MWの二次創作

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3/16/2026, 10:58:47 AM

怖がり



 生きることは痛いこと。
 恋をするのは悲しいこと。
 甘えるのは怖いこと。
 津島一葉は読んでいた本を閉じた。読んでいたのは読書が苦手な竹原敦也が唯一読めるライトノベル小説だ。昨日敦也が家に来た時に忘れていったもので、読みたかったら読んでもいい、ただしネタバレはするな、と言われたのだった。
 その小説は敦也曰く「最近流行りの、主人公がチート能力を持つ異世界転生もの」だそうだ。日本の社畜サラリーマンだった男が、橋から飛び降りたのをきっかけに異世界に転生し、生前(?)好きだった戦国の戦略知識を元に、戦はひとりでするものという常識の世界で天才軍師として成り上がっていくストーリーだ。
 独りで災害級の魔物を討伐出来る孤高の天才剣士や、無能だと言われた対人強化魔法に秀でた魔法使いなどが登場する。彼らとパーティを組み、領土拡大を目論む隣国との戦争に身を投じたところで読書を止めた。
 馴染みはないが、仲間と切磋琢磨して成長していく展開は成長途中の青春と通ずるものがある。熱い。
 生きることは痛いこと。
 恋をするのは悲しいこと。
 甘えるのは怖いこと。
 作中で主人公はそう言った。仕事に追われ、実家に帰れず、学生時代の友人とは疎遠になり、恋人も出来ない彼は、橋の欄干に手をかけてそう呟いたのだ。
 甘えるのは怖い。確かに。
 ソファの上で骨の浮き出た膝を抱える。スプリングがギシッと音を立てた。
 恋人の敦也は、甘えたところで嫌ったりはしないだろう。寧ろ「もっと一葉がしたいことを言ってくれ」と出掛けた際に言われるくらいだ。
 そうじゃない。甘えられる人間がいなくなった時、自分がどうなるのか分からなくて怖い。
 きっと敦也は細い目を大きく開いて驚いた後、豪快に「離れるわけないだろ」と笑い飛ばしてくれるんだろうけど。
 今まで甘えられたことがないから、自分が壊れてしまいそうで怖い。自分が分からなくなりそうで怖い。僕が。俺が。きっと。
「あー……」
 言葉にならない声を吐き出し、包帯を巻いた手首をぎゅっと握る。
 自ら死のうとするのは怖いこと。生きることは痛いこと。でもその痛みがないと生きていけないから。
 手首が熱を放っても、握る力は緩めなかった。

3/13/2026, 10:32:21 AM

ずっと隣で



 いつからだっただろう。私の隣に貴方が居るようになったのは。昔話をする母親が「よく何も無い天井に向かって話しかけていた」と言うから、もしかしたら生まれた頃からかもしれない。
 貴方は何も云わない。只、石のような温度のない無表情を浮かべて、私をじっと見詰めるだけ。私が学校に行っている時も、ご飯を食べている時も、遊びに行っている時も、お風呂に入っている時も、寝ている時も。貴方はずっと隣にいる。
「ねえ。貴方は僕の何?」
 一度尋ねたことがあるが、貴方は何も云わない。只この時だけは、石のような無表情の中に悲しそうな色が見えた。
 私が大学を卒業して社会人になった頃から、時々貴方は居なくなった。それに意識していないと、視界の隅の貴方が薄れて見えた。
 こんなこと今まで無かった。突然の貴方の消えそうな気配に、私の胸は詰まる心地がした。
 居て良かったことなんてない。寧ろ小学生の頃は自分にしか見えない存在に怯え、泣いて夜を明かしたこともある。だから消えてくれたら嬉しいはずなのに。
「ねえ。貴方は、僕の、何?」
 直視しても貴方の輪郭がぼやけて見えるようになってしまった。私はもう一度、何年かぶりに同じ質問を投げかけた。
 貴方は何も云わない。只、春の日差しのような暖かな無表情で私をじっと見つめるだけ。
「もしかして僕と貴方、前世の恋人だったりして?」
 そんなわけないだろうと思いつつも口にする。そんな設定の小説を読んだばかりだったから浮かんだ戯言だったのに。
 貴方は、何も云わないまま、こくんと頷いた。
「え」
 貴方は、何も云わないまま、優しく微笑んだ。
 見詰める間に、貴方は消えていく。すうっと空間に同化するように、輪郭が、色が、溶けていく。
 私は何も云わないまま、貴方は遂に消えてしまった。
「……なんだったの」
 前世の恋人が来世で生きていくのを、ずっと隣で見守っていたということなのか。
 貴方が消えたところで私に前世の記憶が蘇る訳でもなく。
 再び、なんだったの、とぽつりと転がり落ちた言葉は、他に誰もいない部屋の中に溶けて消えた。

