おへやぐらし

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8/6/2025, 10:45:05 PM

「土呂井。お前いいもん持ってんなあ」

放課後の教室。

土呂井は、クラスのボス猿・オー坊と
彼の子分・康勝に囲まれ怯えていた。
二人が指差すのは、土呂井が腕につけた時計。
先日お小遣いを貯めてやっと手に入れたものだ。

「ちょっと貸してくれよ。なあ、いいだろ?」
「でも……」
「あ?文句あんのか、トロイのくせに」

いつものことだ。断ればもっと酷い目にあう。

土呂井が唇を噛み締め、目を瞑っていると、教室のドアが開き、クラスメイトの清星が入ってきた。土呂井たちには目もくれず、無言で自分の席へ向かう。

「おい、清星」

オー坊が声をかけると、清星はちらりと視線を向けた。冷たく澄んだ瞳に、オー坊は一瞬怯んだ。

「何だよ」
「お前からもこいつに何か言ってくれよ」

オー坊はそう言って、清星に擦り寄ろうとする。だが清星は何も言わず、ただ真っ直ぐオー坊を見つめた。その眼差しに、オー坊は居心地悪そうに身を引いた。

「ふん、別にいいけどよ」

捨て台詞を吐いて、オー坊と康勝は教室を
出ていった。嵐が去った後のように、
土呂井は安堵のため息をつく。

「あ、ありがとう……」

土呂井が礼を言うと、清星は「別に」とだけ返し、
再び背を向けた。

――

瞼を開くと、教室の天井があった。
腕の時計は4時44分を指している。
確か、家のベッドで寝ていたはずなのに。

「おい、起きたか」

声のする方を見ると、オー坊がいた。
いつもの高圧的な態度ではなく、どこか不安そうだ。

「オレも……気がついたらここにいた」

教壇の康勝が呟く。そして教室の後ろでは、
清星が窓の外を見つめていた。

「外、見てみろよ」

清星の言葉に従って窓の外を覗くと、
校庭は真っ暗で何も見えない。
街灯も、向かいのマンションの明かりも、
何もかもが消えていた。

突如、校内スピーカーから音声が流れた。
アニメキャラのような甲高く、奇妙に歪んだ声。

『こんばんは!突然ですが、今から君たちにはゲームをしてもらいます♪校内から出ることができたら君たちの勝ち。出られなかったら……まあ頑張って!』

四人は顔を見合わせた。
何が起こっているのか誰にも理解できない。

「出口を探そう」

清星が先頭に立って歩き出す。
土呂井たちも、それに続くほかなかった。

――

廊下は薄暗く、非常灯だけが不気味に光っている。

一階の昇降口に着くと、
扉には頑丈な鎖がかけられていた。

「クソ、開かねえ」

オー坊が力任せに引っ張るが、びくともしない。
他の出入り口も試したが、
どこも同様に封鎖されている状態だ。

「屋上だ」清星が言った。
「屋上なら外に出られるかもしれない」

階段を上がり始めた時、
四人の足音とは違う音が聞こえてきた。

ぺたぺた、ぺたぺた。

濡れた足で歩くような音。
振り返ると、廊下の向こうから何かが
こちらに向かってくるのが見えた。

赤い服を着た女性。長い黒髪で顔は見えない。

「あ、あれ……テレビで見た……」

夏のホラー番組に出てきた、女の幽霊だ。
女は徐々にこちらへ近付いてくる。

「走れ!」

オー坊の叫び声に、四人は階段を駆け上がった。

「大丈夫か?」
「はあ、はあ、うん……」

息を切らす土呂井に、清星が声をかける。
体力のない彼にとって、階段はつらいものだった。

息を整えた土呂井が周囲を見回すと、
オー坊と康勝の姿がない。

「先に行ったみたいだ。俺たちも急ごう」
