ざざなみ

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5/26/2025, 10:49:48 AM

『君の名前を呼んだ日』

最後に君の名前を呼んだのはいつだろう?
幼い頃は名前を呼ぶと嬉しそうに笑顔になる君が可愛くてつい何度も名前を呼んでいた。
そんな君に毎回と言っていいほど怒られていたっけ。
だけど、次第に大きくなるにつれて名前を呼ぶのが恥ずかしくなって名前を呼ばなくなった。いや、呼べなくなったの方が正しいのかもしれない。
周りの目も気になったし、思春期の俺が異性を名前で呼ぶことに抵抗があった。
その頃からだろうか?君の笑顔を見なくなったのは。
たまに笑いはするけれど、その笑いは本心から笑っている笑いでは無い気がする。
もう一度──────。
もう一度だけでいいから君の笑顔が見たい。
あれからまだ俺よりは小さいけれど背も伸びてあの頃よりも大人びた君の笑顔を僕は知らない。
だから、いつかまた俺が君の名前を呼べる時が来たらその時は笑ってくれるだろうか?
俺の心が大人になるその日まで。
君の本当の笑顔を見れる時まで。
君は本当の笑顔を僕のためにとっておいてくれるだろうか。

5/25/2025, 12:55:34 PM

『やさしい雨音』

君の声はやさしく降る雨のようだった。聞いていると自然と心が和らいでいくようなそんな声だった。でも、もう君の声を聞くことができなくなってしまった。
私の耳が使い物にならなくなってしまったから。君がいくら私に呼びかけようともその声は私に届くことはない。
私はいずれ全ての体の“ パーツ”を失うことになるだろう。耳が使い物にならなくなったから次は目かそれとも脚か。
君の声はもう私に届くことはないけれど君は私にある感情を教えてくれた。
“ 好き”という気持ちを。私の中になかった感情を教えてくれたのだ。
だから、私も好きという気持ちを君に伝えた。
そしたら君は嬉しそうに笑顔で微笑んでいた。
私には何がいいのか分からなかった。
だって、私は──────アンドロイドだから。
初めから感情なんてものは持ち合わせておらず、ただ実験のために造られた道具に過ぎなかった。
そんな私でも君に会って少しは道具ではなくなったと思う。
人間が持っている感情というものを知り、心というものを覚えた。
そんな私はもうすぐ廃棄されることになるだろう。
廃棄されることは怖くない。だって、また新しいアンドロイドが造られるから。
私が怖いと思うのは君に会えなくなること。
私の廃棄が決まった時、君は泣いていた。
私はそんな君を抱きしめてあげたかった。新しく覚えた動作だから。
でも、その頃には腕が動かなくなっていた。動作に支障が出ていた。
それでも君に会えて良かった。
君に会う前、私は雨というものが嫌いだった。体が濡れて不快だったから。
でも、君に会ってから君の声のようなやさしく降る雨を好きになった。
最後に君に会えて良かった。君そのもののような雨を好きになることが出来たのだから、案外この世界も悪くないと思えた。
“ ありがとう、またいつか君に会える時が来たらその時はアンドロイドではなく人間の姿で会いたいと願う”

5/24/2025, 12:09:23 PM

『歌』

私は変わらない毎日に退屈を感じていた。平日は朝起きて学校に行き、友達と会話し、勉強をして一日を終える。休日は特に用事のない日は家から出ない。そんな日々に退屈を感じてストレスが溜まっていた。
そんな時だった。彼と出会ったのは。
私が少しでも気分を変えようと散歩をしていた時、どこからか歌が聞こえた。その歌声はとても綺麗で透き通るような声だった。私はその声が聞こえる方に行ってみるとそこには整った顔立ちをした青年が立っていた。私と同い年くらいだろうか。
その時、私の気配に気づいたのか彼が振り向いた。彼が振り向くと同時に歌うのを止めてしまったので私は彼に素敵な歌だったからもう一度歌って欲しいと頼んだ。
最初は驚いていたけれど、意外にも彼は快く頷いてくれた。彼の歌声を聞くと、自然と退屈だった日々がどうでも良く感じた。それと同時に私の日々のストレスも緩和されていく感じがした。
それから私は彼の歌声を聞くのが日課になっていた。彼も歌うのは好きらしく、私が来るといつも曲のリクエストを聞いてくる。彼は音楽に精通している人なのか私のリクエストする曲はほぼ知っていたのですごいと思わず感心してしまった。
でも、毎日彼を見ていて分かったことがある。
私は毎回彼の歌を聞いたあと素直にすごいと感じたことを褒めるけどその度に彼は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに笑うのだ。
私は褒められ慣れていないのかなと思ったけれど、彼は自分のことを何も話さないので私も別に根掘り葉掘り聞いたりしなかったし、私も色々聞かれたりするのは嫌な性分なのであんまり詮索しないことにした。
ただ、お互いに誰なのかが分からなくても不思議と恐怖を感じたりすることは無く、なんと言うか居心地が良かった。
彼の歌声を聞く時間が私は好きだ。
だから私はしばらくはこのままの関係でいたい。
歌で繋がっているこの不思議な関係のまま。

