MWの二次創作

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10/6/2025, 11:55:29 PM

燃える葉



 茶色に染まった葉が、オレンジ色の炎に包まれて、パキパキと音を立てて形を崩していく。
「なんだか風情がありますね」
 隣家に住む浦賀湊が呟く。まだ十代の癖に、大人みたいに言うから、少しおかしくなった。
「縁側に座って、焚き火で芋を焼いてるのを見るんが?」
「はい。郊外とはいえ、東京で見ることがあるとは思いませんでした」
 週末に浦賀家で芋掘り体験をしたそうだ。取れすぎたから、と差し入れしてくれたものを、その場の思い付きで落ち葉を燃やして焼き芋にしている。
「あら、良い匂い」
 隣家の窓が開き、湊の母親が顔を出した。
「焼き芋ですか」
「はい。今落ち葉取り放題なんで」
 庭掃除を怠っているだけとも言う。
「風情があっていいですねぇ」
「そうですね」
 親子同じことを言う。貯めていた落ち葉を焚き火にかけると、バチバチと音が変わり、火の粉が舞った。
 母親は赤ちゃんのグズる声に引かれ、家に戻った。
「ユウくん」
「もー焼き芋ええんちゃうかな」
 気遣うような湊の声を、聞こえないフリをした。
 焼けた葉の中から、アルミホイルに包んだ芋を取り出す。アルミホイルを開くと、程よく焦げた大きな芋が現れた。
「ユウくん。聞こえてますよね?」
「……ごめん」
 湊が焚き火を挟んで、右前に来た足元が見えた。
「ユウくんは、焚き火は風情があるって、思わないんですか?」
「どーやろ。分からんなあ」
「ふうん。寂しい人ですね」
「どーせ俺は寂しい人ですよ」
 焼き芋を半分に割る。湊の方を見ないまま。
「家族でも生まれ育つ環境は違いますし、感受性の育ち方も変わります。それに半分しか血の繋がりのない他人なんですから。違うことを思ったって、それでも家族なんですよ」
「……そ」
「だから、そんな顔しないでください」
 湊がしゃがんで、顔を覗き込んでくる。
「俺どんな顔してんの?」
「捨てられた子犬」
「誰が子犬や」
 湊が下手な笑いを浮かべるから、つられて変な顔になった気がする。
「ほい。焼きたてホヤホヤの焼き芋やで」
「ありがとうございます」
 半分に割った片方を渡す。
「いただきます」
 湊はその場でひとくち頬張った。
「ど?」
「……すごく、美味しいです。全体がほっこり温かいし、蜜が甘いし、柔らかい。皮もパリパリして美味しいです」
「俺もいただきます。……ほんまや、めっちゃ甘い」
 元の芋が良いのだろう。初めて焼いた素人にしては、出来がいい。
「俺これ、焼き芋屋さん出来るんちゃう?」
「そうしたら、ぼくが毎日芋掘りに行きますね」
「楽しかったんや?」
「はい」
 年相応な幼い顔をする。
 足元でまだ、葉は微かに燃え続けていた。

10/1/2025, 11:52:01 AM

秋の訪れ



 朝夕がすっかり涼しくなった。
 ちょうど今くらいだな、と紫堂はカーディガンの袖に手を隠しながら考えた。
 ーー今年の秋に死ぬつもりだから、バケットリストの消化に付き合ってほしい。
 密かに片想いを拗らせていた相手、安永海星から頼まれて、彼が十代の頃に出来なかった青春ごっこに付き合った。それがちょうど一年前だ。
 言うつもりはなかった。墓まで持っていくつもりだった。
 だけど、ついうっかり口を滑らせてしまって、そしてーー


 家にひとりでいる海星は、古いソファにだらしなく沈むように座り、テレビを見ていた。秋に訪れたい、紅葉狩りスポット特集だ。見るともなしにぼーっと眺めていると、ふと、景色が心に刺さった。
 ーー紫堂と行きたいなあ。
 わずかに上体を起こし、食い気味にテレビを見、場所を確認する。
 その時玄関のチャイムが鳴り響いた。モニターで訪問者を確認し、小走りで玄関に向かう。
「紫堂! ……あれ? 今日、約束してたっけ?」
 あまり感情が表に出ない紫堂の表情からはなにも読み取れない。もしかして約束をすっぽかしてすまったかと、恐る恐る尋ねる。
「いえ。その……俺が会いたくなっただけ、です」
 白い頬がほんのり朱に染まる。
「めっちゃ運命! 俺も今紫堂に会いたかったんだよ!」
 腕を引っ張り、室内に連れ込む。そしてほら! とテレビを指さした。
「紅葉狩りに行こうよ!」
「……嵐山まで?」
「……遠い? やっぱだめ?」
 紫堂の顔を覗き見る。
「なんでだめなんですか? 海星が行きたいんでしょ。なら、休みを合わせて行きましょうよ」
「うん!」

