時計の針が重なって
シンデレラの魔法は、夜中の十二時にとける。
綺麗なドレスも、華やかなヘアも、馬車も従者も何もかもが消えてなくなる。ガラスの靴だけを残して。
「シャンパン頂きましたー!」
姫の腕時計がちらりと視界に入る。キラキラに飾られた円盤は、いつの間にか日付けが変わっていることを知らせてくれる。
十二時が過ぎると、しんでれらの魔法はとける。
僕には、何が残るのだろうか。
「カナトくん。飲みすぎ」
勤務しているホストクラブでの営業が終わると、行きつけのゲイバーに来た。
高校生と言われても頷けてしまうくらい童顔で、真面目なバーテンの男の子がチェイサーを出した。
「何杯目なの。今日」
「まだ三杯だよ」
不貞腐れてみる。すると彼は溜め息をついた。
「店でも飲んだでしょ」
「飲んでない。今日もヘルプすらつかせてもらえなかったし」
「……そうなんだ」
呟くようにそう言ったっきり、彼はこちらに背を向けた。
僕には魔法はかからない。
お金が欲しい為だけに始めた仕事は、オレには絶望的に向いていない。でも辞めた先にあるのはマグロ漁船だし、多分。だから死ぬ気で続けて稼がないといけない。
「何がダメなんだろうね」
「枕を迫ってきた子のアフターを断ったからかな」
彼はそっと柑橘系を思わせる黄色のカクテルを差し出した。
「はい、いつもの」
「ありがと」
しんでれらをぐっと飲み干す。アルコールの熱が喉を通り、胃に流れ込む。
「……ねえ、ハヤト」
バーテンの男の子の名前を呼ぶと、彼は黙ったまま振り返った。
「シンデレラの魔法は、十二時になったらとけるんだよ」
「これはシンデレラの魔法じゃないから。カナトの魔法だから、時計の針が十二の上で重なってもとけないよ」
「最強じゃん」
頭がふわふわする。
良い感じに、魔法にかかったようだ。
僕と一緒に
「僕と一緒に、思い出を作ってくれない?」
高校生だったあの頃、あまり話をしたこともない、文字通りのクラスメイトの男子にそう声をかけられた。大人になった今では苗字すらも思い出せないが、下の名前が少し古風なのを本人は嫌い、みんなに「ユウくん」と呼ばせていた。
「えっと……ユウくん?」
だから確かこの時、僕もユウくんと呼んだ気がする。
「思い出って、何? 来月の文化祭のこと?」
「そやねぇ。文化祭。いっしょ回らへん?」
ああ、そうだ。ユウくんは大阪から来た子だった。
いや、子というのはおかしい。一年浪人してたから、俺らより一歳年上なのだ。偏差値の高い高校でもないのに。変わった人、というのが第一印象だった。だから余計にみんなは馴れ馴れしく「ユウくん」と呼ぶのに抵抗感を覚えていた。俺もそのひとりだ。
「もちろん良いよ。木村たちとも約束してるんだけど。五人でもいい?」
「……いいよ」
数秒間を空け、ユウくんは頷いた。笑顔のつもりだろうが、下手だった。
結局ユウくんはインフルエンザにかかり、文化祭には来られなかった。高校三年生だったから、最後の文化祭だったのに。
「残念だな、ユウくん」
「そうだねぇ」
文化祭を一緒に回ると決めてから、ユウくんは俺らとよく話すようになった。芸人さんのような破天荒な明るさも、ドラマのようなトゲのある話し方もしない。ぼうっとしてることも多く、話せば俺らよりも言動は幼い。なんだか不思議な空気の人だった。
そんなユウくんのことを、きっと俺は好きになっていた。
「文化祭、残念だったね」
二学期の最後まで、俺はそう思っていたし、ユウくんにもそう言った。
「インフルはほんま運が悪かったわ。どこでもらってもうたんやろ」
「俺ら誰も熱出さなかったし。家の人とか?」
「……かもしれんなあ」
ユウくんに家族がいないと知るのは、数年後の同窓会でのことだった。無神経に残酷なことを言ってしまったんだ。
「文化祭はもう無いけど、放課後木村たちとゲーセンに行かない? 今日が都合悪ければ、日を改めてでも」
「ゲーセン行くのに前もって予定立てるやつおらんやろ」
