『8月、君に会いたい』
僕が亡くなってもう数年が経つ。
彼女は今でも、お盆の時期になっては、僕の墓に花を供えて泣きながら帰って行く。
本当は僕も死にたくなんてなかった。
でも、人間は病気には勝てないことがある。
ましてや、その病気に治療法がなかったらどうすることも出来ない。
たった一人、彼女を残して逝ってしまう心配をしていた。
でも、彼女は僕に心配をかけないようにといつも笑っていた。
本当は誰よりも泣き虫で、誰よりも寂しがり屋なのに。
少し、嬉しかったなんて言ったら失礼だろうか。
それでも、時々思うのだ。
毎年のように泣きながら帰って行く彼女を見ては、今の僕ではその涙を拭ってあげることも、寂しそうな身体を抱き締めてあげることもできない。
ただ、元気そうな彼女を見ると、少しほっとする。
天国にいると、身体を壊していないか、ご飯はちゃんと食べているか、などといらないことを考えてしまう。
もう、向こう側の人間にはなれないのに。
あぁ、彼女が去っていってしまう。
来年も8月に君に会いたい。
どうか、少しでも長く彼女が元気で過ごせますように。
そう願うしかないのだった。
『揺れる木陰』
私はよくここの木陰で本を読むのが好きだった。
生まれつき体が弱かった私が唯一できることだっから。
ここの木陰は涼しくて居心地が良かった。
しかも、よく来客が来るのだ。
その子は木陰が風に揺れるといつの間にか現れる不思議な子だった。
私はなんとなくその子は森に住む神様なのだと思っていた。
亡くなった祖母からよく森の神様について話を聞いていたからそう思った。
その子が来るようになってから私はよくたくさんの話をした。
その子は神様だからか、物知りで面白い話をたくさん聞かせてくれた。
私が笑って嬉しそうに聞いていると、その子も嬉しそうに笑顔になるのでなんだか私までつられて笑顔になったのを覚えている。
それから、数年経ったある日、私の体の調子が悪くなった。
もともと生まれつき弱かったのもあるが、激しい運動とかをしなければ普通に生活できると言われていた。
でも、今になって心臓機能が低下していると言われた。
「もってあと、一年です····」
そう告げられてしまった。
私は悲しくなっていつもの木陰でぼーっとしていた。
いつもなら楽しく本が読めるのに、今日は何故か読む気が起きなかった。
木陰が揺れた音がして、人の気配がした。
あぁ、あの子が来たんだと思った。
万が一の事態が起きた時、この子にお願いしていた事がある。
「もし、私がもうあまり長く生きられないと言われたら森に連れて行って欲しい····そして、神隠しのように皆の記憶から私を消して欲しいの」
それがこの子にしたお願いだった。
その子は少し考えてから静かに頷いてくれた。
自分の最後くらいこの子と一緒にいたかった。
家族には申し訳ないけれど、私はこの子に……神様に友人以上の気持ちがあったのかもしれない。
私がもうあまり長くないと伝えられた時、死ぬのが怖いと言うよりも真っ先に神様と離れたくないと思った。
だから、どうか私が最後の時まで笑っていられるように。
少しでも長くこの心優しい神様と一緒にいさせてください。
『二人だけの。』
私には仲のいい幼なじみがいた。
その幼なじみとはいつも二人だけの秘密をつくっていた。
つくっていたとは言っても、私がドジをした時に怒られたくなくて彼に「この事は秘密ね。二人だけの」と言っていた。
そう言うと彼はいつも笑って「分かった。誰にも言わないよ」と言ってくれた。
そのおかげで私のドジがバレることはなく、家族とは比較的穏便に暮らせていた。
でも、その幼なじみの彼が高校卒業とともに上京して疎遠になって今では会うこともなくなった。
少し寂しい気もするけれど。
もう彼とは二人だけの秘密が出来なくなってしまった。
その彼が今、目の前にいるのだ。
私は驚いて固まってしまった。
どうしてと考える前に彼が口を開いた。
「何故か急に君に会いたくなって家族に内緒で会いに来たんだ」
照れくさそうに言う彼に私は嬉しくなった。
だって、彼がその後に「この事は二人だけの秘密だからね」と言ったから。
久しぶりだった。二人だけの秘密をつくれたのは。
彼が“ 本当に”帰ってくるその日まで。
もう少し頑張ろうと思った。
『夏』
ある夏の日。
その日はとても暑くてイラついていてついあんな事を言ってしまったのかもしれない。
「お母さんなんか大嫌い!!」
お母さんに向かって私はそんなことを吐いた。
その数時間後、お母さんは職場で倒れてそのまま。
原因は過労だったらしい。
お父さんがいない母子家庭で育ったから、お母さんへの負担が大きかったのかもしれない。
私と兄はその時はまだ学生で部活にも入っていて忙しく、お母さんを手伝っている暇なんてなかった。
そして、そんなお母さんに私はあんな暴言を吐いた。
今思えば、なんで喧嘩したのか分からないけれど。
兄はその事に何も言わなかった。ただ、「お母さんはちゃんと分かっているから」と言いながら私の頭を優しく撫でただけ。
私は少し後悔している。あの時、お母さんが倒れることを分かっていればあんな事を言ったりしなかったのに。
でも、私は今、目指しているものができた。
それは、医者になること。
お母さんが倒れて分かった。
私がしっかりとした知識を持っていれば、もう少しお母さんのことをしっかり見れていればお母さんは死んだりしなかったかもしれない。
今、猛勉強している。その夢を叶えるために。
だから、あの夏の日のことは不謹慎だと言われるかもしれないけれど後悔はしていない。
兄も応援してくれている。
私は今、お母さんに会えたら伝えたいことがある。
一つ目は私たちの面倒を見てくれてありがとう。
二つ目はあんな事を言ってしまってごめんなさい。
そして、三つ目は私に夢を与えてくれてありがとう。
取り柄のない私が唯一叶えたいと願うことの出来た夢が医者になることだから。
だから、私は今でも後悔することはあるけれど前を向いて生きていこうと思う。
『もしも君が』
もしも君が僕に好意を向けてくれたらどんなに嬉しいだろう。
何があっても必ず守ると誓うし、君が悲しんで涙を流しているのなら、その涙を拭ってあげたい。
でも、それは君の隣にいるやつの特権だ。
僕にその権利は無い。
あの時、覚悟を決めて君に気持ちを伝えていたなら、君の瞳には僕が映っていて隣にはいつも僕がいたかもしれない。
君の好きなところを言えと言われたなら声が枯れるまで言い続けられる自信がある。
愛が重いと言われてもいい。
君に僕がどれだけ愛しているのかを伝えたいから。
その気持ちを形にしなければ、きっと伝わらないと思う。
僕は今でもあの日の後悔を拭うことができない。
後悔をするくらいなら言えば良かったのに。
きっと僕以外のやつはそう言うだろう。
言えるわけが無い。
もしも君が僕のことを好きでなかったら、この関係は壊れるだけだ。
君は優しいから僕を傷つけたと勘違いをして、この関係を終わらせようとするだろう。
幼なじみというこの関係を。
この関係は素晴らしいほど僕には都合が良かった。
だから、この関係に頼ってしまったのかもしれない。
もしも君が僕に好意を向けてくれたなら、今頃どんな関係になっていただろうか。