清星の言葉に土呂井は頷いた。

――

「オー坊~?オー坊や、どこにいるんだい?」

廊下の向こうから現れたのは、恰幅の良い中年女性。手には大きな物差しが握られている。

「か、母ちゃん?なんでここに……」

「オー坊!本当にあんたって子は!
 こんな所で馬鹿やって……あたしはそんな子に
 育てた覚えはっ!ないんだよっ!」

ドスドスと音を立て近づいてくる母親に、
オー坊は恐れ慄き後ずさる。
いつもの横暴さは微塵もない。

康勝もまた、震えていた。
天井からゆらゆらと降りてくる黒い影。
よく見るとそれは、巨大な蜘蛛だった。八本の足を
うねうねと動かして、康勝を見下ろしている。

「い、いやだ……蜘蛛は嫌だ……」

――

土呂井と清星が三階の踊り場に着いた時、
彼らの足が止まった。

そこには一人の男性が立っていた。

「久しぶりだな」

「あんた……どうして……」

「そんなに虚勢張るなって。
 また風呂場で一緒に遊ぶか?ん?」

清星の全身から血の気が引く。
土呂井は、いつもクールな彼が
こんなにも怯えている姿を初めて見た。

「やめろ!」
土呂井が叫ぶ。

「清星くん、それは本物じゃない!偽物だ!」

清星が驚き、土呂井を見る。一瞬の隙をついて、
土呂井は清星の手を掴んだ。

「走ろう、二人で!」

土呂井は清星の手を引いて階段を駆け上がる。
どこかでオー坊と康勝の悲鳴のようなものが響いたが、二人は振り返らなかった。

屋上のドアは開いていた。
扉の向こう側には、
出口への道筋を示すように小さな光が見える。
 
二人は光に向かって走った。

出口に近づいた時、
どこからともなくあの甲高い声がした。

『またね』

――

土呂井は汗だくで目を覚ました。
布団の中で、心臓がまだ激しく鼓動している。

学校に行くと、担任の先生が深刻な顔で話し始めた。

「昨夜、オー坊と康勝が……自宅で亡くなった」

教室がざわめく。

死因は就寝中の心不全、それもほぼ同じ時刻に。

逃げ遅れたオー坊と康勝が死んだ。
じゃあ、あれは夢ではなかった――?

放課後、土呂井と清星は二人で屋上にいた。

「あの時は、ありがとう」清星が呟く。
「ううん。僕の方こそ」

風が吹いて、校庭の旗が揺れる。

「最後さ……またね、って聞こえたよね」
「ああ」
「また、あれが夢に出てくるのかな」
「……わからない」

次があれば、生き残った二人も
今度こそ悪夢の中に引きずり込むかもしれない。

けれど、土呂井は以前の臆病なままではない。
自分の手で誰かを守れた。

だから、またあれがやって来たとしても、
きっと乗り越えられるはず。

――そう信じて。

お題「またね」

8/5/2025, 5:50:18 PM

「喉渇いてないか?」

そう言って差し出されたのは、冷えたラムネ瓶。

俺は首を横に振って「いらない」と拒んだ。
だけどあいつは俺の頭を掴んで、無理やり
瓶の口を押し付けてきた。

炭酸が喉に流れ込み、噎せ返る俺を見て、
あいつは満足げに笑う。

「な、おいしいだろ?」

――

ある日、本棚で一冊の絵本を見つけた。
「人魚姫」――恋に破れた人魚が
泡となって消える、悲しい物語。

「お前、人魚になりたいのか」

ページをめくっていると、背後からあいつの声が
降ってきて、俺の体はびくりと強ばった。

「人魚ってさ、水の中でも息ができるん
 だってな。……試してみるか」

気づいた時には、俺の頭は水を張った浴槽に
押しつけられていた。必死にもがいても、
顔を押さえつける腕の力は緩まない。鼻と口から
容赦なく水が入り込み、肺が焼けるように痛む。

