ざざなみ

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『そっと包み込んで』

僕は生まれつき声が出なかった。喋ることができないので会話をする時は筆談やスマホで文字を打って会話をしていた。
そんな僕には唯一楽しみなことがあった。それは毎日同じ時間の夕方頃に会う約束をしている近所の女の子との会話の時間だ。その子は数ヶ月くらい前にこっちに越してきてから歳が近かったためすぐに仲良くなった。
彼女は話す時、僕の返答が遅くても急かさずに待っていてくれるので話していてとても気が楽だった。
それから、数週間が経った頃、いつものように約束の時間帯にその場所に向かうと彼女が泣いていた。僕はどうしたのか理由を聞くと泣きながら彼女は「新しいクラスに馴染むことができないの·····」
と言った。
彼女はそのせいで友達が出来なくてずっと一人だと言って静かに泣いていた。
僕にはどうすることもできない。せめて、彼女を励ましてあげられる言葉を掛けられたら良かった。僕にはただ、文字だけの本当にそう思っているのか分からない言葉を伝えることしか出来なかった。僕も声が出れば彼女を苦しみから少しでも解放してあげられるかもしれないのに。
そう思っていた時、ふいに彼女が前に話していたことを思い出した。
“ 言葉で伝えるのが難しい時は動きで伝えるといいよ、例えば、泣いている子がいたら背中をさすってあげるとか”
前に初めて会った時に彼女から教えてもらった言葉だ。
僕が言葉で伝えることが難しい時があると相談したらそう教えてもらった。そうだ、動きで伝えればいいんだ。
そう思って僕は泣いている彼女の体をそっと自分の方に引き寄せた。
そして背中を優しくさすった。彼女は一瞬びっくりしていたがその後は静かに僕の中で泣いていた。
少しして泣き止んだ彼女は“ ありがとう”と言って優しく笑った。
僕は優しく笑う彼女の笑顔が好きだ。彼女が泣いていたらそっと包み込んであげたいし、彼女が笑ってくれるまでずっとそばにいたい。
僕が彼女の笑顔を守りたい。
そのために僕は彼女の傍で何があっても静かに寄り添っていたい。

5/23/2025, 12:01:53 PM