5/23/2025, 12:01:53 PM

『そっと包み込んで』

僕は生まれつき声が出なかった。喋ることができないので会話をする時は筆談やスマホで文字を打って会話をしていた。
そんな僕には唯一楽しみなことがあった。それは毎日同じ時間の夕方頃に会う約束をしている近所の女の子との会話の時間だ。その子は数ヶ月くらい前にこっちに越してきてから歳が近かったためすぐに仲良くなった。
彼女は話す時、僕の返答が遅くても急かさずに待っていてくれるので話していてとても気が楽だった。
それから、数週間が経った頃、いつものように約束の時間帯にその場所に向かうと彼女が泣いていた。僕はどうしたのか理由を聞くと泣きながら彼女は「新しいクラスに馴染むことができないの·····」
と言った。
彼女はそのせいで友達が出来なくてずっと一人だと言って静かに泣いていた。
僕にはどうすることもできない。せめて、彼女を励ましてあげられる言葉を掛けられたら良かった。僕にはただ、文字だけの本当にそう思っているのか分からない言葉を伝えることしか出来なかった。僕も声が出れば彼女を苦しみから少しでも解放してあげられるかもしれないのに。
そう思っていた時、ふいに彼女が前に話していたことを思い出した。
“ 言葉で伝えるのが難しい時は動きで伝えるといいよ、例えば、泣いている子がいたら背中をさすってあげるとか”
前に初めて会った時に彼女から教えてもらった言葉だ。
僕が言葉で伝えることが難しい時があると相談したらそう教えてもらった。そうだ、動きで伝えればいいんだ。
そう思って僕は泣いている彼女の体をそっと自分の方に引き寄せた。
そして背中を優しくさすった。彼女は一瞬びっくりしていたがその後は静かに僕の中で泣いていた。
少しして泣き止んだ彼女は“ ありがとう”と言って優しく笑った。
僕は優しく笑う彼女の笑顔が好きだ。彼女が泣いていたらそっと包み込んであげたいし、彼女が笑ってくれるまでずっとそばにいたい。
僕が彼女の笑顔を守りたい。
そのために僕は彼女の傍で何があっても静かに寄り添っていたい。

5/22/2025, 11:04:10 AM

『昨日と違う私』

“ 失敗”や“ 後悔”は生きていくうえで一生ついてくるものだ。過去に戻ってやり直したい程の失敗をしても明日が嫌になるほどの後悔をしても明日は何度でも来るし、過去に戻ってやり直すことは出来ない。
私もそうだった。中学生の頃に死にたくなるほどの失敗をしてしまったから。その勢いでつい、家でぽつりと“ 死にたい”と言ってしまった。そしたら、たまたまその時家にいた兄に聞かれてしまった。それを聞いた兄は私に何があったのか聞いてきたので私は失敗しちゃっただけだと言った。できることなら過去に戻ってやり直したいと思っていると。
私のその言葉に兄はこう言った。
「お前が何に対して失敗したのか俺は知らない。お前がそんなふうに言うほどの痛みが俺には分からない。でも、過去の出来事は過去でしかないんだ。どんなに後悔しても明日は来る。それなら明日から変わればいい」
『明日から?どういうこと?』
「昨日と違う自分をつくるんだ。昨日失敗したなら明日は少しでもマシだと思えるような自分になればいい」
兄はそう言って笑顔で笑った。その眩しいほどの笑顔に私の目に溜まっていた涙が一気に引っ込んだ。
さすがだなぁと思った。私と少ししか違わないのにその時の兄はすごく大人に見えた。
それから私は成長して社会人になった。まだ、時々嫌なことがあるとあの時の兄の言葉を思い出している。
私はこれからも“ 昨日と違う私”をつくりながら人生を歩んでいこうと思う。憂鬱な明日が少しでも輝ける日になることを願って。

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