10/26/2025, 1:46:44 AM

揺れる羽根


 仕事を終えて家に帰る。玄関ドアを開けた途端に、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 うちにペットはいない。甲高く、短くピ、ピ、と鳴く声は、インコか文鳥あたりかと、柊介は考えた。今までそんな話をしたことはなかったのだが、圭はペットが欲しかったのか。
「ただいま」
「あ、柊介おかえり」
 リビングのフローリングに圭が座っている。
 肩の辺りで切りそろえられた彼女の髪が揺れ、振り返る。風呂上がりのさっぱりした様子で、両手の掌に白い鳥を乗せている。
「へえ、かわいい。飼ったの?」
「ううん。友達が急な出張になって、預かることになったんだ」
 白い体に桃色の嘴がついている。先程まで鳴き続けていたのに、今は僕の顔をじっとみて黙っている。
「人見知りさんかな? 私は何度か会ってるけど、柊介は初めてだもんねぇ」
 心做しか、普段より圭の声は高く、テンションも高い。
「文鳥?」
「そう。雪之助って名前だよ」
「しぶ」
 可愛らしい丸いフォルムは、確かに雪玉みたいだとは思ったのだが。
「男の子?」
「いや、女の子」
 なんでそんな名前に、という心の声が漏れていたようで、圭は言葉を続けた。
「この子がヒナの頃から育ててるんだけど、文鳥のヒナってオスメスの区別がつきにくくて。ショップの人が多分オスですーって言ったから、雪之助って名前にしたんだってさ。女の子だったら小雪とか、可愛らしい名前にしたのにって言ってた」
「はー、なるほど」
「だから雪之助じゃなくて、ユキって呼んでる」
 圭がユキと言うと、小さい雪玉はまたピッと小さく鳴いた。
「ユキー」
 腰をかがめて名前を呼ぶ。すると勢いよく圭の掌から飛び立った。
「うわ!?」
「あはは! そんな驚かないでも」
 勢いよく飛び立った雪之助は、頭の上に着地した。それに驚いて二、三歩後退り、テーブルに腰をぶつけた。雪之助も驚いたのか、頭の上で抗議するかのように激しく羽をばたつかせている。
 羽が揺れて、髪の毛も舞う。
「ユキちゃーん、おいでー」
 圭が手を伸ばし、雪之助を指に止まらせた。やっと落ち着いたのか、雪玉は鳥らしく羽を膨らませ、大きく身震いした。

10/23/2025, 9:57:56 PM

無人島に行くならば


「無人島に行くとしたら、何を持って行く?」
「何、急に」
 呆れる一葉の隣で、唐突な質問を投げかけた敦也はにやにやと笑みを浮かべている。
「俺を連れて行くって言って」
「はあ……何馬鹿なことを……僕が無人島に自ら進んで敦也を連れて行くわけないでしょ」
「マジレスやめて」
 読んでいた本を起き、思考する。
 敦也を連れて行くのは大前提として。一番重要なのはサバイバルナイフだろうか。それで熊やライオンなんかの野生猛獣に勝てるわけもないから、急ぎ狩猟資格を取って猟銃も持って行かないといけない。
 火起こしは大変だからライターに、釣り竿に。僕は味覚がないから不要だけれど、敦也には調味料もいるだろう。
 着替え……テント……だめだ。どう考えても、二日と無人島では生き永らえる自信が無い。
 そもそも、どうして僕は、無人島で敦也と生き延びたいと考えているんだろう。
「……一葉さーん? そんなに真剣に唸るほど考えなくても。ただの雑談なのに」
「敦也は……無人島に行くなら、何を持って行くの?」
「俺は……あー……」
 細い目が更に細められ、眉間にシワが寄る。敦也もうんうん唸り始めた。
「だめだ。なんも思いつかねえ」
「そもそも、なんで急にこんなこと聞いたの。心理テスト?」
「いや。この間週末に久しぶりに無人島開拓のテレビ番組見たんだよ。家建てて、トロッコ作って、船も作ってた」
「本職の大工さん達?」
「見たことないか? 本職はアイドルだった人達なんだ」
「へえ。令和のアイドルって凄いね」
「どっちかってーと平成だけど」
 どちらにせよ、アイドルが何か分からなくなりそうだ。
「敦也は無人島に行きたいの?」
「一葉と一緒なら、行きたくない場所なんてねえよ」
「僕は行きたくないな」
「じゃあ、俺も行きたくない」
 顔を見合せて小さく笑う。
「でも一葉とキャンプには行きたいんだけど」
「管理されてるところなら、安心出来ると思う」
「グランピングでも予約するか」
「寒くなってきたから、来年の春か夏頃にしない?」
「いや、この時期の焚き火が一番最高じゃないか?」
 パチパチと小枝や枯葉が燃える音や自然の温もりを想像してみた。
「……確かに」
「どっか良いとこ探そうぜ」
 敦也がスマホを手に、検索アプリを立ち上げる。
「ねえ、敦也」
「ん?」
「無人島に流されたとしても、敦也と一緒なら、楽しいんじゃないかなって。ふと思って」
「楽しくないわけねえだろ」
 敦也の自信に、心の奥底から暖かくなった。


