おへやぐらし

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3/14/2025, 5:00:17 PM

「ねえ、やっぱり帰ろうよ」
「少しだけなら大丈夫だって」

震えるシークの手を、
ハイドがぐいっと引いた。

活発で明るいハイドと、
大人しく内気なシーク。
二人はきょうだいで、正反対の性格ながら
仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

ハイドには、前々から気になる場所があった。
森の奥にひっそりと佇む廃墟。

大人から「決して近づいてはならない」と
言われていたが、ハイドの好奇心は
抑えられなかった。
あの建物は一体いつからあそこにあるのだろう?

──そして、あの日が訪れた。

廃墟を訪れた二人。
建物から出る時に、
シークの姿が消えていたのだ。

大人たちは懸命に捜索しだが、どこにもいない。
ハイドは怖くなり、自分だけ帰ってきて
しまったことを言い出せなかった。

そして数日後──。
シークはひょっこりと帰ってきた。

両親は涙を流して喜んだ。
「どこにいたの?」と問い詰めると、森で迷い、
農家の納屋で過ごしていたとシークは答える。

誰もが胸を撫でおろした。

……ただ一人、ハイドを除いて。

──違う。これはシークじゃない。

濡羽色の髪も、菫色の瞳も、確かに
シークのものなのに、何かが違う。

ハイドは両親に訴えたが、
「どうかしている」と疑われる始末。

それから数年が経ち、シークはすっかり
元の生活に戻り、家族は何事もなかった
かのように暮らしていた。

しかし、ハイドの胸の中にはずっと
違和感がこびりついたままだった。

──だから今日、もう一度あの場所へ
向かうことにした。



森の奥の廃墟。
久しぶりに訪れたそこは、
相変わらず静まり返っていた。

ひび割れた床からは雑草が生い茂り、
崩れかけた窓から柔らかな陽光が差し込む。
風が草木を揺らす音と、
遠くで鳴く鳥の声が聞こえてくるだけ。

ここにいる。

ハイドは確信していた。

ひんやりとした空気が辺りに漂い、
昼間なのにどこか薄気味悪かった。

ふいに──。

視線の端を、黒い影が横切る。

「シーク?」

ハイドは無意識に後を追った。
だが、影はすぐに消え、目の前には
行き止まりの壁があるだけだった。

──気のせいか?

ヒタ……ヒタ……。

何かの足音が近づいてくる。

ハイドの心臓が跳ね上がった。
とっさに近くのロッカーの中へ身を潜める。

(ポマード、ポマード、ポマード……!)

