ざざなみ

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8/7/2025, 12:08:13 PM

『心の羅針盤』

私はいつもある物事を決める時に、最初は即決で決めることができるのに、周りの意見を聞いてしまうと簡単に自分の考えを変えてしまい、最終的にどちらがいいのか迷ってしまう、優柔不断な性格だった。
そのせいで、決め事をやる時に友達をイラつかせてしまうのだ。
“ 早く決めてよ”とか“ いつも決めるの遅いよね”とか“ 見てて腹立つ”とか結構クラスメイトから私への悪口がとんでくる。
そのせいで、あまり自分のこの性格が好きになれず、友達もいないと言ったところで。
相談相手がいない私は時折、近所で懇意にしている年上のお兄さんに相談していた。
お兄さんは今まで私が相談したことに一つも否定はせず、どうしたらもっと自分を肯定してあげられるのか、どうしたらもっと生活しやすい環境をつくれるのかを一緒に考えて教えてくれていた。
今日は、最近悩んでいる優柔不断なこの性格について相談していた。
「もう、どうしたらいいのか分からなくてクラスメイトには責められる日々なんです····」
「····そうか、今までよく頑張ったね」
お兄さんは優しく肯定してくれた。
「でも、俺は君の優柔不断な性格好きなんだけどな、クラスの子はその良さを分かっていないんだね」
お兄さんが意味不明なことを言い出した。
普通は面倒くさがられるのに、優柔不断な性格が好きってどういうことなんだろう?
「この性格に良さなんてあるの?皆からは嫌がられてるんだよ?」
「····だってさ、優柔不断ってことは、それだけ、どの物事に対しても真剣に悩んでいるから最終的な選択を決めることができないんだろう?」
「····どの物事に対しても真剣に····」
そんなこと考えたこともなかったのでお兄さんの発想には驚いた。
「だからさ、俺はその性格好きだよ、どの物事に対してもそれだけ悩むことができるなんてそうそうそんな人はいないからね」
「··········っ、ありがとう、今までそんなこと言われなかったから嬉しいです」
泣いている私にお兄さんは優しく頭を撫でてくれた。
「もうそんなに、自分を責めなくてもいいんだよ、なんか話したいことが出来たらいつでもおいで」
その言葉が嬉しくて私は涙を拭った。
「ありがとうございます、おかげで勇気が出ました、今日はとりあえず帰ります」
やらなければいけないことができたから。
「また来てね」
お兄さんは笑顔で手を振りながら、私を見送ってくれた。
私もそれに全力で答えるように笑顔で手を振り返した。
お兄さんは私の心の羅針盤だ。
いつも私を正しい方向へと導いてくれる、そんな優しい羅針盤なのだ。

