『まって』
“ ごめんね、次は私よりも良い人のもとで暮らしてね”
そう言われて僕は、河川敷の橋の下に段ボールに入れられて捨てられた。僕は犬だから飼い主の匂いを辿れば、見つけることができる。
でも、僕はそれをしなかった。僕が“ まって”って心の中で叫んでも、吠えてアピールしてもあの人が足を止めることはなかったから。
僕が戻ったら迷惑になると犬ながら悟った。あれからどれくらいたっただろう。空腹で目を開けられなくなってきた。その時ふと頭の上から声が聞こえた。
「·····い、·····おい、大丈夫か?」
僕は必死に目を開けた。そこにいたのは僕の飼い主よりも少し幼い?くらいの青年だった。
「おまえ·····、もしかして捨てられたのか?」
僕はなんとか力を振り絞って段ボールから出てその人に向かって悲しい声で鳴いた。伝わるか分からなかったけれどやらないよりマシだと思った。
「·····うちに来るか?」
そう言われて僕は嬉しそうなアピールをした。それでも空腹で飛び跳ねたりはできないから尻尾を振るぐらいしかできなかったけれど。
「じゃあ、おまえは今日から俺の家族だな」
そう言ってその人は眩しいくらいの笑顔で笑った。それからは、病院に連れて行ってもらって検査を受けたり、体を綺麗にしてくれたり、ご飯ももらった。
僕はその日新しい飼い主の隣で一日を過ごした。
次の日。
飼い主が出掛けると言うので僕がついて行こうとすると留守番だと言われた。それでも、僕は置いていかれるのが怖くて、もうあんな思いはしたくなくて必死にアピールした。
そうしたら、飼い主が僕が寂しがっていることが伝わったのか急に抱きしめてきた。
すると、飼い主は優しくこう言った。
「前にも言ったが、おまえは、俺の家族だ。俺は絶対家族を置いて行ったりなんかしない。おまえの寿命が尽きる時までずっとそばに居る。だから大丈夫だ」
僕はびっくりした。今までの僕の行動でそんなことまで分かるのか。飼い主はその後も、前の飼い主に捨てられて辛い思いをしたなとか不安だよなとか色んなことを言いながら僕の頭を撫でてくれた。この人には伝わっていたんだ。僕の気持ちが。前の飼い主は僕のことをあまり見ようとしてくれなかった。思いを理解してくれようともしなかった。でも、この人なら僕のどんな言葉にも耳を傾けてくれる。僕のどんな思いでも聞いてくれるのだ。
僕は僕の頭を撫でているその手から温かい体温が伝わってきて感じた。
この人なら僕がどんなに歩くのが遅くても、“ まって”と呼び止めても、どんな時でも振り返って僕のことをまっていてくれると思った。
僕はこれから訪れるであろう未来をこの人と一日でも長くまってみたいと思った。
5/18/2025, 12:07:02 PM