ユウくんがケラケラ笑う。その顔を見て、安心した。
前に言っていた「思い出を作る」が文化祭以外でも代替可能か分からないまま、俺らは放課後、駅前のゲーセンに行った。クレーンゲームで失敗したのを煽り合い、カーゲームで対戦し、コインゲームで長いこと遊んだ。男子禁制ではなかったプリクラを野郎共と撮った。加工が付くと、元々線が細く色白のユウくんは尚更女の子みたいになった。
「ありがと。楽しかった」
切り分けたプリクラをじっと眺めるユウくんを見て、ほっとした。
「また来ようよ。みんなで」
「良いな! オレ、ユウくんの悲鳴聞いたの面白かった」
「甲羅ぶつけた時?」
「そうそう! すっごい高い声で!」
「あれはみんな爆笑してたもんね」
「ズルいって! せっかく一位でゴール出来る思うたのに……優しくない人らやで、ほんまに!」
ユウくんがぷりぷり怒ってみせる。その様子で、俺らはまた笑った。
それから卒業まで数回、ユウくんとは遊びに行った。木村や前田など誰かもいつも一緒だった。
「ほんまは僕、内田くんと二人だけで遊びに行きたかったんよ」
胸に青色のコサージュを刺したユウくんが、賑やかな教室の中で、俺だけに聞こえるようにぽつりと言った。
「え?」
「いや……なんでもない。忘れてや」
「……俺、ユウくんが作り笑い下手なの、気付いてるからね」
そう言うと困ったように笑っていた。
俺は進学し、ユウくんは就職した。卒業後も連絡は取り合っていたが会うことはなく、同窓会を楽しみにしていたのに。
その後、ユウくんと会うことは二度となかった。
cloudy
街で、左手の薬指に指輪を嵌めた男性を見かけた。二人組の男性だった。
ーーいいなあ。
他の人が見たらきっと、既婚者同士の友達だと思うのかもしれない。パパ友というものかも。シルバーリングなんて、僕もそうだけど、個々で特徴が出にくい。お揃いじゃなくても、お揃いに見えることもあるだろう。宝石が付いていれば別だけど。ごくシンプルな、内側に刻印がされているものなら尚更だ。
だけど僕は直感で、彼らは違う、と思った。
少し長い黒髪の彼は、どこかおどおどしている様子で、短髪の彼の背中に半分隠れている。その彼の眼光は穏やかでないほど鋭く、すぐに彼らから視線を外した。
話している内容までは聞こえない。もしかしたら、会社でパワハラに遭ったパパ友の会社に殴り込みに行くのかもしれないし、詐欺られたパパ友と一緒に警察に行く途中かもしれない。女の子に騙されたのかもしれない。嫁に逃げられたのかもしれない。
想像だけが膨らんで行くが、どれも直感で「違う」としか思えない。根拠は無い。証拠もない。
「ーーていう二人を街で見かけたんだ。あの二人、その……付き合ってる……指輪をしてるから、パートナーって言った方が良いのかな。だと思うんだけど」
家に着き、妻の笹倉圭に話す。彼女はおつまみのスルメを食べながら。
「なんとなく分かるよね」
と言った。
「圭も?」
「うん。だから私も和香奈が歩いてるとバレてるんだろうし、その逆もあると思う。秀介と外歩いていて、例えペアルック着ていても、分かる人が見たら夫婦じゃないって気付かれると思う」
「なんでだろうね」
「不思議だよね」
圭が缶ビールを傾け、喉を鳴らして飲み干す。今日は余程仕事で嫌なことがあったらしい。
飲みっぷりの良い彼女を見ながら、彼ら二人にほんのり羨ましい気持ちを抱いていることに、どこかもやもやしていた。
虹の架け橋
どこを向いても、視界に入るのはレインボーフラッグだった。レインボーという名前だが、表しているのは多様性の象徴で、虹ではない。主に目に付くのは七色ではなく六色のものだ。虹にはない灰色なども鮮やかな色の中で目につく。色の数もバラバラで、とにかく視界が賑やかだ。
ーーもっと、アウェイ感があると思ってた。
彼氏募集中の川上龍之介は、ひとりでレインボーフェスタに来ている。本当は友人と来るはずだったのだが、コロナにかかり、来られなくなってしまった。
