MWの二次創作

Open App

消えた星図



 星を見よう、と言い出したのはホームズなのに、直前になって持ってきていたはずの星図を無くした、と騒ぎ出した。
「星図?」
「星の位置を記した図なのだよ。星の地図って言えば、分かるかい?」
「うん」
 そういえば小学生の頃、理科の授業で貰った気がする。翌年の夏休みの自由研究で、この星図を使って夏の星座を観察し続けたクラスメイトが、校長先生から表彰されたのを覚えている。
「もうすぐ消灯の時間になるよ」
「だけどあれがないと、星を見ても分からないじゃあないか!」
 分からないんだ。勝手に星に詳しいと思っていた。
「古代ギリシャ人になろう、ホームズ。自由に星空を眺めて、自由に英雄譚を作るんだ」
「僕は探偵しか興味が」
 うだうだ言うホームズの手を強引に引いて、部屋を飛び出した。後ろから「くらげ!」と制止の声が聞こえるが、無視した。
 道中で春菊とジンに会い、二人も誘ったが断られた。
 スタッフの目を盗んでホームズが昼間拝借した鍵を使い、屋上に忍び込んだ。
 重厚な扉を開けると、冷たく柔らかい秋の夜風が頬を撫でた。ホームズは寒そうに、羽織っているカーディガンの前を重ね合わせた。
「うわあ……」
「さすが田舎だね」
 感嘆が漏れる。都会の生まれ育ちのホームズは、そんな事実を口にする。
 澄み渡る夜空に、零れ落ちんばかりの星が輝いているのを、初めて見た。大小様々で、白や黄色、赤色の星が世界中いっぱいに広がっている。
「知ってるかい、くらげ。今見えている星々のいくつかは、令和七年現在存在していないんだ」
「知ってる。何年も前の光が届いて、見えているんでしょ」
「そうだ。だから、例えば十年後に、僕との今晩を思い出して夜空を眺めても、僕と見た星のいくつかは無くなっているだろうね」
 星図も望遠鏡もなく、しばらく黙って夜空を眺めていた。今しか見えない光景を、瞼の裏に思い出として刻み込もうとして。
「くらげ、見てみたまえ。あの赤い星から、白い星を点々と結ぶと、弓に見えないかい? きっとあれば、大英雄の落し物だろうさ」
「ロビン?」
「オリオンでは?」
「ねえ、その右側さ。真っ直ぐ三つ並んでる星が分かる? 少し傾いているけど、三味線に見えない?」
「見える。やはり、春菊さんを連れてくるべきだったかな」
「今からでも来てくれるかな?」
「いや。春菊さんは消灯時間を過ぎてからベッドを抜け出すような不良じゃないぜ。僕らとは違うんだ」
「じゃ、次の機会にだね」
「あ、あそこに人がーー」
 今夜の星は、大英雄の弓と三味線落し物があり、それを持ち逃げしようと狙う人がいたり。喧嘩をしている子犬二匹や、砂時計、某ハンバーガーショップのロゴも見つけた。
「明日UVER頼もうかな」
「僕も頼もう。くらげ、今の時期の限定はなんだろうね」
「月見バーガーじゃない?」
「いいね。明日のお昼に一緒に食べよう」
 食べ物の話をしているうちに、小腹がすいた。寒さも厳しくなってきたので、部屋に戻ることにした。
「ねえ、ホームズ。星図なんか無くても、楽しめたでしょ?」
「ああ。とても」
 音を立てないように扉を開き、屋上を後にした。
 手の届かない上空では、オリオンが棍棒を振り上げていた。

10/16/2025, 11:35:39 PM