10/23/2025, 3:50:46 AM

秋風🍂



 朝晩の冷え込みが激しくなってきた。特に、日が落ちる頃の秋風が辛い。とはいえ、スーツを着ても苦にならない季節になったともいえるだろう。
 最近のホストはスーツではない人も増えたが、オフとオンのメリハリをつけたくて、夏の汗ジミを気にしながらもずっとスーツを着ているのだ。シンプルにジャケットまで着ると暑くて倒れそうでもあった。
「あれ、ハヤトくん。もうコート着てるの」
「はい。冷え性で。もうすでに家では暖房もつけてます」
 行きつけのバーの店員、ハヤトの出勤スタイルを見て驚いた。ロングコートに、その中にはセーターまで着込んでいる。
「今日は十一月並み? の気温とかって言ってましたし、カナトもコートくらいは着てるんじゃないんですか」
 カウンター内に入り、端の事務所の入り口との境で服を脱ぎながら、ハヤトが話しかけてくる。僕の後ろのボックス席からセクシーコールが聞こえた。ヒートテックにセクシーも何も無い気がするんだけど。
「いや。普通にスーツのジャケットだけ。あ、でも見て。今日はジレ着てるんだ」
 椅子から軽く腰を浮かせて格好を見せる。
「ジレ……?」
 ハヤトは目を細め、九十度に達しそうな程首を傾げた。
「ベストのことだよ」
「へえ。服なのに、そんなオシャレな言い方があるんですね」
 流行に疎いハヤトらしい。からかって笑うと、完全に事務所のドアを閉められた。
「あらら。怒らしちゃったわね」
「乙女心は複雑よ〜」
 早く出勤してほしい。ボックス席にいて囃し立ててくる彼らは、近くのニューハーフバーで働いている従業員たちだ。マスターがずっと捕まっている。
「おじ様的には公認なの? 甥っ子の彼氏のこと」
「もちろん。二人だけが幸せならいいんだよ」
 振り返ってボックス席を見ると、ほろ酔いになったマスターがのほほんと笑っている。
「喧嘩してるのに?」
「いやいや。恥ずかしいだけじゃないかな」
 その時、がちゃりと事務所のドアが開く音がした。顔を向けて、驚いた。
「カナト。どう……ですか?」
 耳を赤く染め、こちらを見ようとしないハヤトがスーツを着ている。落ち着いた無地の黒いスーツで、パキッとした白いシャツの袖を捲り、黒いジレを着ている。
「それ」
「いつもスーツを着ているカナトがカッコイイなって思って……白いスーツは勇気がなくって……」
「めちゃくちゃ似合ってる」
 心からの感想が溢れた。ハヤトは顔中が赤くなった。
 こちらも釣られて体温が上がる。
「ねえ、ハヤトそれ、ハイブランドのロゴ入ってない?」
 世界的に有名なブランドのロゴを見つけて指摘すると、ハヤトは「そうなの?」と目を丸くした。
「これ、叔父のお下がりで」
「昔バブルの頃に奮発して買ったんだ。サイズアウトしたけど捨てるのは忍びなくて。ハヤトがスーツを着たいって言ってくれて良かったよ」
「なんで言ってくれなかったの……! 汚せないじゃん」
 軽い言い争いをする二人を横目に、ちょっと休憩、と店を出た。雑居ビル内の廊下とはいえ、暖房のないそこは、開け放たれた突き当たりの窓から風が吹き込んでくる。柔らかく包み込むような冷たい風に当たっても、火照った体は冷えない。
「実質お揃いじゃん……!」
 ハヤトは気付いていない。僕が着ているスーツと、同じブランドだということに。

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