『どうしても…』
私は小学生の頃、道端に生えていた一輪のスミレの花を、踏みつぶそうとしていた男子から守ったことがある。その時は、花屋を営んでいた両親からよく“ 植物を大切にしなさい、植物あっての自然だから”と言われていたのでなんとか必死に守った。
男子からは、たかが花ごときでとかなんとか言われてしまったけど私は後悔なんてしていない。自然を守ったと考えれば、平気だった。
ある日、そのスミレの花だという少年が私を訪ねてきた。花が人間になるなんて普通なら信じないだろうけど、私はその子の顔立ちがあのスミレの花のように綺麗だったからなんとなくすぐ信じることができた。
その子は私に会うなり、こう言った。
「僕が人間でいられるのは今日の日が沈む時間までです。夜になったらまた花に戻ってしまいます。だから今日一日だけ僕に時間をくれませんか?」
その子は穏やかな口調だけど真剣な顔で言ったので私はすぐに頷いた。
その後、その子は私を森へと連れて行った。なぜ森なのかと聞くと、自分が花となった時に静かに咲いていたいからだそうだ。
「地上では、静かにしていても色々と危険ですから、また、あなたのような人に出会えるとも分かりませんし·····」
そう言いながら苦笑いをする彼を見て私はこう言った。
『花を大切にしてくれる人がもっと増えたらいいのに·····そしたら、あなただってわざわざこんな森に来なくても良かった·····』
私は自分で言いながら切なくなった。すると彼がいきなり私を抱きしめた。抱きしめられた瞬間、ふわっとスミレの花の匂いが微かに鼻を擽る。
「僕は今日、どうしてもあなたに会いたかった。だから、会いに来たんです。あなたが優しい心の持ち主だからお礼を言いたかった。なのに·····そんな顔をしないでください」
彼は泣きそうな、今にも消えそうな声で言った。
あぁ、もう夕方だ。もうすぐで日が沈む。彼と一緒にいられる時間がもう残りわずかだと思い、私はある事を伝えることにした。
『私も、どうしても·····今、あなたに伝えなければならないことがあるの·····』
彼は私の体をそっと離しながら、驚いているようだった。
『私があの日、あなたを助けたのはたしかに花を大切にしたいという気持ちがあったからだけど、それ以上にスミレの花が大好きだからなの·····』
「·····どうしてこんな花を·····しかも、あの時道端に一輪しか咲いていなかったのに·····好きだと言ってくれるのですか?」
彼は自分を過小評価し過ぎていると思うけれど。
スミレの花はあんなに綺麗なのに。
『私、スミレの花も好きだけど花言葉も好きなの·····』
「スミレの花言葉?」
『ふふ、もしかしてスミレの花なのに知らない?あなた、面白いね。スミレの花言葉はね、』
“ 「小さな幸せ」、「謙虚」、「誠実」”っていう花言葉を持っている花。
「それだけですよね。別に他の花にも似たような言葉をもつ花はあると思いますけど·····」
『分かってないなぁ〜。あなたは一輪で咲いていたでしょ?なのに一本の花にこんなに素晴らしい花言葉があるの普通に私は凄いと思う。私はそんなスミレの花に毎日勇気をもらってたから』
私はそう言うと彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「あなたは、どこまでもすごい人ですね。僕には無い心をもっている·····そんな人に僕は救われて良かった」
彼はそう言うと、もう一度私を抱きしめた。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで僕はまだ咲き続けることができる」
『そんなに感謝されると思ってなかったから嬉しい。森に入っても元気でね』
「あなたも体調に気をつけて。これからもずっと変わらずにその花に対する優しい心をもって生きてください」
私は最後に彼を優しく抱きしめ返した。
その頃にはちょうど夜になっていてその子は消えていた。
私は彼と会った時に、スミレの花に対する気持ちをどうしても伝えたいと思っていた。花に言葉で感謝できる日は今日しかないと思ったから。
これからも花を大切に生きていきたいと思う。
5/19/2025, 12:14:36 PM