何度もやめてくれと懇願した。
だけど、あいつはそれでも止めてくれない。

そうだ。あいつはいつも、
俺が苦しむ姿を見て笑っていたんだ。

――

「体洗ってやるよ」

俺が風呂に入ると、あいつも一緒にやってきた。

あいつが手にボディソープを垂らすと、
桃の香りが狭い浴室内に広がり、泡立てた手が、
俺の体を這うように滑っていく。蛇に捕食される前の獲物のように、俺の体は硬直したまま動かない。

あいつの手が、ゆっくりと下へ降りていく。
そして、泡のついた指が、粘膜に触れた。

ああ、泡になりたい――。

一刻も早くこの時間が終わって欲しい。
苦痛の中で、ただそれだけを考えていた。

神様に祈りが届いたのか、
ある日を境にあいつはいなくなった。
まるで泡のように、跡形もなく。

やっと悪夢から解放される。
だが、これで終わりではなかった。

俺は、泡が怖くなった。
誰かが飲む炭酸、ボディソープの泡、
ぶくぶくと音を立てるジャグジー。

泡を見るたびに、あいつが蘇ってくる。
お前は逃げられない、
そんな声が耳の奥でまとわりつくみたいに。

――

話し終えると、彼女は黙って俺を抱きしめた。

「……辛かったね。よく頑張ったね。大丈夫。
 もう、その人はいないから」

彼女の温もりと優しい声に、俺の目から涙が滲んだ。落ち着くまで、彼女は何度も背中をさすってくれた。

🎶お風呂が沸きました~

軽快な機械音声が部屋に流れた。
彼女はそっと俺から身を離し、微笑む。

「ごはん食べて、お風呂に入って、
 あとは二人でゆっくりしようね」

俺は小さく頷いた。ずっと胸につかえていた
しこりのようなものが、ようやく取れた心地がした。

キッチンへ向かう彼女の背中を見送り、
俺は脱衣所で汗を吸ったTシャツを脱いだ。

――ぶくぶく。

音がした。

瞬間、全身が凍りつく。
風呂場の方からだ。

震える手で、浴室の扉を開く。

そこには、静かに水を張った湯船があるだけ。
少しも揺れてなどいない。

「ちょっと来てくれるー?」

リビングの方から彼女の呼ぶ声がする。

気のせいだ、きっとそうだ。
そう自分に言い聞かせて、
俺はリビングへ向かった。

誰もいなくなった浴室では、湯の表面が――
ぶくぶくと泡立ち始めていた。

まるで、何かが……水面の下で息づくように。

お題「泡になりたい」

8/3/2025, 6:00:11 PM

考えごとをしたい時の君は、
決まってあのカフェの窓際に座る。
俺はそんな君を、いつも静かに見つめていた。

あの男とは長い付き合いだ。

君がまだ無名の頃から、俺は君を知っていた。
巷に溢れるにわかファンとはわけが違う。

幼い頃から人助けが好きで、困っている人を助け、
感謝されることに喜びを感じていた君。
いつか、みんなを笑顔にするヒーローになりたいと
心底願っていた君。

地元紙の片隅に掲載された君の記事。
"小さなヒーローが救った命"。
あの切り抜きは、今でも大切に保管している。

転機が訪れたのは、大企業との契約だった。
広告塔としての立場、スポンサーの意向。
知名度が上がり、大人の世界のルールに
染まるにつれて、君は少しずつ変わっていった。

周囲からの期待、失望。ヒーロー仲間は、異性関係や暴力沙汰で問題を起こし、その度にもみ消される。

いつしか人々の「笑顔」のためではなく、
会社の利益のため、世間の評価のため
動く自分に、君は疲れ果てていた。

君の向かいの席に腰かけ、
グラス越しにその顔をうかがう。

目の下に色濃く刻まれた隈が、
隠しきれない疲労を物語っている。

苦労の一旦を俺が担っているという事実に、
どこか愉悦を感じてしまうのは悪い癖だ。

キュッと引き結ばれた唇、影を落とす長い睫毛、
ページをめくる指先。

ヒーローとして活躍する姿も、こうして一人でいる
オフの時の姿も、その全てが俺を捉えて離さない。

ざわめきに満ちた店内。
周囲の景色は、セピア色の写真のように色褪せて
見えるのに、君だけは、まるでこの世界にただ一人
色を持って生まれてきたかのように、
鮮やかで、静謐だった。

