2024年
「お願いします。助けてください」
頬が痩せこけ、目の下に黒い影を落とした男が
弱々しい声で言った。
目の前に座る僧侶は、男の顔をじっと
見つめた後、彼の背後に視線を移す。
そこには長い髪で顔を隠した女が、男の肩に
しがみつきながら、ボソボソと何か呟いている。
彼女から発せられる負のオーラが、
部屋全体をまるで黒い霧のように覆い尽くしていた。
「……」
僧侶は静かに首を横に振る。
それは諦めろと告げているかのようだった。
――
2023年
深夜
ベッドに横たわっていた男は、
胸の上に重い圧迫感を覚え、目を覚ました。
長い黒髪が顔の上に垂れ下がり、髪の隙間から
のぞくのは、ひどく歪んだ女の形相。
『どうして…どうして…』
耳元で繰り返される言葉とともに、冷たく細い指が
首に絡みつき、ぎりぎりと締め上げる。
「やめろ…やめてくれ…!」
男は苦しさに額から脂汗を浮かべ、
必死にもがく。
毎晩続くこの悪夢のような出来事。
翌朝、鏡を覗き込むと、首元にはっきりと
赤黒い指の跡が残されていた。
――
2022年
「彼女、まだ見つからないのか?」
会社の飲み会の席で、
ビールジョッキを手にした同僚が言った。
「…ああ。まあ、正直ほっとしてるけどな」
そう零しながら、乾いた笑みを浮かべる男。
ピコン
突然スマホが通知音を鳴らした。
(あれ?通知は切ってたはずだが…)
スマホの画面を開くと、
一件のメッセージが届いていた。
『どうして』
(は?…誰だ?)
胸に嫌な冷たさが広がる。
そのメッセージは、失踪したはずの彼女の
アカウントから送られてきていた。
(…ありえない。死んだはずだ…)
男は慌てて彼女のアカウントをブロックし、
削除した。
――
2021年
「ねえ、どうして?」
スマホを握りしめた彼女が、
震える声で男を問い詰める。
画面には、男が他の女と親しげに交わす
LINEのやりとりが映し出されていた。
それだけではない。
男が女とホテルに入る決定的な写真もあった。
「…おい、勝手にスマホ見るなよ」
「だって…」
彼女は涙をこらえながら必死に訴えた。
「どうして?好きって言ったじゃん…。
心から愛してるって…ねえ、どうして?」
ぽた…ぽた…
涙がポタリと落ちて、服に染みを作る。
「…はあ、うぜぇんだよ。毎回被害者ヅラすんな!」
縋り付いてくる腕を振り払うと、その反動で彼女は
体勢を崩し、家具の角に頭を強く打ちつけた。
ゴッ…
「……キヨ?」
返事はない。
震える手で彼女の後頭部を触ると、
ぬるりとした感触がした。
指先に付着した赤い血が、
じわりと手の平に広がっていく。
「……まずい」
男の頭の中で、何かが冷静に動き出した。
(どうする…?見つかるのはまずい…)
(いや、待て。祖父母が残した家にある
古い農具小屋…あそこなら…)
男はすぐに実行に移した。
彼女の体をスーツケースに押し込み、
車で農具小屋まで運び、
小屋の奥のドラム缶の中に彼女を隠した。
――
2020年
「でさ、彼女が超メンヘラでさ~」
会社の飲み会で、男は後輩の女に愚痴を語っていた。
「えー、先輩かわいそうw」
「だろ?ああいうのめんどくさくて」
アルコールが回り、いい気分になった男は、
後輩の肩にふざけて頭を乗せる。
「ちょっと、やめてくださいよ~」
後輩もまんざらでもなさそうだ。
男は調子に乗り、そのまま二人で二次会を
抜け出してホテルへ向かった。
――
2019年
クリスマスの夜
公園の広場にはイルミネーションが輝き、
カップルたちが笑い合いながら歩いている。
その中に、一組の男女が
大きなクリスマスツリーの前に立っていた。
「俺、お前のこと本気で好きかも」
男が彼女の頬に手を添え、
そっと長い黒髪を耳にかける。
「本当…?」
「本当だよ。絶対お前を幸せにする」
彼女の目元の雫がイルミネーションの光に
反射して煌めいた。
