怖がり
生きることは痛いこと。
恋をするのは悲しいこと。
甘えるのは怖いこと。
津島一葉は読んでいた本を閉じた。読んでいたのは読書が苦手な竹原敦也が唯一読めるライトノベル小説だ。昨日敦也が家に来た時に忘れていったもので、読みたかったら読んでもいい、ただしネタバレはするな、と言われたのだった。
その小説は敦也曰く「最近流行りの、主人公がチート能力を持つ異世界転生もの」だそうだ。日本の社畜サラリーマンだった男が、橋から飛び降りたのをきっかけに異世界に転生し、生前(?)好きだった戦国の戦略知識を元に、戦はひとりでするものという常識の世界で天才軍師として成り上がっていくストーリーだ。
独りで災害級の魔物を討伐出来る孤高の天才剣士や、無能だと言われた対人強化魔法に秀でた魔法使いなどが登場する。彼らとパーティを組み、領土拡大を目論む隣国との戦争に身を投じたところで読書を止めた。
馴染みはないが、仲間と切磋琢磨して成長していく展開は成長途中の青春と通ずるものがある。熱い。
生きることは痛いこと。
恋をするのは悲しいこと。
甘えるのは怖いこと。
作中で主人公はそう言った。仕事に追われ、実家に帰れず、学生時代の友人とは疎遠になり、恋人も出来ない彼は、橋の欄干に手をかけてそう呟いたのだ。
甘えるのは怖い。確かに。
ソファの上で骨の浮き出た膝を抱える。スプリングがギシッと音を立てた。
恋人の敦也は、甘えたところで嫌ったりはしないだろう。寧ろ「もっと一葉がしたいことを言ってくれ」と出掛けた際に言われるくらいだ。
そうじゃない。甘えられる人間がいなくなった時、自分がどうなるのか分からなくて怖い。
きっと敦也は細い目を大きく開いて驚いた後、豪快に「離れるわけないだろ」と笑い飛ばしてくれるんだろうけど。
今まで甘えられたことがないから、自分が壊れてしまいそうで怖い。自分が分からなくなりそうで怖い。僕が。俺が。きっと。
「あー……」
言葉にならない声を吐き出し、包帯を巻いた手首をぎゅっと握る。
自ら死のうとするのは怖いこと。生きることは痛いこと。でもその痛みがないと生きていけないから。
手首が熱を放っても、握る力は緩めなかった。
3/16/2026, 10:58:47 AM