「あの、何か?」

あまりにも熱っぽい視線を送りすぎたのだろうか、
君は怪訝そうに眉をひそめた。

その表情もいいな。写真に撮って収めたいが、
そういうわけにも行かないので、目に焼きつける。
何度でも、瞬きの合間に。

ふと気がつくと、目の前の一口も口をつけて
いなかった炭酸はすっかりぬるくなっていた。

お題「ぬるい炭酸と無口な君」

(※悪役令嬢という垢の同タイトルと話が繋がってます)

7/26/2025, 1:05:07 AM

アスファルトから立ち上る陽炎が揺らめき、
照りつける真夏の日差しが、
車のボンネットを熱く灼きつける。

『着いたよ』

メッセージに顔を上げると、日傘を傾けた女の子が、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。
助手席のドアを開ける。

「ごめんなさい、待たせちゃったかな?」

ハンディファンを片手に、
申し訳なさそうに微笑む女の子。

「ううん、俺も今来たところだから」

そう答える俺の視線は、
彼女の着ていたTシャツに釘付けになった。

真っ白な生地に、大きくプリントされた真っ赤な口。ヴィレッジヴァンガードにでも売っていそうな、
かなり攻めたデザインだ。

酷く不気味に思えたが、彼女の可愛い顔と、
Tシャツの上からでも分かる豊かな
胸元を見れば、もう何でもよかった。

俺が胸元を凝視していると、
彼女は恥ずかしそうにはにかむ。

「ちょっと、どこ見てるんですか?」

「ごめんごめん。いや、そのTシャツ、
なかなかパンチ効いてるなと思って」

「でしょ?お気に入りなんです」

彼女の笑みに、俺はさらに惹きつけられた。

「さて、どこ行こうか?行きたい場所とかある?」
「うん、実はね――」

人目のつかない場所に行きたい、という言葉に、
俺の胸は嫌らしい期待で高鳴った。

が、彼女が提案したのは廃墟だった。肝試しでもするつもりだろうか。真昼間から、と少し拍子抜けしたが、それもまた一興だ。

廃墟に着き、車を降りた瞬間、真夏の熱気とは
異なる、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

荒れ果てた建物の壁には、蔦が絡みつき、
割れた窓からは薄暗い内部が覗いている。

「さ、行こ」

彼女と共に先へ進んでいると、
錆びたベッドを見つけた。

そこに腰を下ろし、手招きする彼女。
下半身に支配された俺は、同じく腰掛け、
流れるように彼女のTシャツの裾に手をかけた。

すると、白い手が俺の手をそっと制す。

「ダメ、上は脱がさないで」

着衣プレイか。それも悪くない。
むしろ、その方が興奮する。俺は欲望に目を細め、
彼女の顔を見上げた。その時だ。

「ヒヒヒヒ」

突如、どこからか声がした。
甲高く、そして粘つくような笑い声。

彼女のものではない。彼女の胸元から、
真っ赤な口が裂けるように大きく開き、

👄「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィ!」

赤い口が、一瞬にして膨張し、俺の顔を、
頭を、そして身体を、すべて飲み込んだ。

バリバリ、むしゃむしゃ。

肉を噛み砕く鈍い音と、骨が砕ける耳障りな音が
廃墟に響き渡る。
痛みを感じる間もなく、俺の意識は闇に落ちた。

「あーあ、また口元汚しちゃって、
もう〜、かわいいんだから」

彼女は胸元の赤い口の端を指でそっと拭う。
まるで、恋人の食べこぼしを拭くように、
優しく、愛情を込めて。

👄「ヒヒヒヒヒ」

赤い口は、満足げに笑い、そしてゆっくりと
Tシャツのプリントへと戻っていく。