古い魔除けのまじないを心の中で
何度も唱えるハイド。

足音はロッカーの前で止まった。

そして──ゆっくりと
ロッカーの扉が開かれる。



「ハイド、起きて」

誰かがハイドの肩を揺さぶる。

──まばたきをした。

視界がぼやける中、
見覚えのある顔が目に映る。

「……シーク?」

「やっぱりここにいた。母さんも父さんも
心配してるよ」

ハイドは、いつの間にか
気を失っていたらしい。
気づけば、一日が経過していた。

シークはハイドの手を引き、立たせる。
二人は視線を交えた。

「本当に……シーク?」

「何言ってるの? 変なハイド」

昔と変わらぬ、穏やかな菫色の瞳。
けれど、その手は氷のように冷たかった。



森を抜け、近くに停めていた
車へ乗り込む二人。

助手席に座るハイドの横で、
シークがふとこんな事を口にした。

「ねえ、お祈りって意味ないんだってさ」

「は?」

シークがハイドの耳元に唇を寄せる。

「ポマード、ポマード、ポマードってね」


お題「君を探して」

3/5/2025, 12:25:16 AM

とある広間にて。
白い清潔なクロスが敷かれた食卓に
色とりどりの料理が並ぶ。

「こんなもの、もううんざりよ」

「だめです。女王様はたくさんの子を産むために、
ローヤルゼリーを召し上がらねばなりません」

「生まれてからずっと、こればかり食べてきたわ」

顔をそむけるクイーンに
困り果てたナイトは提案する。

「では、これを食べ終えたら、おやつに
野ばらの蜜をご用意いたしましょう」

その言葉に目を輝かせるクイーン。
野ばらの蜜と花粉は彼女の大好物。
何より、ナイトから口移しで与えられるのが
好きだった。

突然、働きバチの一匹が慌ただしく
駆け込んできた。

「侵入者です!」

ナイトが巣の入り口へ向かうと、
そこには二回りも大きなスズメバチが。

足元には、胴を噛みちぎられた仲間の亡骸。
ブンブンと羽音を響かせ、顎をカチカチと
鳴らすスズメバチに、若いミツバチたちは
ぷるぷると震えている。

そのとき——。

《わたくしの愛しい子どもたち、聞こえますか》

女王のフェロモンがコロニー全体に満ちた。

《美しき戦士たちよ、恐れることはありません。
我らの城を守りなさい!》

その声に鼓舞された兵たちは、
一斉に音を立て飛び立つ。

ナイトがスズメバチにしがみつき、
次々と仲間たちが続いた。団子のように取り囲み、
熱を発して敵の動きを完封。

やがて、スズメバチは絶命した。

勇敢なるミツバチたちは称えられ、先陣を切った
ナイトは女王のもとへ呼ばれた。

「あなたの功績をたたえて、
褒美を授けましょう。何がほしい?」

ナイトは一瞬ためらったあと、
長らく秘めていた想いを口にした。

「あなたです」

「わたくし?」

頷くナイト。

「あなたは皆のお母様であり、女王です。でも……
本当は、私だけを見てほしかった」

目を潤ませるナイトにつられて、
クイーンの頬も薔薇のように染まる。

二人の間に重い沈黙が流れた。

暫くして、クイーンがおもむろに答えた。

「役目を終えたとき、そのときは——」

芽吹きの春が過ぎ、
初夏の香りが立ちのぼる頃。

ナイトの体は衰えていた。あの日の戦いで、
力を使い果たしたのだろう。
飛ぶ速度も落ち、体力も続かない。

クイーンもまた、産卵数が減り、
食も細くなっていた。
働きバチたちはその事を察して王台を築いた。
新たな女王を育てるために。

戴冠式を終えて荷物を整えたクイーンは、
巣の入口に立っていたナイトの手を取る。

「行きましょうか」
「ええ」

長い間、暗い巣の中にいたクイーンは陽の光に
目を細めながら二匹は飛び立った。

それから彼女たちは色んな場所を旅した。

黄色い絨毯を敷き詰めた菜の花畑、
神社の手水舎で水分補給、
そしてお気に入りの庭へ。

そこにはローズマリー、セージなど
色とりどりのハーブや花が咲き乱れ、
りんごの花と野ばらの甘い香りが漂ってきた。

生け垣に咲く野ばらの薄桃色の花弁の上に
身を預け、大きく羽を伸ばす。
新鮮な風が頬を撫で、二匹は青空を見上げた。

「気持ちいいですね」
「そうね」

柔らかな陽射しと心地よい風に包まれ、
まどろむクイーン。

「わたくし、なんだか疲れたわ。
少しだけ眠るから……ずっと傍にいてね」

「かしこまりました。……おやすみなさい」

クイーンが深い眠りにつくのを見届けると、
ナイトもまた、ゆっくり瞼を閉じた。

こうして約束を果たした二匹は、花の香りに包まれ
ながら、静かに蜂生に幕を下ろしたのであった。

お題「約束」

12/12/2024, 5:00:08 PM

2024年

「お願いします。助けてください」

頬が痩せこけ、目の下に黒い影を落とした男が
弱々しい声で言った。

目の前に座る僧侶は、男の顔をじっと
見つめた後、彼の背後に視線を移す。

そこには長い髪で顔を隠した女が、男の肩に
しがみつきながら、ボソボソと何か呟いている。

彼女から発せられる負のオーラが、
部屋全体をまるで黒い霧のように覆い尽くしていた。

「……」

僧侶は静かに首を横に振る。
それは諦めろと告げているかのようだった。

――

2023年

深夜

ベッドに横たわっていた男は、
胸の上に重い圧迫感を覚え、目を覚ました。

長い黒髪が顔の上に垂れ下がり、髪の隙間から
のぞくのは、ひどく歪んだ女の形相。

『どうして…どうして…』

耳元で繰り返される言葉とともに、冷たく細い指が
首に絡みつき、ぎりぎりと締め上げる。

「やめろ…やめてくれ…!」

男は苦しさに額から脂汗を浮かべ、
必死にもがく。

毎晩続くこの悪夢のような出来事。
翌朝、鏡を覗き込むと、首元にはっきりと
赤黒い指の跡が残されていた。

――

2022年

「彼女、まだ見つからないのか?」

会社の飲み会の席で、
ビールジョッキを手にした同僚が言った。

「…ああ。まあ、正直ほっとしてるけどな」

そう零しながら、乾いた笑みを浮かべる男。

ピコン

突然スマホが通知音を鳴らした。

(あれ?通知は切ってたはずだが…)

スマホの画面を開くと、
一件のメッセージが届いていた。

『どうして』

(は?…誰だ?)

