『勝ち負けなんて』
死にたがりの私の前に突然、死神が現れた。
その死神は何が起こったのかわかっていない私に向かってただ一言
『俺とゲームをしましょう。あなたがもう一度強く死にたいと願ったのならその魂を頂きに参ります。その時はあなたの負けです』
こう言った。
死神が去った後、私はずっと考えていた。
どうしてずっと死にたいと思っていたのか。
そんなの簡単だ。生きることに意味を見い出せなくなったから。身内も友達もいない私にとってこの世界は地獄でしかない。生きていることに地獄を感じるなら死んだ方が今より楽になれると感じた。
生きたくても生きられない人は世の中にはたくさんいることはもちろん分かっているし、親から授かった命だから簡単に捨ててはいけないということも分かっている。
それでも無理だ。一度でも生きる気力を失った人間はもう死ぬしか方法が見えなくなってしまう。
あの死神が持ちかけてきたゲームは私が生きている限り有効らしいし、自分で死のうとする前に私の魂は取られるのだから、自殺をしても意味はないだろう。
でも、あんなゲームをして死神には何のメリットがあるのだろうか?
私を生き続けさせるため?それともただの暇つぶし?
どっちでもいいし、どっちも不正解でもいいけどとりあえずゲームをしているのなら本当に死にたいと思えるまでこの人生を生きてみよう。
“ 死にたい”は私の口癖みたいなものだから、簡単に死にたいと思っても死神は迎えに来てくれないだろう。
だから、私の人生のゲームのタイムリミットまで自由に生きてみよう。
少し視点を変えてみると私の中の考えが変わるかもしれないから。
死神とのゲームが終わるまでこの残りの人生を謳歌してみようと思った。
『まだ続く物語』
私は小説家に憧れていた。
いつしか、自分で物語を書きたいと思うようになり数年後その夢を叶えた。
これから始まる人生を新しく歩んでいくはずだった。
小説家になった喜びもつかの間、これから続いてく私の人生という物語は突然終わりを告げた。
病気になったのだ。しかもタチの悪いことに余命宣告というおまけ付きで。
どうして私なのだろう。これからだって時だったのに。人生は不公平だ。
まだ続くと思っていた物語を一歩も歩むことなく私はこの世を去るだろう。
そして、私がいない世界になってもこの世界の物語は終わらないのだ。
人が一人死んだところでこの物語は突然終わったりしない。
終わるのは私の中でだけ。
それでも、仕方のないことだ。
たまたま、私の中のシナリオに続きがなかっただけ。
私は潔く、このシナリオ通りに決まった日に死ぬしかないのだ。
でも、願うなら来世では自分の人生の物語くらい自分で書いてみたい。
何年経ってもまだ続くこの物語を今度は自分で歩んでみたい。
『渡り鳥』
私は生まれた時から心臓が弱かった。
特別、死に関わるほどの状態ではなかったのでずっと病室にいないといけないわけではなく、運動を控えたり、激しい動きをしてはいけないとだけ言われていた。
それでも皆と一緒に遊べないのは子供ながらに悲しかった。
それでも周りの皆は理解してくれていたから生活はしやすかった。でも、それは小学校までのことだった。
中学に上がると行動が制限される私には友達が出来なかった。最初は皆仲良くしようという雰囲気だったけれど入学から数ヶ月も経てば、皆仲の良い友達ができはじめ私は遠巻きにされた。
こうまであからさまに避けられるとさすがに学校にも行きたくなくなり、私は入学してから一ヶ月で保健室登校になった。
そんな私と唯一仲良くしてくれたのは幼なじみの彼だった。彼は私が驚くほどに博識で色んなことを知っていた。
だから、彼と話しているととても楽しかった。
そんな博識でフレンドリーな彼の周りにはいつも多くの人が集まっていた。
言うなれば人気者だった。私はそんな彼が羨ましくて妬ましく思う時もあったけれど私にも優しい彼だったのでそんな気持ちは次第に消えていった。
ある時から私は“ 死にたい”と思うことが増えていった。辛い現実に心が疲れていたんだと思う。
そんな私に気づいたのか彼が唐突にこんな話を始めた。
『ねぇ、渡り鳥ってどうして定期的にあんな長い距離を飛ぶと思う?』
