『Sunrise』
幼なじみの彼女が突然、日の出を見たいと言い出した。僕はあまりに突然のことだったので頭の理解が追いつかない。僕は彼女になんで突然そんなことを思ったのか問うことにした。
『突然どうしたの?頭でも打った?』
「ちがうよ。ただ、まだ人生で一回も見たことないから見たいと思っただけ」
『なら家族とだって見に行けるだろ?どうしてわざわざ僕を誘う必要があるんだ?』
「あんたは物知りだから日の出の見えやすい場所くらい把握してると思って」
『今の時期じゃなきゃだめなの?』
「うん、だってもう少しで私ら卒業じゃん?私たちお互いに別々の大学行くし、幼なじみと言ってもいつ会えるか分からないでしょ?だから、その前に二人で思い出作ろうと思って」
そう言って彼女は恥ずかしそうに笑った。彼女の笑顔はいつも太陽みたいに眩しい。だから、時々目を背けたくなる。思わず自分の目に反射してしまう気がして。
『僕が太陽嫌いなの知ってるよね?』
そう、僕は昔から太陽が嫌いだった。何故かと言うと原因は僕の目にあるのだ。僕の目は普段は日本人にとっては普通の黒い目をしているのに太陽の光に照らされた時だけ、赤く光るのだ。
それを見た友達は皆、気味が悪いと僕から離れていってしまった。
だから、今は前髪を伸ばして最大限に目を隠している。
「それでもお願い。最後だから」
そう言う彼女に結局、根負けして僕たちは明日、日の出を見に行くことになった。
──────翌日。
朝早くに起きたせいでまだ、目が覚めない。家族を起こさないように家を出て、彼女と合流し、僕の知ってる日の出が一番見やすいと言う情報がある場所へと向かった。
意外と早く着いたつもりだったけど、日の出は直ぐに見ることが出来た。僕が日の出に見蕩れていると、彼女が突然言葉を発した。
「やっぱり、あんたの目綺麗だね」
僕は自分の目に対してあまり良く思っていないのでその彼女の言葉に思わず反論した。
『だから、僕の目はそんなに·····』
そんなに綺麗じゃないと言おうとした時、彼女の言葉が僕の言葉を遮った。
「今見てる日の出の空の色みたいだね、私この色好きなんだ」
そう言われて思わず、過去に一度だけこの目のことを好きだと言ってくれた子がいたことを思い出した。
僕がこの目のことで悪口を言われて泣いている時、彼女が現れたんだ。
どうして泣いているの?って聞かれたからこの目の色のことを話したら、とても素敵な目を持ったんだと言われた。
あの頃はどうしてこんな目のことを素敵だと言うのか分からなかったけれど今思えば、日の出のことを言っていたんだなと思った。
『·····ありがとな、この目のことをずっと好きでいてくれて』
「何言ってんの?嫌いになるわけないじゃん」
『はは、昔も今もお前に救われてばっかりだな。·····ちょっとはこの目のこと好きになれそうだ』
「それは良かった。なら、大学行くまでにその前髪切りな」
『気が向いたらな』
その後彼女と少し話をして帰路についた。
僕は未来に少し希望をもてた気がする。ずっとこの目を持って生きなければならないと考えると少し気が重かった。
でも、彼女のおかげで僕は前に進むことができる。
あの日の出の空の色のような目を持てて良かったと思えた。
今日見た日の出と彼女に感謝しながら生きていこうと思う。
『空に溶ける』
ある日突然、彼氏が病気になった。何ヶ月か前から急に体調を崩してしまい、そのままよくならなかったため一応病院で検査を受けた。
そしたら、がんが見つかった。
そのがんは手術によっても取り除ける可能性のあるものだったらしいけど、がんが見つかった時はもうかなり進行していて手遅れだった。医師からは手の施しようがないとまで言われてただ病気が進行するのを待つ日々だった。
がんが見つかってから、彼は日に日にやつれていった。私はそんな彼を心配していた。でも、どれだけ大丈夫?と聞いても彼は笑顔でただ大丈夫とだけ答えた。
彼が笑顔でいたのは、私を心配させないためだろう。彼の方が病気で辛いはずなのにそんな素振りは一切見せなかった。
そんな時、彼の体調がまた悪くなった。医師が言うには病気が前よりかなり進行してきているらしい。長くても1ヶ月持つかどうかと言われた。
