ざざなみ

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『まだ知らない世界』

私は生まれた時から病弱でよく入退院を繰り返していた。最近は、体調を崩す頻度が多くなっていたため、検査のためということもあり、しばらく長期入院になってしまった。
私には母がいない。私を産んで直ぐに亡くなってしまったらしい。なので、父が時々様子を見に来てくれるけど、私の父は写真家で世界全国の美しいものや珍しいものを写真に納めては世界に発信している。
そのせいで父もあまり来れないのだ。父は何度か私を心配して“ 写真家を辞める”と言っていたけれど私は“ お父さんの写真を待っている人が世界中に大勢いるんだから”と止めたことがある。
そんな父に代わって毎日と言っていいほど私の病室に訪れてくれるのは幼なじみの男の子だ。
幼い頃から家族ぐるみで仲が良く私の体のことに理解があって手助けしてくれている。
私と彼は毎日病室で、お父さんが時々送ってきてくれる世界各地の写真を眺めるのが日課になっていた。
私はある時からお父さんの写真を見て思っていたことをポツリと呟いた。
『こうして写真を見てみると私たちにはまだ知らない世界が地球の向こう側には存在しているんだね、私には一生かかってもこの景色を見ることは出来ないや……』
つい、羨ましげに言ってしまった。でも、時々思うのだ。皆みたいに体が健康な人は日々どこかで毎日綺麗な景色や建物や動物を見ることが出来ているのだ。
私みたいに幼い頃から外で碌に遊ぶことが出来ず、人生の大半をこの病室で過ごしている人にとっては外の景色さえ見ることができないのだから。
彼は私の呟いた言葉を聞き、少し考えてから言った。
「たしかに、世界には僕たちのまだ知らないものがたくさんある。でも、外に出なくてもここでしか見られない“ 世界”があるんじゃない?」
私は彼の言葉が一瞬理解できなくて頭にはてなしか浮かばなかった。
彼はそんな私に庭を見てみろと目配せをした。
私はベットから少しだけ起き上がって窓の方へ目を向けた。
そこは、庭になっていてたくさんの植物が咲いていた。その中でも、彼の視線の先にあった花に目がいった。
この花はたしか「月下美人」という花だ。月下美人は別名ナイトクイーンと呼ばれていて、夜の間にだけ咲くという性質のある花だ。
でも、この花はここら辺では咲くことの無い希少な花だ。どうしてその花がここに咲いているのか。
そう思っていると彼が口を開いた。
「実は、日本でも6月から11月頃までは見られることもあるそうなんだ」
『そうなんだ·····綺麗·····でも、どうして私にこの花を見せたの?』
「この花は日本で咲くと言ってもどこでも見られるわけじゃないんだ。何故この病院で育ったのかは知らないけど僕たちは運がいいと思って」
『運がいい?それってどういうこと?』
「僕たちは、この病院で初めて月下美人を見た。咲いているところは夜の間しか見ることができないけれど花は見れたんだよ。それって今、君の言うまだ知らない世界なんじゃないかな?」
たしかに、彼の言うことは最もだ。私が病弱じゃなければ·····、この病院に入院しなければ·····、この花は見ることが出来なかった。
私は彼に“ そうかもね”と言いながら二人で笑いあった。
だって“まだ私たちの知らない世界 ”を見ることができたのだから。



5/17/2025, 12:11:32 PM