8/5/2025, 1:58:42 PM

『泡になりたい』

皆、小さい頃に一度は読んだことがあるだろう“ 人魚姫”の話。
最終的に人魚姫は海の泡となって消えてしまうという結末だけど、実はその物語には続きがある。
海の泡となって消えたのではなく、空気の精霊となり、人々に幸運を運ぶ存在になったらしい。
私もいつかそうなりたいと夢見るようになり、もう十年間もこの海に通い続けている。
高校生にもなって、もしかしたら人魚姫が迎えに来てくれるかも、なんて考えていることは変だと思う。
周囲にもよくからかわれるし、そのせいで友達もできない。
どうせ皆から必要とされていないなら、せめて海の泡となってみたい。
本当は精霊になりたいけれど、欲を出しすぎるのも良くない。
この世界がもうどうでもよくなったし、海の一部になりたい。
どのみち、私はもう長くないし。
「誰かこのまま連れて行ってくれないかなぁ」
そう呟いた時、水が跳ねる音がした。
海の方を向くと、女性…ではなく、男性が海に浮かんでいる。
足だと思われる部分は尾ひれになっていて、整った顔立ちをしていた。
「君、どこかに行きたいの?」
いきなり男性が聞いてきた。
私は混乱しながら答える。
「へっ?まぁ…」
あまりに突然で曖昧に答えることしか出来なかった
「へぇ〜、なんで?」
「な、なんでと言われてもこの世界がどうでもよくなったので」
その男性は不思議な顔をした。
「どうして?」
「····私、もうすぐ死ぬんです、寿命がもうほとんど残っていなくて、長くても1ヶ月と言われてしまって、まだかろうじて歩くことは出来るんです」
「ん?ああ、本当だ、あまり寿命がないね」
なんで分かるのか疑問に思ったけれど、あまり気にしないことにした。
「あの、あなた人魚ですよね?」
「うん、そうだよ、男だけどね」
「人魚って楽しいですか?」
私は何を聞いているのだろう。
こんなことを聞いてもどうにもならないのに。
ほんの少しの好奇心だった。
「そうだねぇ、少なくとも人間よりはマシかな」
「そうですか……」
「何?君、人魚に興味あるの?」
「はい……昔からの憧れなんです、生まれ変われるなら人魚になりたいくらい……」
「あはは、なんか面白いねぇ君……ねぇ、この世界にもう未練はないの?」
「そんなのもうとっくに……願うなら、ここじゃないどこかへ行きたいです」
「よし決めた、僕のところへおいでよ」
「えっ?」
「僕についてくるのなら面倒を見てあげる、一生涯でもいいよ」
「····どうしてそこまで」
「んー、君に興味が湧いたからかな?手放すのが惜しいと思って、どうする?ただ、承諾すると君は人魚になること決定だけど?」
何故かこの人についていけば、退屈しない日々を送れそうな気がした。
「お願いしてもいいですか?」
「りょーかい、これからよろしく」
「····末永くお世話になります」
私は彼の手を取った。
その瞬間、意識が遠のきながら水中に引き込まれた感覚がした。

8/3/2025, 11:56:51 AM

『ぬるい炭酸と無口な君』

隣の席の瀬戸口くんは、無口でクールだ。
でも、それは周りから見た反応である。
私からすると、瀬戸口くんはとても優しいと思う。
前に授業中に消しゴムを落としてしまった時、親切に拾ってくれた。
別に拾わないでいることも出来たのに、それをしなかった。
だから、優しいと思った。
私は消しゴムを拾ってくれた時、お礼を言った。
「ありがとう」と。
相変わらず、何も喋ってくれなかったけど、視線を逸らしながら耳を赤く染めていたので、ただの照れ隠しなのだと分かった。
それから彼は、何かと私のことを助けてくれた。
先生に頼まれた生徒の提出物を職員室に運ぼうとした時、無言で半分持ってくれたし、クラスの掃除当番の人がサボっていたから、代わりに掃除していたら一緒に手伝ってくれた。
提出物は本当に重かったから助かった。
私は毎回、助けてくれた時にお礼を言ったけど、やっぱり返事は返ってこなかった。
これだけ手伝ってもらってなんか悪い気がしたからお礼をさせてくれと頼んだら、別に何もいらないと言われた。
なんか言ってくれなきゃ困ると言ったら、向こうから折れて、「じゃあ、炭酸水····」と短かったけれど、喋ってくれたのだ。
私は学校の自販機で炭酸水を買ったけれど、教室までの道のりに人がすごくて教室に戻ってくるのが遅くなってしまい、炭酸水がぬるくなってしまっていた。
ただでさえ、私達の学校は教室がある棟から自販機までの道のりが長くて大変なため、あまり自販機を利用する生徒がいないのだ。
私は「ごめんね」と謝ったけれど、瀬戸口くんは「冷たいよりぬるい方がいい」と言ってくれたので少しホッとした。
彼は意外にも炭酸を美味しそうに飲んでいたので、私が「また買ってくるね」と言うと、彼はぶっきらぼうに「····買ってこなくていい」と言いながら顔を逸らされてしまった。
でも、私は彼のその反応が照れ隠しであることを知っている。
そして、たびたび彼の机にぬるい炭酸水を置いておくと、そのお礼なのかなんなのか私の好物であるいちごオレを置いて行ってくれるようになったのだ。
いちごオレを気づかれないように置いて行くので、少し可愛いと思ってしまうのだ。
でも、私はある時見てしまったのだ。
いちごオレを置いて行く彼の表情が少しだけ緩んでいることに。
これからは、当分この不思議なやり取りが続くのだろうと思った。