 ーー俺にとって秋は、終わりを予感させる季節であった。
 子どもみたいにはしゃぐ海星を見ながら、紫堂は考える。一年前の今頃は、海星の隣にいられるとは思っていなかった。それも、友人ではなく恋人として。
 秋が訪れるのが嫌だった。けれど今は、こんなにも心が弾んでいる。

9/29/2025, 10:18:24 PM

モノクロ



 恋をすると、世界に色がつくとは言い得て妙だと思う。本当にその通りなのだ。
 僕は、物心ついた時から……いや、物心つく前から、変な子だったらしい。ほとんど夜泣きをせず、イヤイヤ期もほとんどなく、幼稚園では自由時間はほとんどひとりでいたらしい。
 手がかからなくてよかった、と母は冗談めかして言うが、自分の在り方を知った今となっては、そんな幼少期から人生を諦めていたのかと悲しく思えた。
 僕は、男性にしか惹かれない。
 けれどそこに、好きという感情以上のものはない。その先に望むものがない。
 相手によるのかとも思い様々なタイプの人と付き合ってみたが、誰に対しても何の欲も湧かなかった。相手に求められて初めて、あ、もうその段階に進むべき時期なんだ、と他人事のように考えた。
 そんな初心な乙女みたいな態度が許されたのは、二十代の始めまで。アラサーに片足を突っ込みつつある今では、もう痛い。
 だから、僕は僕の幸せは諦めた。僕の周りには幸せになってほしい人が多すぎる。
 美園くんや、奏志、弟の純だ。
 みんな不器用で不格好ながら必死に生きていて、自分の在り方を理解し、めいいっぱい地に足をつけて生きている。
 みんなの人生相談を聞きながら、特にこの三人が笑っていてくれることに幸せを感じていた。
 それは、嘘ではない。

「ーー今、なんて?」
「君のことが好きなんだ! 付き合ってください!」
 数年前にゲイバーで知り合い、以来僕に彼氏がいない時期に度々二人だけで飲みに行くようにもなった邑田に突然、二人きりのゲイバー店内で告白された。気をきかせたのか、ボーイが距離をとった。
 お互いに深くは知らない。下の名前すらも知らない。けれど邑田は、なんとなく話しやすいおっとりした雰囲気があったから、これまで何度も恋愛相談をしていた。だから、邑田は僕のことを知っているはずなのに。
「……なんで? なんで僕なの」
「僕が、木村のことを幸せにしたいと思ったから」
 上手く言えないけど、と邑田は言った。
 彼に手を掴まれて初めて、自分を包み込んでくれる温もりを知った。
 その瞬間、邑田に色がついて見えた。
 いや、今までも邑田の個性的なインナーカラーや、派手な柄の服の色は見えていた。街の信号機も看板も問題なく見える。判別出来る。でも違う、そういうことじゃない。
 僕の今までの世界が味気ないモノクロだったと徐々に気付いたのは、彼を通じて、彼が見ていた世界を知ってからだ。
「……僕ってさー、結構めんどくさいタイプだと思うんだよ」
「知ってるよ。ずっと見てたからね」
 離れたところにいるボーイがキラキラした目でこちらを見ていた。

9/28/2025, 10:05:14 PM

永遠なんて、ないけれど



 変わらないものなんてない。
 人間だってそう。日々細胞は入れ替わり、身長は伸び、骨は強く、脆くなっていく。嗜好は変わり、思想も変化する。十年も経てば、十年前の人間とは違う人間になっているらしい。なのに普遍的な日々を積み重ね、自分は産まれた瞬間から変わらない人間だと錯覚している。
 ーーじゃあ、俺にも新しい名前を付けなくちゃね。
 十年前は自分を女の子だと思っていた。周りと違うところがあっても、大人になれば自然と、みんなと同じになれると思ってた。
 産まれた時に与えられた名前を捨てたい。だけれど捨てられない。私は俺で、俺は私だ。
「美園ーーうみです」
 地元を出、ひとりで暮らし始めた九州のとある田舎町で。私に好意を寄せてくれているという男の人に、知人を介して知り合った。
「は、初めまして……!」
 彼は目に見えて分かりやすくどぎまぎしている。
 今目の前で私がウィッグを外したらどんな顔をするだろう。
 私が自分のことを「俺」と言ったらなんて言うだろう。
 永遠なんてものはきっとない。
 だから俺は誰にも、私の名前を教えてやらない。