胸に嫌な冷たさが広がる。
そのメッセージは、失踪したはずの彼女の
アカウントから送られてきていた。

(…ありえない。死んだはずだ…)

男は慌てて彼女のアカウントをブロックし、
削除した。

――

2021年

「ねえ、どうして?」

スマホを握りしめた彼女が、
震える声で男を問い詰める。

画面には、男が他の女と親しげに交わす
LINEのやりとりが映し出されていた。

それだけではない。
男が女とホテルに入る決定的な写真もあった。

「…おい、勝手にスマホ見るなよ」

「だって…」

彼女は涙をこらえながら必死に訴えた。

「どうして?好きって言ったじゃん…。
心から愛してるって…ねえ、どうして?」

ぽた…ぽた…
涙がポタリと落ちて、服に染みを作る。

「…はあ、うぜぇんだよ。毎回被害者ヅラすんな!」

縋り付いてくる腕を振り払うと、その反動で彼女は
体勢を崩し、家具の角に頭を強く打ちつけた。

ゴッ…

「……キヨ?」

返事はない。

震える手で彼女の後頭部を触ると、
ぬるりとした感触がした。

指先に付着した赤い血が、
じわりと手の平に広がっていく。

「……まずい」

男の頭の中で、何かが冷静に動き出した。

(どうする…?見つかるのはまずい…)

(いや、待て。祖父母が残した家にある
古い農具小屋…あそこなら…)

