おへやぐらし

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雨降る夜、私は裏路地で震える子猫を見つけた。
親猫の姿はどこにもない。

迷わず抱き上げると、目ヤニで汚れた小さな体から、
小刻みな鼓動が伝わってくる。

アパートに連れて帰り、丁寧にタオルで体を拭いて、
コンビニで買った猫缶を皿に出すと、
がつがつと夢中で食べ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろう。

私は茶白模様の子猫にゲイリーと名付けた。
それが私たちの出会いだった。

――

ヘトヘトに疲れて、仕事から帰る。
今日の夕飯どうしよう。ああ、何もしたくない。
だけどゲイリーには早くごはんをあげないと。
ひとりにさせて、きっと寂しかっただろうな。

重い体を引きずるように玄関の扉を開けると、
美味しそうな匂いが漂ってきた。

テーブルの上には、ほかほかと湯気を立てる
色とりどりの料理。
夢を見ているのかと、何度も目をこする。

隣には小さなメモが。

『ゲイリーがあなたに夕食を持ってきました。
疲れているあなたに、おなかいっぱいになって
ほしいから。ゲイリーにありがとうと言って』

足元では、無邪気に喉を鳴らすゲイリーが、
つぶらな瞳で私を見上げている。

戸惑いながらも一口頬張れば、やさしい味がじんわりと広がり、お味噌汁を啜ると、かつお節の香りが鼻を通り抜け、体の芯まで温もりが染み渡る。

気がつけば、涙が頬を伝っていた。

「ありがとう、ゲイリー」

そう言うと、ゲイリーは嬉しそうに
私の足に体を擦り付けた。

それから毎日、テーブルには食事が並んだ。
朝は淹れたてのコーヒーやサンドイッチ、
寝付けない夜にはカモミールティー、
高級お寿司や肉料理まで。

一体どうやって用意しているのか。
不思議な子猫ゲイリー。

――

今日は最悪の一日だった。仕事で大きなミスを
してしまい、その上、苦手な上司から容赦のない
叱責を浴びせられる始末。
思い出すだけで、また涙が溢れてきた。

私の生活は、決して楽なものではなかった。

安い給料は家賃や光熱費、食費といった生活費に
消えてしまい、貯金なんて夢のまた夢。

転職も考えたが、自分のスキルではそれも叶わず、
ただ苦難に耐え忍ぶ日々。

「生きているだけでお金ってかかるね。ゲイリー」

膝に乗ってきたゲイリーを、そっと撫でる。

「あーあ、働かなくていいくらいお金があればなあ」

腕の中のゲイリーをぎゅっと抱きしめると、
温かくて、ふわふわで、お日様の香りがした。
ゲイリーがいてくれたら、それでいい。

明くる日の夜、テーブルの上に
札束の山が積み上げられていた。

『ゲイリーがお金を持ってきたよ。あなたに喜んで
ほしいから。ゲイリーにありがとうと言って』

「ゲイリー、こんな大金、一体どうやって?
まさか、どこかから……」

ゲイリーは小首を傾げて、
まん丸な黒い瞳で私を見上げてくるだけ。

――

ある日、テーブルに血の付いた紙袋が置かれていた。恐る恐る中を覗き込むと、見覚えのあるものが。
それは、職場でいつも私を罵っていた上司の、
冷たくなった生首。夢じゃない、本物の生首だ。

傍らに添えられたメモには、血が滲んでいた。

『ゲイリーが敵の首を取ってきたよ。あなたをいじめる輩は許せないから。ゲイリーにありがとうと言って』

ゲイリーの目には、純粋な愛情しかなかった。
悪意も、ためらいもない。
ただ――私を幸せにしたいという気持ちだけが。

『ゲイリーにありがとうと言って』

お題「夢じゃない」

8/9/2025, 6:45:27 AM