8/1/2025, 1:43:16 PM

『8月、君に会いたい』

僕が亡くなってもう数年が経つ。
彼女は今でも、お盆の時期になっては、僕の墓に花を供えて泣きながら帰って行く。
本当は僕も死にたくなんてなかった。
でも、人間は病気には勝てないことがある。
ましてや、その病気に治療法がなかったらどうすることも出来ない。
たった一人、彼女を残して逝ってしまう心配をしていた。
でも、彼女は僕に心配をかけないようにといつも笑っていた。
本当は誰よりも泣き虫で、誰よりも寂しがり屋なのに。
少し、嬉しかったなんて言ったら失礼だろうか。
それでも、時々思うのだ。
毎年のように泣きながら帰って行く彼女を見ては、今の僕ではその涙を拭ってあげることも、寂しそうな身体を抱き締めてあげることもできない。
ただ、元気そうな彼女を見ると、少しほっとする。
天国にいると、身体を壊していないか、ご飯はちゃんと食べているか、などといらないことを考えてしまう。
もう、向こう側の人間にはなれないのに。
あぁ、彼女が去っていってしまう。
来年も8月に君に会いたい。
どうか、少しでも長く彼女が元気で過ごせますように。
そう願うしかないのだった。

7/18/2025, 6:22:39 AM

『揺れる木陰』

私はよくここの木陰で本を読むのが好きだった。
生まれつき体が弱かった私が唯一できることだっから。
ここの木陰は涼しくて居心地が良かった。
しかも、よく来客が来るのだ。
その子は木陰が風に揺れるといつの間にか現れる不思議な子だった。
私はなんとなくその子は森に住む神様なのだと思っていた。
亡くなった祖母からよく森の神様について話を聞いていたからそう思った。
その子が来るようになってから私はよくたくさんの話をした。
その子は神様だからか、物知りで面白い話をたくさん聞かせてくれた。
私が笑って嬉しそうに聞いていると、その子も嬉しそうに笑顔になるのでなんだか私までつられて笑顔になったのを覚えている。
それから、数年経ったある日、私の体の調子が悪くなった。
もともと生まれつき弱かったのもあるが、激しい運動とかをしなければ普通に生活できると言われていた。
でも、今になって心臓機能が低下していると言われた。
「もってあと、一年です····」
そう告げられてしまった。
私は悲しくなっていつもの木陰でぼーっとしていた。
いつもなら楽しく本が読めるのに、今日は何故か読む気が起きなかった。
木陰が揺れた音がして、人の気配がした。
あぁ、あの子が来たんだと思った。
万が一の事態が起きた時、この子にお願いしていた事がある。
「もし、私がもうあまり長く生きられないと言われたら森に連れて行って欲しい····そして、神隠しのように皆の記憶から私を消して欲しいの」
それがこの子にしたお願いだった。
その子は少し考えてから静かに頷いてくれた。
自分の最後くらいこの子と一緒にいたかった。
家族には申し訳ないけれど、私はこの子に……神様に友人以上の気持ちがあったのかもしれない。
私がもうあまり長くないと伝えられた時、死ぬのが怖いと言うよりも真っ先に神様と離れたくないと思った。
だから、どうか私が最後の時まで笑っていられるように。
少しでも長くこの心優しい神様と一緒にいさせてください。

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