端から溢れ、手に落ちた。それでも、幸せだな、と思った。





(マンネリ化してきたので、自創作品の垣根を越えさせてみました。け)

10/11/2025, 11:22:24 PM

未知の交差点



 ーー不思議な夢を見た。

 俺は、見知らぬ都会街をあたかも生まれ育った街かのように歩いていた。目的地は決まってる。駅だ。私は駅から電車に乗り、バイトに向かう途中なのだ。
 なんのバイトだっけ。ああ、そう。アパレルショップの店員だ。
 私はバスで十分かかる駅まで、今歩いている。歩くのが好きで、特に早朝の澄んだ空気が心地好くて癒される。都会にいたって、山の上ほどではないが、早朝の排気ガスを余り含んでいない澄んだ空気は良い。
 色んな人とすれ違った。今日は平日だから、制服やスーツ姿の人々が目立つ。
 車道をUberEATSの配達員が乗った自転車が賭けて行く。引越し業者のトラックも通った。廃品回収の軽トラも見かけた。外国製の車も見かけ、なんだか得した気分になった。
 私は、見知らぬ都会の街をあたかも生まれ育った街かのように歩いていた。
「美園さん」
 不意に背後から声をかけられた。振り返ると小柄でメガネをかけた男性が私を見て微笑んでいた。
「ああーー桂木さん。今から仕事?」
「うん」
 彼は高校生の頃の同級生だ。たまに駅までの道すがらに会う。そしていつも駅まで一緒に行くのだ。職場の方面は真反対だから、改札口まで。
 彼は小学校の非常勤教師として働いている。そろそろ文化祭だね、なんて話をしながら、二人並んで駅に向かう。
 見知らぬ街。見知らぬ店。見知らぬ家並み。見知らぬ交差点。
 その交差点は無人だった。
 信号待ちをしている人はおろか、先程まで頻繁に行き交っていた車の一台もない。
 隣を見ると、今の今まで話していた彼がいなくなっている。
 怖くなかった。この瞬間、私はこれが夢だと気付いたのだ。
「だって」
 試しに声を出してみる。やはり、耳に返ってくる声は、生まれてからずっと聞き続けている自分の声ではない。
 私の声より低く、太い。
「私はーー体は女性だよ」
 交差点の向こう、ガラス張りの店に、私の姿が映っている。青いジャンパーを羽織った男性だ。
 男性になりたいとは願うけれど、決して成れない理想の姿が映っている。
「美園くん」
 振り返ると、ガラスに映っていなかった木村怜の姿があった。
「これは夢なんだよ」
「……知ってる」
 一瞥すると、怜は消えた。
 未知の交差点は、相変わらず俺以外の人がいない。
「胸糞の悪い夢だ」
 舌打ち混じりに夢を吐き捨てた。

10/11/2025, 12:38:38 AM

一輪のコスモス



 庭に野生のコスモスが咲いた。殺風景な緑色の中に、ピンクの細い花弁が可愛らしい。
「そんなことあるんですね」
「ばーちゃんが庭いじり好きな人やったから。残っとったんちゃう? 知らんけど」
「本当にそれ言うんですね。大阪の人って」
 縁側に並んで座り、庭に咲いた一輪のコスモスを見ながら、湊はスマホをいじっている。
「種は一年草ですって。枯れたら、再生することはないそうですよ」
「じゃ、手入れしてへんかったから見えへんかっただけで、毎年咲いとったんかな」
 一年前までの雑草まみれの庭を思い起こした。今年になって草刈り機なんかを買い揃えて庭をキレイにしたが、それまでは無法地帯だった。枯葉だけでなく、枯れ枝まみれでもあった庭に、コスモスが咲いていたって気付けない。
「持って帰る? 引っこ抜こか?」
「いや。このままにしてあげてください。おばあさんが好きなんでしょう?」
「……もう帰ってけえへんけど」
「じゃあ、写真でも見せてあげたらどうですか?」
 湊に言われて、なんとなくで写真を撮った。

 数日後、施設にいる祖母にその写真を見せると、少女みたいに笑って喜んでくれた。

10/8/2025, 6:54:27 AM

静寂の中心で



 世界が崩れ落ちた時、耳が痛いくらいの静寂に包まれていた。

 ーー【僕は、なんとかして竹さんを忘れようと思って、ことさらにマア坊のほうに近寄って行って、マア坊を好きになるように努めて来たのだが、どうしても駄目なんだ。】
 ーー【けれども、いよいよ大戦争がはじまって、周囲がひどく緊張してまいりましてからは、私だけが家で毎日ぼんやりしているのが大変わるい事のような気がして来て、何だか不安で、ちっとも落ち着かなくなりました。身を粉にして働いて、直接に、お役に立ちたい気持ちなのです。】
 ーー【笠井さんは、自惚れていたわけでは無い。いや、自惚れるだけのことはあったのかも知れない。いたずら。悪事が、このように無邪気に行われるものだとは、笠井さんも思っていなかった。笠井さんは、可愛らしいと思った。】
 ーー【子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親の方が弱いのだ。】

 僕が生きてきた世界とは遠くかけはなれた、人間が生きている世界のことを、僕はなにも知らなかった。
 知らない。僕はなにひとつ知らない。その感情も。その激動も。欲望も。……親子の温もりも。

 ーー【自惚れて、自惚れて、人がなんと言っても自惚れて、ふと気がついたらわが身は、地下道の隅に横たわり、もはや人間ではなくなっているのです。】

 僕は自惚れていたことなど、一度もない。けれど既に人間ではない僕は、一体。
「……」
 喉が動くも声にならない。乾燥した瞳は、冷たい世界を綴った文字を追いかけるばかりだった。
 僕の胸の中に渦巻くこの感情は、なんなんだろう。
 そう考えることさえ頭痛に邪魔されてままならない。
 ーー死のう。死んで、生まれ変わって、最初からやり直そう。そうだ。それがいい。
 耳が痛いくらいの静寂の中心に、僅かな音が響く。
 部屋を歩く裸足の足音。引き出しを開ける音。大量の市販薬。水を汲む音。ヒートから薬を出す音。そして。水と共に薬を飲み込む音が、耳の奥で響いた。





 何度も死に損なった僕は今、薬指の指輪を眺めながら、味のしないコーヒーを飲んでいる。
 何年経っても、家族の絆や温もりなんてものは分からない。けれど竹原敦也に出会って、大学に通い、ひっそりと暮らしながら、人間社会の複雑な構図にはだいぶ慣れてきたし、理解出来る部分も増えた。
 敦也は今日は来ない。仕事が忙しいらしい。
 ひとりだけの部屋は、全く物音がしない。

 ーー【「私はなんにも知りません。しかし、伸びていく方向に陽が当たるようです。」】

 僕を包まれる静寂は秋の心地好い陽射しに包まれていた。





引用:太宰治著「パンドラの匣」「待つ」「八十八夜」「黄桃」「美男子と煙草」

Next