私は彼との別れが寂しくなった。とうとう余命宣告をされたのだから。だから、そんな彼に涙ながらに言ってしまった。
「私、あなたがいないと無理·····。生きていくのが怖い·····生きていけるのすら分からない·····」
弱音を吐くまいとしていたのに。耐えられなかった。私には彼のいない世界が想像出来なかった。
数年という短い間でも彼と一緒に過ごしてきた時間はどんなものより変え難いから。
そんな私を見て彼は少し困ったように笑うといきなりこんな話をしだした。
『ねぇ、僕たちが初めて会った日覚えてる?』
彼の話す話がいきなり過ぎて思わず涙が引っ込んだ。
「もちろん、今日みたいな雲ひとつなく晴れてた日だったよね」
『そう、そしたら僕、初めて会った日、君にすごいこと言われたんだよ』
そう、確かあの日彼に言った言葉は“ あなたの髪の色って今日の青空をそのまま溶かしたような色だから何処にいても見つけられそうですね”って言った。
そんなことを覚えててくれてたのか。私が感心していると彼が話を続ける。
『だからさ、君が僕に会いたいって思った時は、空を見上げてみて』
「空を?どうして?」
『僕はずっと空から君を見てるから、たとえ見えなくてもきっと目は合っていると思うよ。それに
·····』
“ 何処にいても見つけられるんでしょ?”
彼のその言葉を聞いて自然と涙が溢れた。彼はきっと自分が空に溶けて私のことをずっと見守っているからって言う意味で話をしたのだと思った。
だから、自分に会いたくなった時、空を見て思い出せってこと?
会えないなら意味ないのに…。でも、会いたくても会えないのは彼も一緒なのだ。
彼はこんな時でも私を元気づけてくれるのだ。
やっぱり、彼のことが好きだなぁ〜と改めて思う。
だから、そんな彼に今度は私が言葉をかけてあげる番。
「じゃあ、あなたは私に会いたいと思ったら上じゃなくて下を見て、地上だけどきっと目が合うと思う」
『じゃあ、永遠の約束だね。お互いに会いたくなったら、僕は君がいる下を見る』
「私はあなたがいる上を見る」
そう言って二人で最後の指切りげんまんをした。
“ 永遠”というのが少し悲しくなったけど、彼はいずれ空に溶けて居なくなる。
そうしたら、もう会うことも出来なくなるけれど大丈夫。
私にはこの永遠の約束がある。たとえ、あなたが空に溶けて見えなくなっても必ず見つけ出すから。
『どうしても…』
私は小学生の頃、道端に生えていた一輪のスミレの花を、踏みつぶそうとしていた男子から守ったことがある。その時は、花屋を営んでいた両親からよく“ 植物を大切にしなさい、植物あっての自然だから”と言われていたのでなんとか必死に守った。
男子からは、たかが花ごときでとかなんとか言われてしまったけど私は後悔なんてしていない。自然を守ったと考えれば、平気だった。
ある日、そのスミレの花だという少年が私を訪ねてきた。花が人間になるなんて普通なら信じないだろうけど、私はその子の顔立ちがあのスミレの花のように綺麗だったからなんとなくすぐ信じることができた。
その子は私に会うなり、こう言った。
「僕が人間でいられるのは今日の日が沈む時間までです。夜になったらまた花に戻ってしまいます。だから今日一日だけ僕に時間をくれませんか?」
その子は穏やかな口調だけど真剣な顔で言ったので私はすぐに頷いた。
その後、その子は私を森へと連れて行った。なぜ森なのかと聞くと、自分が花となった時に静かに咲いていたいからだそうだ。
「地上では、静かにしていても色々と危険ですから、また、あなたのような人に出会えるとも分かりませんし·····」
そう言いながら苦笑いをする彼を見て私はこう言った。
『花を大切にしてくれる人がもっと増えたらいいのに·····そしたら、あなただってわざわざこんな森に来なくても良かった·····』
私は自分で言いながら切なくなった。すると彼がいきなり私を抱きしめた。抱きしめられた瞬間、ふわっとスミレの花の匂いが微かに鼻を擽る。
「僕は今日、どうしてもあなたに会いたかった。だから、会いに来たんです。あなたが優しい心の持ち主だからお礼を言いたかった。なのに·····そんな顔をしないでください」
