梨
「梨って、甘いのもあるけど、食感がシャリシャリしてて美味しいよね」
松林奏志のその言葉を聞いた津島一葉は、ちらりと竹原敦也を見た。味覚が麻痺している一葉は、有島結作が持ってきた梨を断ってしまった。美味しく食べられないから、美味しく食べれる人で食べてほしい、と。一葉のことを知っている面々はそれで、誰ひとりとして嫌な顔をしなかったどころか、梨を持って来た結作が逆に申し訳なさそうにしていた。
「芋けんぴ食べるか?」
岡野辰希は、自分が食べるように持っていた小袋の芋けんぴを差し出した。それをもらい、一葉と辰希は二人でぽりぽりと芋けんぴを食べていたのだ。
一度断り、辰希から芋けんぴをもらった手前、今更梨を食べたいとは言えない。でも食感で楽しめるなら、みんなと同じものが食べたい。
「食べてみる? しゃりしゃりしてる」
一葉の視線を察した敦也は、一切れの梨をフォークに指し、一葉に手渡す。
「そうか。食感は分かるんだもんね。最初にゆうとけば良かったわ」
結作が二人の様子を見ながら言った。
「いえ……」
結作に見つめられながら、一葉は梨を齧った。しゃくりと歯切れのいい音がする。
「……美味しい、気がする」
「なんじゃなんじゃ。芋けんぴ食べた時よりも美味しそうにしよって」
「ごめん」
「えいえい。みんなで同じもん食べた方が美味しいに決まっちょる」
辰希は本気でむくれているのではなく、からかい半分以上で、拗ねてみせているだけの様子だ。肩を揺らして笑い、その背中を中本直弥が突っついた。
「辰希。芋けんぴ」
「ほい」
辰希は直弥の目の前に小袋を差し出した。
「一葉。俺のもお食べ」
安永海星が自分の皿を一葉に渡す。その皿にはまだ、三切れの梨が残っている。
「え、でも」
「実は俺、紫堂とここに来る前、二人で喫茶店に寄ってさ。ケーキ食べたから、お腹いっぱいなんだ」
海星が少食ではないことを奥村紫堂は知っているが、何も言わなかった。
「あ、ありがとうございます」
一葉の差し伸ばした手に、皿が渡る。
不意に一葉のフォークが取り上げられ、皿の上に、梨がひとつ、またひとつと乗せられて行く。
「ちょっと借りるで。ほい。僕のも食べや」
「僕のもどうぞ!」
「俺も芋けんぴ食べすぎて、もう食べれん」
何やかんやと理由をつけ、結作、奏志、辰希が一葉の皿に梨を追加していく。
「え、え、あの」
「普段なんも食べへんやん? やから、一葉くんが美味しそうに食べるんが、なんか、嬉しくて」
結作が微笑む。一葉は青白い頬を少し染め、俯いた。
「……次は……ご飯が、食べたい。みんなで」
「良いじゃん! 行こ! ご飯行こ! 今からでも!」
「奏志、今からは……」
「そうだな。今日はいないメンツもいるから、全員揃った時だな」
「湊も誘う? やったら、昼ご飯でどう?」
「そやな。未成年に合わせんといかんちや」
「外に食べに行く? それとも、誰かの家に集まる?」
みんなが楽しそうに次の計画を口々に話す光景を見ながら、一葉は梨をまたひとつ齧った。口内に広がる甘いらしい果汁が口端から溢れ、手に落ちた。それでも、幸せだな、と思った。
(マンネリ化してきたので、自創作品の垣根を越えさせてみました。け)
10/14/2025, 12:00:42 PM