ずっと隣で
いつからだっただろう。私の隣に貴方が居るようになったのは。昔話をする母親が「よく何も無い天井に向かって話しかけていた」と言うから、もしかしたら生まれた頃からかもしれない。
貴方は何も云わない。只、石のような温度のない無表情を浮かべて、私をじっと見詰めるだけ。私が学校に行っている時も、ご飯を食べている時も、遊びに行っている時も、お風呂に入っている時も、寝ている時も。貴方はずっと隣にいる。
「ねえ。貴方は僕の何?」
一度尋ねたことがあるが、貴方は何も云わない。只この時だけは、石のような無表情の中に悲しそうな色が見えた。
私が大学を卒業して社会人になった頃から、時々貴方は居なくなった。それに意識していないと、視界の隅の貴方が薄れて見えた。
こんなこと今まで無かった。突然の貴方の消えそうな気配に、私の胸は詰まる心地がした。
居て良かったことなんてない。寧ろ小学生の頃は自分にしか見えない存在に怯え、泣いて夜を明かしたこともある。だから消えてくれたら嬉しいはずなのに。
「ねえ。貴方は、僕の、何?」
直視しても貴方の輪郭がぼやけて見えるようになってしまった。私はもう一度、何年かぶりに同じ質問を投げかけた。
貴方は何も云わない。只、春の日差しのような暖かな無表情で私をじっと見つめるだけ。
「もしかして僕と貴方、前世の恋人だったりして?」
そんなわけないだろうと思いつつも口にする。そんな設定の小説を読んだばかりだったから浮かんだ戯言だったのに。
貴方は、何も云わないまま、こくんと頷いた。
「え」
貴方は、何も云わないまま、優しく微笑んだ。
見詰める間に、貴方は消えていく。すうっと空間に同化するように、輪郭が、色が、溶けていく。
私は何も云わないまま、貴方は遂に消えてしまった。
「……なんだったの」
前世の恋人が来世で生きていくのを、ずっと隣で見守っていたということなのか。
貴方が消えたところで私に前世の記憶が蘇る訳でもなく。
再び、なんだったの、とぽつりと転がり落ちた言葉は、他に誰もいない部屋の中に溶けて消えた。
3/13/2026, 10:32:21 AM