ゲイセクシュアルは見た目では分からない。彼氏と来ていれば違ったのだろうが、生憎彼氏とは別れたばかりだ。女装している人が多かったらどうしようか、と前日の夜まで参加を迷っていたのだ。
全く、そんなことは無かったのだけれど。
賑やかであった。
活気があった。
みんなが笑顔で、明るくて。
祭りのようだ。
女装している人がいれば、男装をしている人もいた。
同性と手を繋いで歩いている人もいる。
ステージではセクシャルマイノリティを公表している芸能人や、スポンサー企業が登壇し、ショーやイベントを行っている。
「あ、すみません」
「こちらこそ」
遠くを眺めすぎて、すれ違う人とぶつかってしまった。華奢な男の子で、カラコンなのだろうか、こちらを向いた瞳が青色なのが印象深い。
川上龍之介とぶつかってしまった美園は、スマホを片手に到着したと言う山部冬真を迎えに公園内を出入り口に向かって歩いていた。
スポンサー企業の社員として、ブースを担当している長谷川貴春は、休憩時間に岡野辰希とビデオ通話をしていた。
木村怜は松林奏志と参加し、木村純は桂木愛音とそれぞれ参加していた。広い会場内で、二組は会うことはなかった。
竹原敦也は行き渋る一葉をまだ説得し切れずにいる。
田所秀介と三谷清史は、中継映像をテレビで見ている。
笹倉圭と萱野和香奈は、パレードから参加するつもりで、まだ会場には到着していない。
浦賀湊に無理矢理連れて来られた有島結作は、お祭りムードにあてられ、その仏頂面が少しずつ緩んでいた。
安永海星と奥村紫堂は色違いのペアルックを着、まるで子どものように楽しんでいる。
お互いに仕事明けのハヤトと朝霧夏那翔は、太陽の眩しさに目を瞬かせている。
幼馴染みの影に隠れている男の子も、お互いの性別が逆だった時の服を着合っている二人も、別れた恋人と再開してしまい、口論をしている人もいる。
色んな人がいたりいなかったり。各々が、誰かの記憶に残るキャラクターであれば良いと願って。
(※MW作、中〜長編作品のオールスターでした。)
追記(オールスターと書きつつ、二組書き損ねていたので追加してます。)
既読がつかないメッセージ
※BL風味注意
【好きだよ】
【ごめんなさい】
【会いたい】
既読にならないメッセージを送り続けている。声に出来ない代わりに、ひたすら【メンバーがいません】に名前が変わったアカウントに気持ちを送り続ける。
我ながら、女々しいと思う。僕がこんなに女々しいなんて、約二十年生きてきて初めて知った。
ーー「俺……俺は、奏志のことが、好きじゃない。人として好きだけど……そうじゃなくて……恋愛の意味で、好きにはなれない……どうしても」
ーー「無性愛者なんだよ。一切の恋愛感情が湧かない、性的欲求もない、そういう、セクシャルマイノリティ」
ーー「だから、奏志の気持ちが分からない。……向けられる感情が。求められる行為が。それに、応えられない自分が、段々惨めになってきた」
数ヶ月前に愛音にカミングアウトされ、そして振られたあの夏の日のことを、まだ細部まで覚えている。最後のデートになった水族館でのことも。彼の苦しそうな声も、震える身体も。俺が、愛音を出逢った頃のように「桂木さん」と呼んだ時に微かに安堵した表情までも。
季節は移ろい、秋を過ぎて冬に近付く。
愛音とハロウィンを過ごしたかった。少し遠出して、紅葉狩りの有名な滝にデートしに行きたかった。クリスマスは一緒にいたかった。隣に並んで歩いて、そして、そして。
【寂しいよ】
【愛音】
妹に設定させられていると言っていた韓国アイドルのアイコンももう無いのに。過去のメッセージのやり取りだけで、まだここに愛音がいると錯覚している。
僕はまだ、愛音が好きなんだと自覚させられる。
その癖に愛音とお揃いのパワーストーンのピアスと、シュモクザメのぬいぐるみはどちらも、クローゼットの奥深くに仕舞っている。