彼は泣きそうな、今にも消えそうな声で言った。
あぁ、もう夕方だ。もうすぐで日が沈む。彼と一緒にいられる時間がもう残りわずかだと思い、私はある事を伝えることにした。
『私も、どうしても·····今、あなたに伝えなければならないことがあるの·····』
彼は私の体をそっと離しながら、驚いているようだった。
『私があの日、あなたを助けたのはたしかに花を大切にしたいという気持ちがあったからだけど、それ以上にスミレの花が大好きだからなの·····』
「·····どうしてこんな花を·····しかも、あの時道端に一輪しか咲いていなかったのに·····好きだと言ってくれるのですか?」
彼は自分を過小評価し過ぎていると思うけれど。
スミレの花はあんなに綺麗なのに。
『私、スミレの花も好きだけど花言葉も好きなの·····』
「スミレの花言葉?」
『ふふ、もしかしてスミレの花なのに知らない?あなた、面白いね。スミレの花言葉はね、』
“ 「小さな幸せ」、「謙虚」、「誠実」”っていう花言葉を持っている花。
「それだけですよね。別に他の花にも似たような言葉をもつ花はあると思いますけど·····」
『分かってないなぁ〜。あなたは一輪で咲いていたでしょ?なのに一本の花にこんなに素晴らしい花言葉があるの普通に私は凄いと思う。私はそんなスミレの花に毎日勇気をもらってたから』
私はそう言うと彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「あなたは、どこまでもすごい人ですね。僕には無い心をもっている·····そんな人に僕は救われて良かった」
彼はそう言うと、もう一度私を抱きしめた。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで僕はまだ咲き続けることができる」
『そんなに感謝されると思ってなかったから嬉しい。森に入っても元気でね』
「あなたも体調に気をつけて。これからもずっと変わらずにその花に対する優しい心をもって生きてください」
私は最後に彼を優しく抱きしめ返した。
その頃にはちょうど夜になっていてその子は消えていた。
私は彼と会った時に、スミレの花に対する気持ちをどうしても伝えたいと思っていた。花に言葉で感謝できる日は今日しかないと思ったから。
これからも花を大切に生きていきたいと思う。
『まって』
“ ごめんね、次は私よりも良い人のもとで暮らしてね”
そう言われて僕は、河川敷の橋の下に段ボールに入れられて捨てられた。僕は犬だから飼い主の匂いを辿れば、見つけることができる。
でも、僕はそれをしなかった。僕が“ まって”って心の中で叫んでも、吠えてアピールしてもあの人が足を止めることはなかったから。
僕が戻ったら迷惑になると犬ながら悟った。あれからどれくらいたっただろう。空腹で目を開けられなくなってきた。その時ふと頭の上から声が聞こえた。
「·····い、·····おい、大丈夫か?」
僕は必死に目を開けた。そこにいたのは僕の飼い主よりも少し幼い?くらいの青年だった。
「おまえ·····、もしかして捨てられたのか?」
僕はなんとか力を振り絞って段ボールから出てその人に向かって悲しい声で鳴いた。伝わるか分からなかったけれどやらないよりマシだと思った。
「·····うちに来るか?」
そう言われて僕は嬉しそうなアピールをした。それでも空腹で飛び跳ねたりはできないから尻尾を振るぐらいしかできなかったけれど。
「じゃあ、おまえは今日から俺の家族だな」
そう言ってその人は眩しいくらいの笑顔で笑った。それからは、病院に連れて行ってもらって検査を受けたり、体を綺麗にしてくれたり、ご飯ももらった。
僕はその日新しい飼い主の隣で一日を過ごした。
次の日。
飼い主が出掛けると言うので僕がついて行こうとすると留守番だと言われた。それでも、僕は置いていかれるのが怖くて、もうあんな思いはしたくなくて必死にアピールした。
そうしたら、飼い主が僕が寂しがっていることが伝わったのか急に抱きしめてきた。
すると、飼い主は優しくこう言った。