男はすぐに実行に移した。

彼女の体をスーツケースに押し込み、
車で農具小屋まで運び、
小屋の奥のドラム缶の中に彼女を隠した。

――

2020年

「でさ、彼女が超メンヘラでさ~」

会社の飲み会で、男は後輩の女に愚痴を語っていた。

「えー、先輩かわいそうw」

「だろ?ああいうのめんどくさくて」

アルコールが回り、いい気分になった男は、
後輩の肩にふざけて頭を乗せる。

「ちょっと、やめてくださいよ~」

後輩もまんざらでもなさそうだ。
男は調子に乗り、そのまま二人で二次会を
抜け出してホテルへ向かった。

――

2019年

クリスマスの夜

公園の広場にはイルミネーションが輝き、
カップルたちが笑い合いながら歩いている。

その中に、一組の男女が
大きなクリスマスツリーの前に立っていた。

「俺、お前のこと本気で好きかも」

男が彼女の頬に手を添え、
そっと長い黒髪を耳にかける。

「本当…?」

「本当だよ。絶対お前を幸せにする」

彼女の目元の雫がイルミネーションの光に
反射して煌めいた。

「心から愛してるよ。キヨ」

「……私も、心から大好きだよ。シン」

お題「心と心」

12/7/2024, 5:00:19 PM

部屋の片隅で、私は一人うずくまっていた。
外では風がびゅうびゅうと唸り声を上げ、
吹雪が壁を叩きつけている。

突如、小屋の扉が音を立てて開いた。

風と雪に押し流されるように
中へ入ってきたのは、色とりどりの
ジャケットを着た四人組の旅人。

身を切るような寒さに凍える彼らは、
しばらく無言で小屋の中を見回した。

「めぼしいものは何もないでやんす」
落胆の声を漏らす黄色ジャケット。

「ここで一夜を過ごすしかないじょ」
唇を震わせながら呟く緑色ジャケット。

「こんなとこで寝たら死んじまうにゃ」
歯をカチカチと鳴らしながら吐き捨てる
青色ジャケット。

「こうするのはどうだろう」
とある提案をする赤色ジャケット。

赤色ジャケットをA。青色ジャケットをB。
黄色をC。緑色をDとしよう。

部屋の四隅にA、B、C、Dが
それぞれ座る。

━━━━━━━━
│B A │
│ サムイ │
│ 小屋 │
│サムィ │
│C D │
━━━━━━━━

A B
㌧㌧(。´・ω・)ノ゙(´-﹃-`)ムニャ…

まずAが壁を伝って、
Bの元へ行き、Bの肩を叩く。

A B C
( ˘ω˘ ) スヤァ…=͟͟͞͞ ( ˙꒳​˙) (´-﹃-`)Zz…

それを合図にBは立ち上がり、壁を伝い、
Cの元へ行く。AはBがいた場所に座る。

B C
㌧㌧(。´・ω・)ノ゙(´-﹃-`)ムニャ…

Cの元に行ったBは、Cの肩を叩く。

B C D
( ˘ω˘ ) スヤァ…=͟͟͞͞ ( ˙꒳​˙) (´-﹃-`)Zz…

それを合図にCは立ち上がり、壁を伝い、
Dの元へ行く。BはCがいた場所に座る。

以下ループ

これを繰り返すことで、睡魔に打ち勝ち、
朝まで耐えようという考えだ。

早速、四人は作戦を決行した。

しかし、私はあることに気がついた。

Aが最初に座っていた場所には、
誰もいない。

つまりDが肩を叩く相手、
Aを起こしにいく者がいないのだ。

困ったな…。
よし。ならば、私がその役割を担おう。

こうして私はAがいた場所に座り、
順番が回ってくるのを待った。

D「㌧㌧(。´・ω・)ノ゙」
私「おけ」

私は立ち上がり、眠るAの元へ向かい、
その肩を叩いた。

――

翌朝、嵐はすっかり治まり、宝石のように輝く陽光が、白い大地を照らした。

四人は顔を見合わせ、
喜びを分かち合っていた。

「やったでやんす!」
「これで帰れるじょ」

互いを讃え合った後、彼らは山小屋を後にし、
一人取り残された私は清々しい気持ちに浸っていた。

いいことしたな────

そしてまた、いつものように
私は部屋の片隅に腰を下ろした。

お題「部屋の片隅で」

11/19/2024, 8:53:23 PM

とあるバイトの面接に合格し、
新しい職場で働き始めたC。

バイト先では黒いローブに身を包んだ骸骨の先輩が、
懇切丁寧に仕事内容を教えてくれた。

案内された場所は地の底へと続く洞窟。
さまざまな長さのキャンドルが燃えており、炎の
揺らめきが洞窟内を照らす光景は息を呑むほどだ。

「消えゆくキャンドルを持つ者の命を刈り取る。
それが我らの使命じゃ」

次に向かった先は病院。
そこでは、生命維持装置に繋がれた老人と、
老人の家族が寄り添い、最後の別れを惜しんでいた。

先輩が老人の足元に立つと、
老人は眠るように静かに息を引き取った。

Cも先輩を倣い、人生の終わりを迎える者に
立ち会うことが日課となった。

生まれたばかりの赤子、公園で遊ぶ子ども、
高層ビルの屋上に佇む若者──。

ある日、Cはとある一軒家を訪れた。
そこでは、夫婦が弱った犬に優しく声をかけながら、愛犬の毛並みをそっと撫でていた。

その光景を見た瞬間、Cは人間時代に飼っていた
犬を思い出した。

尻尾を振りながら駆け寄ってきた姿、冷たい身体を
抱きしめたまま泣いた日の記憶。

「犬や猫はどうしてこんなに短い命しか
与えられないのだろうか」

それからCが取った行動は衝動的なものだった。
無期懲役の囚人の長いキャンドルと、
犬の短いキャンドルを密かに取り替えたのだ。

翌日、例の家を再び訪れたCは元気に庭を駆け回る犬と、その姿に喜ぶ夫婦の光景を目にした。

「元気になってよかったねえ」
「まるで奇跡みたいだ」

満足感を覚えながらCが職場に戻ると、
怒りの形相で先輩が待ち構えていた。

「このバカもんが!以前もお前のような我欲のために
掟を破った愚か者がおったわい」

その日、Cはバイトをクビになり、
現在は屍泥処の清掃員として働いている。

時折、キャンドルが無数に並ぶあの神秘的な空間を
思い出しては、Cは淡い懐かしさに浸るのであった。


お題「キャンドル」

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