『泡になりたい』
皆、小さい頃に一度は読んだことがあるだろう“ 人魚姫”の話。
最終的に人魚姫は海の泡となって消えてしまうという結末だけど、実はその物語には続きがある。
海の泡となって消えたのではなく、空気の精霊となり、人々に幸運を運ぶ存在になったらしい。
私もいつかそうなりたいと夢見るようになり、もう十年間もこの海に通い続けている。
高校生にもなって、もしかしたら人魚姫が迎えに来てくれるかも、なんて考えていることは変だと思う。
周囲にもよくからかわれるし、そのせいで友達もできない。
どうせ皆から必要とされていないなら、せめて海の泡となってみたい。
本当は精霊になりたいけれど、欲を出しすぎるのも良くない。
この世界がもうどうでもよくなったし、海の一部になりたい。
どのみち、私はもう長くないし。
「誰かこのまま連れて行ってくれないかなぁ」
そう呟いた時、水が跳ねる音がした。
海の方を向くと、女性…ではなく、男性が海に浮かんでいる。
足だと思われる部分は尾ひれになっていて、整った顔立ちをしていた。
「君、どこかに行きたいの?」
いきなり男性が聞いてきた。
私は混乱しながら答える。
「へっ?まぁ…」
あまりに突然で曖昧に答えることしか出来なかった
「へぇ〜、なんで?」
「な、なんでと言われてもこの世界がどうでもよくなったので」
その男性は不思議な顔をした。
「どうして?」
「····私、もうすぐ死ぬんです、寿命がもうほとんど残っていなくて、長くても1ヶ月と言われてしまって、まだかろうじて歩くことは出来るんです」
「ん?ああ、本当だ、あまり寿命がないね」
なんで分かるのか疑問に思ったけれど、あまり気にしないことにした。
「あの、あなた人魚ですよね?」
「うん、そうだよ、男だけどね」
「人魚って楽しいですか?」
私は何を聞いているのだろう。
こんなことを聞いてもどうにもならないのに。
ほんの少しの好奇心だった。
「そうだねぇ、少なくとも人間よりはマシかな」
「そうですか……」
「何?君、人魚に興味あるの?」
「はい……昔からの憧れなんです、生まれ変われるなら人魚になりたいくらい……」
「あはは、なんか面白いねぇ君……ねぇ、この世界にもう未練はないの?」
「そんなのもうとっくに……願うなら、ここじゃないどこかへ行きたいです」
「よし決めた、僕のところへおいでよ」
「えっ?」
「僕についてくるのなら面倒を見てあげる、一生涯でもいいよ」
「····どうしてそこまで」
「んー、君に興味が湧いたからかな?手放すのが惜しいと思って、どうする?ただ、承諾すると君は人魚になること決定だけど?」
何故かこの人についていけば、退屈しない日々を送れそうな気がした。
「お願いしてもいいですか?」
「りょーかい、これからよろしく」
「····末永くお世話になります」
私は彼の手を取った。
その瞬間、意識が遠のきながら水中に引き込まれた感覚がした。
8/5/2025, 1:58:42 PM