「えっ、それは生きるための食糧を探しに行くためでしょ?」
『まぁ、半分合ってるけど半分は違うかな』
「じゃあ、その半分は?」
『正確に言えば、食糧や環境、繁殖なんかの事情に応じて地域を移動するんだ』
「そうなんだ·····急になんでこんな話するの?」
『いや、単純にすごいなと思って』
「すごい?渡り鳥が?」
『だって、渡り鳥は生きるために自分たちの体力を削ってまで地域を飛び回るんだ·····そうそうできることじゃない』
「当たり前でしょ?生きるために必死なんだよ」
『そう、生きるために必死なんだ·····君はどう?』
「·····え、私?·····私は別に·····」
『君の考えていることぐらい僕にはわかる。もう何年も幼なじみやってるし·····君はそれでいいの?』
「それでいいって·····何が?」
『渡り鳥でさえ、日々を必死に生きているのに君は簡単に生きることを諦めるの?』
「·····だって、しょうがないよ。私はもともと欠陥品だもん·····こんな私と一緒にいたって楽しいと思える人なんていないでしょ?」
『·····僕はそうは思わない』
「·····え、それってどういう·····」
『僕は幼い頃から君を見てきたけど、君は今までどんなに辛いことがあっても我慢して生きてきたじゃないか。僕が君だったらもうとっくに生きることを諦めてた』
そういう彼は次に私が今まで一番欲しかった言葉をくれた。
“ でも、今までそうしなかった君は強い人だ”
その瞬間、私の目から涙腺が崩壊したかのように大粒の涙が溢れてきた。
彼はずっと私を見ていてくれた。私を強い人だと言ってくれた。
私は渡り鳥みたいに毎日を生きようとはできなかったけど彼には私の中の何かが響いたみたい。
だから、もう少しだけ彼のいるこの世界を生きてみようと思う。
『さらさら』
僕の記憶の中に残っている彼女の思い出はもうわずかにしか残っていない。
時を追うごとに頭から彼女と一緒に過ごした思い出だけがさらさらと消えていくのだ。
彼女が消えてもう何年たっただろう。
僕は数年前に彼女を探すことを諦めた。自分でも情けないと思う。でも、彼女は僕に何も言わずにある日突然姿を消した。
理由は分からないけど僕に言わなかったということは少なくとも言わなくてもいいことだったんだろう。
もしかしたら彼女は僕に見つけてほしいわけじゃないかもしれない、そういう思いだけが僕の心の中に渦巻いていてだんだんと僕は彼女にとって必要のない存在なんじゃないかと思い始めるようになった。
彼女のいない生活を送るようになってから、僕の日常は以前とまったく変わらないのに記憶だけが塗り替えられていくのだ。
まるでさらさらとなくなっていく砂のように。
だから、僕は彼女に関わるすべての記憶が消えるまで待つことにした。
たとえ、何十年かかったとしても。
それだけ彼女を愛することができたと考えれば少しは気が楽になったから。
だからもう少しだけこの時に身を任せようと思う。
『これで最後』
今日僕は死神を辞める予定だ。
最後に彼女の魂をとったら、もうこれで最後にする。
魂をとることが嫌になったわけじゃないけれどもうこれ以上魂をとる人たちの顔を見たくなかった。
皆、揃いに揃って生きることを諦めている人が多かった。ある人は“ 治らない病気だから”、またある人は“ 寿命だから”と死期を悟っている人が多くて僕が魂をとりに来たことを伝えても皆、笑顔になってこう言うのだ。
“ これでやっと死ねる”
死神の僕が言うのもおかしいかもしれないけれどその言葉を聞くのがもう辛くなった。
だから、これで最後にしようと思った。
僕は死神を辞めたらどこにいくのだろう。
きっと跡形もなく魂ごと消えるのだろう。
最後に彼女の笑顔を見ることができて良かった。
死神の僕には笑顔とは無縁だと思っていたから。
魂をとる人の中で心から笑えていた人は彼女だけだった。
もう魂をとった後だから彼女には届くことはないけれど。
もう一度会うことができたなら僕は彼女にこう伝えたい。
“ 最後まで笑っていてくれてありがとう”
彼女の笑顔があったから僕は死神を辞める決心がついた。
僕もこれでようやく魂をとるという呪縛から解放される。
だから、もうこれで僕は深い眠りにつくことにする。