考えごとをしたい時の君は、
決まってあのカフェの窓際に座る。
俺はそんな君を、いつも静かに見つめていた。
あの男とは長い付き合いだ。
君がまだ無名の頃から、俺は君を知っていた。
巷に溢れるにわかファンとはわけが違う。
幼い頃から人助けが好きで、困っている人を助け、
感謝されることに喜びを感じていた君。
いつか、みんなを笑顔にするヒーローになりたいと
心底願っていた君。
地元紙の片隅に掲載された君の記事。
"小さなヒーローが救った命"。
あの切り抜きは、今でも大切に保管している。
転機が訪れたのは、大企業との契約だった。
広告塔としての立場、スポンサーの意向。
知名度が上がり、大人の世界のルールに
染まるにつれて、君は少しずつ変わっていった。
周囲からの期待、失望。ヒーロー仲間は、異性関係や暴力沙汰で問題を起こし、その度にもみ消される。
いつしか人々の「笑顔」のためではなく、
会社の利益のため、世間の評価のため
動く自分に、君は疲れ果てていた。
君の向かいの席に腰かけ、
グラス越しにその顔をうかがう。
目の下に色濃く刻まれた隈が、
隠しきれない疲労を物語っている。
苦労の一旦を俺が担っているという事実に、
どこか愉悦を感じてしまうのは悪い癖だ。
キュッと引き結ばれた唇、影を落とす長い睫毛、
ページをめくる指先。
ヒーローとして活躍する姿も、こうして一人でいる
オフの時の姿も、その全てが俺を捉えて離さない。
ざわめきに満ちた店内。
周囲の景色は、セピア色の写真のように色褪せて
見えるのに、君だけは、まるでこの世界にただ一人
色を持って生まれてきたかのように、
鮮やかで、静謐だった。
「あの、何か?」
あまりにも熱っぽい視線を送りすぎたのだろうか、
君は怪訝そうに眉をひそめた。
その表情もいいな。写真に撮って収めたいが、
そういうわけにも行かないので、目に焼きつける。
何度でも、瞬きの合間に。
ふと気がつくと、目の前の一口も口をつけて
いなかった炭酸はすっかりぬるくなっていた。
お題「ぬるい炭酸と無口な君」
(※悪役令嬢という垢の同タイトルと話が繋がってます)
8/3/2025, 6:00:11 PM