「心から愛してるよ。キヨ」
「……私も、心から大好きだよ。シン」
お題「心と心」
部屋の片隅で、私は一人うずくまっていた。
外では風がびゅうびゅうと唸り声を上げ、
吹雪が壁を叩きつけている。
突如、小屋の扉が音を立てて開いた。
風と雪に押し流されるように
中へ入ってきたのは、色とりどりの
ジャケットを着た四人組の旅人。
身を切るような寒さに凍える彼らは、
しばらく無言で小屋の中を見回した。
「めぼしいものは何もないでやんす」
落胆の声を漏らす黄色ジャケット。
「ここで一夜を過ごすしかないじょ」
唇を震わせながら呟く緑色ジャケット。
「こんなとこで寝たら死んじまうにゃ」
歯をカチカチと鳴らしながら吐き捨てる
青色ジャケット。
「こうするのはどうだろう」
とある提案をする赤色ジャケット。
赤色ジャケットをA。青色ジャケットをB。
黄色をC。緑色をDとしよう。
部屋の四隅にA、B、C、Dが
それぞれ座る。
━━━━━━━━
│B A │
│ サムイ │
│ 小屋 │
│サムィ │
│C D │
━━━━━━━━
A B
㌧㌧(。´・ω・)ノ゙(´-﹃-`)ムニャ…
まずAが壁を伝って、
Bの元へ行き、Bの肩を叩く。
A B C
( ˘ω˘ ) スヤァ…=͟͟͞͞ ( ˙꒳˙) (´-﹃-`)Zz…
それを合図にBは立ち上がり、壁を伝い、
Cの元へ行く。AはBがいた場所に座る。
B C
㌧㌧(。´・ω・)ノ゙(´-﹃-`)ムニャ…
Cの元に行ったBは、Cの肩を叩く。
B C D
( ˘ω˘ ) スヤァ…=͟͟͞͞ ( ˙꒳˙) (´-﹃-`)Zz…
それを合図にCは立ち上がり、壁を伝い、
Dの元へ行く。BはCがいた場所に座る。
以下ループ
これを繰り返すことで、睡魔に打ち勝ち、
朝まで耐えようという考えだ。
早速、四人は作戦を決行した。
しかし、私はあることに気がついた。
Aが最初に座っていた場所には、
誰もいない。
つまりDが肩を叩く相手、
Aを起こしにいく者がいないのだ。
困ったな…。
よし。ならば、私がその役割を担おう。
こうして私はAがいた場所に座り、
順番が回ってくるのを待った。
D「㌧㌧(。´・ω・)ノ゙」
私「おけ」
私は立ち上がり、眠るAの元へ向かい、
その肩を叩いた。
――
翌朝、嵐はすっかり治まり、宝石のように輝く陽光が、白い大地を照らした。
四人は顔を見合わせ、
喜びを分かち合っていた。
「やったでやんす!」
「これで帰れるじょ」
互いを讃え合った後、彼らは山小屋を後にし、
一人取り残された私は清々しい気持ちに浸っていた。
いいことしたな────
そしてまた、いつものように
私は部屋の片隅に腰を下ろした。
お題「部屋の片隅で」
とあるバイトの面接に合格し、
新しい職場で働き始めたC。
バイト先では黒いローブに身を包んだ骸骨の先輩が、
懇切丁寧に仕事内容を教えてくれた。
案内された場所は地の底へと続く洞窟。
さまざまな長さのキャンドルが燃えており、炎の
揺らめきが洞窟内を照らす光景は息を呑むほどだ。
「消えゆくキャンドルを持つ者の命を刈り取る。
それが我らの使命じゃ」
次に向かった先は病院。
そこでは、生命維持装置に繋がれた老人と、
老人の家族が寄り添い、最後の別れを惜しんでいた。
先輩が老人の足元に立つと、
老人は眠るように静かに息を引き取った。
Cも先輩を倣い、人生の終わりを迎える者に
立ち会うことが日課となった。
生まれたばかりの赤子、公園で遊ぶ子ども、
高層ビルの屋上に佇む若者──。
ある日、Cはとある一軒家を訪れた。
そこでは、夫婦が弱った犬に優しく声をかけながら、愛犬の毛並みをそっと撫でていた。
その光景を見た瞬間、Cは人間時代に飼っていた
犬を思い出した。
尻尾を振りながら駆け寄ってきた姿、冷たい身体を
抱きしめたまま泣いた日の記憶。
「犬や猫はどうしてこんなに短い命しか