「前にも言ったが、おまえは、俺の家族だ。俺は絶対家族を置いて行ったりなんかしない。おまえの寿命が尽きる時までずっとそばに居る。だから大丈夫だ」
僕はびっくりした。今までの僕の行動でそんなことまで分かるのか。飼い主はその後も、前の飼い主に捨てられて辛い思いをしたなとか不安だよなとか色んなことを言いながら僕の頭を撫でてくれた。この人には伝わっていたんだ。僕の気持ちが。前の飼い主は僕のことをあまり見ようとしてくれなかった。思いを理解してくれようともしなかった。でも、この人なら僕のどんな言葉にも耳を傾けてくれる。僕のどんな思いでも聞いてくれるのだ。
僕は僕の頭を撫でているその手から温かい体温が伝わってきて感じた。
この人なら僕がどんなに歩くのが遅くても、“ まって”と呼び止めても、どんな時でも振り返って僕のことをまっていてくれると思った。
僕はこれから訪れるであろう未来をこの人と一日でも長くまってみたいと思った。
『まだ知らない世界』
私は生まれた時から病弱でよく入退院を繰り返していた。最近は、体調を崩す頻度が多くなっていたため、検査のためということもあり、しばらく長期入院になってしまった。
私には母がいない。私を産んで直ぐに亡くなってしまったらしい。なので、父が時々様子を見に来てくれるけど、私の父は写真家で世界全国の美しいものや珍しいものを写真に納めては世界に発信している。
そのせいで父もあまり来れないのだ。父は何度か私を心配して“ 写真家を辞める”と言っていたけれど私は“ お父さんの写真を待っている人が世界中に大勢いるんだから”と止めたことがある。
そんな父に代わって毎日と言っていいほど私の病室に訪れてくれるのは幼なじみの男の子だ。
幼い頃から家族ぐるみで仲が良く私の体のことに理解があって手助けしてくれている。
私と彼は毎日病室で、お父さんが時々送ってきてくれる世界各地の写真を眺めるのが日課になっていた。
私はある時からお父さんの写真を見て思っていたことをポツリと呟いた。
『こうして写真を見てみると私たちにはまだ知らない世界が地球の向こう側には存在しているんだね、私には一生かかってもこの景色を見ることは出来ないや……』
つい、羨ましげに言ってしまった。でも、時々思うのだ。皆みたいに体が健康な人は日々どこかで毎日綺麗な景色や建物や動物を見ることが出来ているのだ。
私みたいに幼い頃から外で碌に遊ぶことが出来ず、人生の大半をこの病室で過ごしている人にとっては外の景色さえ見ることができないのだから。
彼は私の呟いた言葉を聞き、少し考えてから言った。
「たしかに、世界には僕たちのまだ知らないものがたくさんある。でも、外に出なくてもここでしか見られない“ 世界”があるんじゃない?」
私は彼の言葉が一瞬理解できなくて頭にはてなしか浮かばなかった。
彼はそんな私に庭を見てみろと目配せをした。
私はベットから少しだけ起き上がって窓の方へ目を向けた。
そこは、庭になっていてたくさんの植物が咲いていた。その中でも、彼の視線の先にあった花に目がいった。
この花はたしか「月下美人」という花だ。月下美人は別名ナイトクイーンと呼ばれていて、夜の間にだけ咲くという性質のある花だ。
でも、この花はここら辺では咲くことの無い希少な花だ。どうしてその花がここに咲いているのか。
そう思っていると彼が口を開いた。
「実は、日本でも6月から11月頃までは見られることもあるそうなんだ」
『そうなんだ·····綺麗·····でも、どうして私にこの花を見せたの?』
「この花は日本で咲くと言ってもどこでも見られるわけじゃないんだ。何故この病院で育ったのかは知らないけど僕たちは運がいいと思って」
『運がいい?それってどういうこと?』
「僕たちは、この病院で初めて月下美人を見た。咲いているところは夜の間しか見ることができないけれど花は見れたんだよ。それって今、君の言うまだ知らない世界なんじゃないかな?」
たしかに、彼の言うことは最もだ。私が病弱じゃなければ·····、この病院に入院しなければ·····、この花は見ることが出来なかった。
私は彼に“ そうかもね”と言いながら二人で笑いあった。
だって“まだ私たちの知らない世界 ”を見ることができたのだから。