イオンで映画鑑賞を終えた栗井牟は、
彼女と並んで31のショーケースを覗き込んでいた。
「何が好き?」
「んー、チョコミント?よりもあ・な・た♡」
甘い声で答える彼女に、栗井牟の頬が自然と緩む。
周りの目なんて気にならない。
恋人同士の特権だと、二人は思う存分イチャついた。
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「へぇ、よかったじゃん」
翌日、親友の九津木にその話をすると、
彼はいつものように栗井牟の話に耳を傾けてくれた。九津木は昔から、どんなにくだらない事でも
真剣に聞いてくれる栗井牟の良き理解者だ。
「お前も彼女作れよ。人生が輝きだすぞ。
男前なんだからすぐできるって」
調子に乗って九津木の肩をポンポンと叩く栗井牟。
九津木は一瞬、意味深な表情をしたが、
浮かれポンチの栗井牟が
それに気づくことはなかった。
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「ごめんなさい。別れてほしいの」
……え?
ある日突然、彼女に別れを切り出された。
頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。
自分に何か非があったのだろうか。
愛情が足りなかったのだろうか。
答えの見つからない問いが、
栗井牟の頭の中をぐるぐると駆け巡った。
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「元気出せよ」
傷心の栗井牟を支えてくれたのは、
やはり九津木だった。
彼の言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなる。
「アイスでも食べよう」
冷蔵庫から取り出されたのはチョコミントアイス。
彼女が好きだと話していた味。
それまであまり食べたことがなかったが、
彼女の影響でよく買うようになっていた。
二人はソファに座り、無言でアイスを食べる。
ひんやりとした甘さが口の中に広がるたび、
彼女との思い出がよみがえった。
「……お前、チョコミント好きだったっけ?」
「ううん、大嫌い。歯磨き粉みたいな味するし」
「いま全国のチョコミン党に喧嘩売ったぞ」
久しぶりに笑えた瞬間だった。
九津木がふいに、栗井牟へ顔を近づける。
「は?」
困惑する暇もなく、
九津木の唇が栗井牟の唇に重なった。
頭が混乱し、何が起きているのか理解できない。
慌てて身を引こうとしたが、九津木は栗井牟を
ソファに押し倒し、口づけをさらに深くした。
もがく栗井牟の手がテーブルのカップに当たり、
チョコミントの残りが宙を舞い、床にこぼれる。
「やっぱり、歯磨き粉の味がするな」
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数日後、栗井牟のもとに元恋人から連絡があった。
カフェで久しぶりに再会した彼女は、
以前よりも少し痩せて見えた。
「……よりを戻せないかな」
新しい恋人に裏切られ、
あっけなく別れを告げられたという。
彼女の話を聞きながら、栗井牟の胸は複雑に
揺れ動いた。彼女の愛嬌あふれる笑顔も、
可愛い声も、今でも好きだったから。
だけど、もう――。
「こいつ俺のだから」
突然現れた九津木が栗井牟の肩を抱き、
彼女の顔がみるみるうちに青ざめていく。
九津木は彼女に冷たい視線を送った後、
栗井牟とその場を立ち去った。
一人取り残され呆然とする彼女。
栗井牟を連れ去った男――それは、
二人が別れる原因を作った張本人である、
あの新しい恋人だったのだから。
覆水盆に返らず。
こぼれたアイスクリーム、元に戻らず。
お題「こぼれたアイスクリーム」
8/11/2025, 8:10:07 PM