与えられないのだろうか」
それからCが取った行動は衝動的なものだった。
無期懲役の囚人の長いキャンドルと、
犬の短いキャンドルを密かに取り替えたのだ。
翌日、例の家を再び訪れたCは元気に庭を駆け回る犬と、その姿に喜ぶ夫婦の光景を目にした。
「元気になってよかったねえ」
「まるで奇跡みたいだ」
満足感を覚えながらCが職場に戻ると、
怒りの形相で先輩が待ち構えていた。
「このバカもんが!以前もお前のような我欲のために
掟を破った愚か者がおったわい」
その日、Cはバイトをクビになり、
現在は屍泥処の清掃員として働いている。
時折、キャンドルが無数に並ぶあの神秘的な空間を
思い出しては、Cは淡い懐かしさに浸るのであった。
お題「キャンドル」
手すりに掴まり、電車の揺れに身を任せながら
一人の男がため息をつく。
会社では上司に責められ、家では嫁に冷たくされ、
身も心も限界に達していた。
「やよい駅~ご乗車の際は──」
人がどっと押し寄せ、ぎゅうぎゅう詰めになる。
最寄り駅までの道のりは長い。
ふと、甘い匂いが男の鼻を掠めた。
目の前に立つ女子高生から香るものだ。
そっと太ももを撫でると、
女子高生はわずかに身を震わせる。
期待通りの反応に男はニヤリと口角を上げた。
これが最近のストレス解消法だ。
標的はいつも大人しそうな相手を選ぶ。
おかげで今まで一度も訴えられた事がない。
下手すれば仕事も家庭も失う恐れがあるが、
このスリルがたまらない。
「きさらぎ駅~ご乗車の際は──」
次の駅につくと、女子高生が男の方へと振り返った。
「一緒に降りませんか?」
顔も声も想像以上にかわいい。
断る理由がなかった。
その後、男の姿を見たものは誰もいない。
お題「スリル」
俺には四人の幼なじみがいる
春奈、夏美、秋、冬乃。
みんな俺のことが大好きで、
朝に弱い俺を交代で起こしに来てくれる。
🌸 杉花粉 春奈の場合
「俺さん、おはようございます」
春奈は前髪ぱっつんの美少女で、料理上手な大和なでしこ。春の山菜で天ぷらや和え物を作るのが得意だ。
「早く起きないと、キスしちゃいますよ?」
寝たふりをしていると、
彼女の顔がだんだん近づいてくる。
唇が触れそうになったその瞬間──
「ぶええくしょいっ!」
俺の盛大なくしゃみが春奈の顔面に直撃した。
どうしてだろう、彼女がそばにいると
いつも鼻がムズムズする。
🌻 暑井世 夏美の場合
「さっさと起きろ!セミのぬけがら!」
「ぐふっ」
ツインテールとつり目が特徴的な美少女の夏美は、
毎朝馬乗りになって俺を叩き起こす。
口は悪いし、いつもくっついてくるから暑苦しい。
「おい、夏美。パンツ見えてるぞ」
「はああ?!キッショ!100回熱中症になっとけ!」
❄ 寒稲 冬乃の場合
「俺クン、アサデスヨ」
冬乃は色素の薄い美少女で、
手に触れると氷のように冷たい。
布団から出られず震えている俺に、
冬乃がそっと近づいて耳元で囁く。
「フトン ガ フットンダ」
おやじギャグが放たれた途端、
俺の体は凍りついた。
「ウフフ」
🍁 秋田 秋の場合
「こーら、俺くん。早く起きないと
学校に遅れるぞ、ぷんぷん!」
秋は栗色のサラサラロングヘアが特徴の正統派美少女で、俺にとって理想の幼なじみだ。
しかし、毎年彼女と過ごせる時間は
短くなっていく。
寂しくなって秋の腰に抱きつくと、
彼女は優しく俺の頭を撫でた。
「俺くん、これあげる」
彼女が手渡したのは、一枚の紅葉。
「この紅葉を見て、秋のこと思い出してね」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「アンタ、いつまで寝てんの!会社遅刻するわよ!」
母親に叩き起こされ俺は目を覚ました。
どうやら今まで見ていたものは
すべて夢だったらしい。
のそのそと起き上がると、
枕元にひとひらの紅葉が落ちていた。
お題「秋 🍁」