先ほどまで真っ白だった彼女の半袖Tシャツの
白地は、鮮やかな赤色に染まっていた。

お題「半袖」

7/15/2025, 6:12:08 PM

玄関の明かりが灯ると、熊吉は深い安堵に包まれた。シンと静まり返った家は、
まるで彼の帰りを待っていたかのようだ。

両手にエコバッグを抱え、今晩の献立を頭の中で
並べながら、キッチンへ向かう。

サラダ、カルパッチョ、ブルスケッタ、ステーキ肉。
締めは妻の好物である苺を贅沢に使ったホール
ケーキ。奮発して、年代物のワインも開けようか。

「パパ〜、なにしてるの?」

包丁を軽快に操っていると、足元から幼い声がした。娘のミキが、興味津々といった様子で覗き込む。

「ご馳走を作ってるんだよ。今日はパパとママの
結婚記念日だからね」

「ごちそう!?やったー!」

ご馳走という言葉に、ミキは目を輝かせ、
無邪気に小躍りし始めた。

「でもね、今日はパパとママ、二人だけの
特別な日だから、ミキは邪魔しちゃだめだよ」

「えー!ずるい!ずるい!」

ぷう、と頬を膨らませる娘に、熊吉は苦笑する。

「じゃあ今度、Switch2を買ってあげるから、
それで許して」

娘のご機嫌を取りつつ、熊吉は壁の時計に
目をやった。もうすぐマユのシフトが終わる頃だ。
彼女はどんな顔をするだろう?
きっと喜んでくれるに違いない。

「ママ、遅いねぇ」

ソファに寝転がったミキが、
足をパタパタさせながら呟いた。

「そうだ、ママに写真を送ろう。
このケーキを見せたら、きっと喜ぶよ」

「賛成~!」

二人は真っ赤な苺のケーキを挟み、
満面の笑みでシャッターを切った。
メッセージを添え、送信ボタンを押す。
熊吉はそっと目を閉じた。

――マユ、早く帰っておいで。
そして、僕たち二人だけの愛の時間を過ごそう。

――

「はぁ……」

控え室でスマホを片手に、マユは深い溜息をついた。

今日のバイトもようやく終わり。
しかし、疲労はピークに達していた。

「お疲れ様、マユ。大丈夫?顔色悪いよ。
もしかして、またあの人?」

バイト仲間のヤヨコが、心配そうに声をかける。
その言葉に、マユは力なく頷いた。

「うん……」

マユは震える指でスマホの画面をヤヨコに見せた。
大量に送られてきたメッセージの羅列。
すべて、彼女目当ての常連客からのものだ。

『マユ、今日も一日お疲れ様😃朝から暑くて
ヘトヘトだよ~(^_^;)💦マユはもう上がり?
終わったら連絡してほしいな😉』

『ミキと一緒に結婚記念日のディナーを作ってるよ(´∀`)ノ⭐️早く帰ってこないと全部食べちゃうかも😘』

マユの勤務先に頻繁に現れる三毛別熊吉。
軽い世間話をしただけなのに、開店から閉店まで
居座り、しつこく連絡先の交換を求められ、
とうとう根負けして教えてしまったのが運の尽き。

それ以来、一日数十件にも及ぶメッセージが
届くようになり、マユは心身ともに削られていた。

彼の中では、マユと自分は「結婚している」ことになっているが、そもそも二人は付き合ってすらいない。

「このミキって誰なの?」

「さあ……なんか、私との間に子どもがいる
設定みたい」

「えっ、何それ、怖すぎるよ。
警察に相談した方がいいって」

「……」

はっきり拒絶すべきなのは分かっている。
だが、下手に刺激すれば何をされるか――。

マユは青ざめた顔で、
再びLINEの画面に目を落とした。

そこには、『二人の結婚記念日おめでとう』と書かれたケーキを掲げる、熊吉一人の写真が映っていた。

お題「二人だけの。」

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