9/26/2025, 3:03:13 AM

パラレルワールド



 朝起きて、顔を洗いに一階の洗面所に向かう。
「あ、一葉。おはよう。朝ご飯出来てるわよ」
 足音を聞きつけ、母親が台所から顔を出した。
 ありがとう、と返し、洗面所で顔を洗う。その間に四人の兄たちが起き出した。
「カズー、おはよ」
「かーちゃん! 俺のシャツは!?」
「やばい! 朝の会議忘れてた!」
「電車遅延してるって!」
 相変わらず、特に上の三人の兄たちがうるさい。
「お父さんはもう仕事に行ったわよ。あんたたちも早くしなさい!」
 朝から賑やかな家だ。
 活気ある家族の声を聞きながら顔を上げーー鏡越しに、綺麗な女の子の顔と目が合う。
 細く長い黒髪、大きな丸い瞳、豊かな睫毛、小さい鼻先、薄ピンクの唇。ヘアバンドで前髪をあげ、顕になった額にも、白く細い首筋にも、袖を捲っている肘から下にも、どこにもひとつも傷はない。古傷すらない。左手の薬指は曲がっていない。
「一葉。一緒にご飯食べよ」
 下の兄に呼ばれ、慌てて洗面所の戸棚を開け、化粧水を叩き込む。
 上三人の兄は、長男が運転する車に乗り、朝ご飯を食べずに家を出た。
 今朝のご飯はコーンスープにバターを塗ったトースト、ツナの混ざったサラダだ。
「社会人って大変そうだな。俺もそろそろ就活かな」
 トーストを齧りながら兄が言う。まだ大学二年生なのに。
「二年の夏にインターンに行く人もいるんだよ。でも、その前に一葉は大学だな。もう決めたのか? ……迷ってる? 一葉なら、どこの大学でも大丈夫さ。またテストでトップの成績だったんだって?」
 トップではない。学年で十以内に入っただけで、学年トップとは総合点十五点も離れている。
「いーや。凄いことだね。兄さんたちを覚えてないの? 追試の常連だったんだよ」
 覚えている。
 長兄の成績が足りなくて留年の危機だったことまで覚えている。
 朝食を食べ終わると身支度を整えた。膝上五センチまでスカートを折る。兄さんが買ってくれた薄ピンクのカーディガンに袖を通し、家を出た。
 清々しい朝晴れの陽気だ。通っている進学校に向かう為、近くのバス停で立ち止まる。数分後やってきたバスから、近くの高校の制服を着た人達が降り、一様に学校を目指していく。
 偏差値の低さからか、素行の荒い生徒が多い高校だ。金髪のギャルや、顔までピアスをあけている生徒、制服を着崩した生徒がほとんどだ。
 ふわっと心地好い香りがして、バス車内に吸い込まれる列の中から、香りを辿った。明るい茶髪に、細い目が印象的な男子生徒と一瞬目が合った。その視線は鋭く、突き刺さりそうですぐに目を逸らした。
 バスに乗りこみ、揺られること十数分で最寄り駅に着く。電車に乗り換え、数駅で通っている学校に着く。
「おはよ! 一葉」
 一駅隣で、友人のひとりが乗ってくる。いつもこの子と車両を合わせ、一緒に学校に行くのだ。
「昨日のドラマ観た? 月九のさー……」
 友人が楽しそうに話すのをうんうん、と頷いて聞く。その間に学校の最寄り駅に着いた。
 並んで改札を出、学校へと歩いて向かう。途中から自転車通学の生徒や、バス、徒歩で来る生徒たちの群れに入った。
「あ! おーい!」
 友人が前を歩くサッカー部のクラスメイトに呼びかけた。振り返った彼は、口を大きく開け、名前を叫んでくれた。
 朝から会えてラッキーだと言う気持ちと、むずむずするような恥ずかしさで、心が弾んだ。
「そういえば一葉、大学決めた? 将来は先生を目指すんだっけ?」
「……うん。私、中学校の先生になりたいの」
「一葉なら絶対に良い先生になれるよ!」
 憧れている先生がいる。優しくて厳しくて温かい。1年生の時の担任の先生だ。



 ーー母親に望まれたように女に産まれ、女として充実した人生を送る津島一葉のパラレルワールド。

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