ざざなみ

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5/19/2025, 12:14:36 PM

『どうしても…』

私は小学生の頃、道端に生えていた一輪のスミレの花を、踏みつぶそうとしていた男子から守ったことがある。その時は、花屋を営んでいた両親からよく“ 植物を大切にしなさい、植物あっての自然だから”と言われていたのでなんとか必死に守った。
男子からは、たかが花ごときでとかなんとか言われてしまったけど私は後悔なんてしていない。自然を守ったと考えれば、平気だった。
ある日、そのスミレの花だという少年が私を訪ねてきた。花が人間になるなんて普通なら信じないだろうけど、私はその子の顔立ちがあのスミレの花のように綺麗だったからなんとなくすぐ信じることができた。
その子は私に会うなり、こう言った。
「僕が人間でいられるのは今日の日が沈む時間までです。夜になったらまた花に戻ってしまいます。だから今日一日だけ僕に時間をくれませんか?」
その子は穏やかな口調だけど真剣な顔で言ったので私はすぐに頷いた。
その後、その子は私を森へと連れて行った。なぜ森なのかと聞くと、自分が花となった時に静かに咲いていたいからだそうだ。
「地上では、静かにしていても色々と危険ですから、また、あなたのような人に出会えるとも分かりませんし·····」
そう言いながら苦笑いをする彼を見て私はこう言った。
『花を大切にしてくれる人がもっと増えたらいいのに·····そしたら、あなただってわざわざこんな森に来なくても良かった·····』
私は自分で言いながら切なくなった。すると彼がいきなり私を抱きしめた。抱きしめられた瞬間、ふわっとスミレの花の匂いが微かに鼻を擽る。
「僕は今日、どうしてもあなたに会いたかった。だから、会いに来たんです。あなたが優しい心の持ち主だからお礼を言いたかった。なのに·····そんな顔をしないでください」
彼は泣きそうな、今にも消えそうな声で言った。
あぁ、もう夕方だ。もうすぐで日が沈む。彼と一緒にいられる時間がもう残りわずかだと思い、私はある事を伝えることにした。
『私も、どうしても·····今、あなたに伝えなければならないことがあるの·····』
彼は私の体をそっと離しながら、驚いているようだった。
『私があの日、あなたを助けたのはたしかに花を大切にしたいという気持ちがあったからだけど、それ以上にスミレの花が大好きだからなの·····』
「·····どうしてこんな花を·····しかも、あの時道端に一輪しか咲いていなかったのに·····好きだと言ってくれるのですか?」
彼は自分を過小評価し過ぎていると思うけれど。
スミレの花はあんなに綺麗なのに。
『私、スミレの花も好きだけど花言葉も好きなの·····』
「スミレの花言葉?」
『ふふ、もしかしてスミレの花なのに知らない?あなた、面白いね。スミレの花言葉はね、』
“ 「小さな幸せ」、「謙虚」、「誠実」”っていう花言葉を持っている花。
「それだけですよね。別に他の花にも似たような言葉をもつ花はあると思いますけど·····」
『分かってないなぁ〜。あなたは一輪で咲いていたでしょ?なのに一本の花にこんなに素晴らしい花言葉があるの普通に私は凄いと思う。私はそんなスミレの花に毎日勇気をもらってたから』
私はそう言うと彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「あなたは、どこまでもすごい人ですね。僕には無い心をもっている·····そんな人に僕は救われて良かった」
彼はそう言うと、もう一度私を抱きしめた。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで僕はまだ咲き続けることができる」
『そんなに感謝されると思ってなかったから嬉しい。森に入っても元気でね』
「あなたも体調に気をつけて。これからもずっと変わらずにその花に対する優しい心をもって生きてください」
私は最後に彼を優しく抱きしめ返した。
その頃にはちょうど夜になっていてその子は消えていた。
私は彼と会った時に、スミレの花に対する気持ちをどうしても伝えたいと思っていた。花に言葉で感謝できる日は今日しかないと思ったから。
これからも花を大切に生きていきたいと思う。

5/18/2025, 12:07:02 PM

『まって』

“ ごめんね、次は私よりも良い人のもとで暮らしてね”
そう言われて僕は、河川敷の橋の下に段ボールに入れられて捨てられた。僕は犬だから飼い主の匂いを辿れば、見つけることができる。
でも、僕はそれをしなかった。僕が“ まって”って心の中で叫んでも、吠えてアピールしてもあの人が足を止めることはなかったから。
僕が戻ったら迷惑になると犬ながら悟った。あれからどれくらいたっただろう。空腹で目を開けられなくなってきた。その時ふと頭の上から声が聞こえた。
「·····い、·····おい、大丈夫か?」
僕は必死に目を開けた。そこにいたのは僕の飼い主よりも少し幼い?くらいの青年だった。
「おまえ·····、もしかして捨てられたのか?」
僕はなんとか力を振り絞って段ボールから出てその人に向かって悲しい声で鳴いた。伝わるか分からなかったけれどやらないよりマシだと思った。
「·····うちに来るか?」
そう言われて僕は嬉しそうなアピールをした。それでも空腹で飛び跳ねたりはできないから尻尾を振るぐらいしかできなかったけれど。
「じゃあ、おまえは今日から俺の家族だな」
そう言ってその人は眩しいくらいの笑顔で笑った。それからは、病院に連れて行ってもらって検査を受けたり、体を綺麗にしてくれたり、ご飯ももらった。
僕はその日新しい飼い主の隣で一日を過ごした。
次の日。
飼い主が出掛けると言うので僕がついて行こうとすると留守番だと言われた。それでも、僕は置いていかれるのが怖くて、もうあんな思いはしたくなくて必死にアピールした。
そうしたら、飼い主が僕が寂しがっていることが伝わったのか急に抱きしめてきた。
すると、飼い主は優しくこう言った。
「前にも言ったが、おまえは、俺の家族だ。俺は絶対家族を置いて行ったりなんかしない。おまえの寿命が尽きる時までずっとそばに居る。だから大丈夫だ」
僕はびっくりした。今までの僕の行動でそんなことまで分かるのか。飼い主はその後も、前の飼い主に捨てられて辛い思いをしたなとか不安だよなとか色んなことを言いながら僕の頭を撫でてくれた。この人には伝わっていたんだ。僕の気持ちが。前の飼い主は僕のことをあまり見ようとしてくれなかった。思いを理解してくれようともしなかった。でも、この人なら僕のどんな言葉にも耳を傾けてくれる。僕のどんな思いでも聞いてくれるのだ。
僕は僕の頭を撫でているその手から温かい体温が伝わってきて感じた。
この人なら僕がどんなに歩くのが遅くても、“ まって”と呼び止めても、どんな時でも振り返って僕のことをまっていてくれると思った。
僕はこれから訪れるであろう未来をこの人と一日でも長くまってみたいと思った。

5/17/2025, 12:11:32 PM

『まだ知らない世界』

私は生まれた時から病弱でよく入退院を繰り返していた。最近は、体調を崩す頻度が多くなっていたため、検査のためということもあり、しばらく長期入院になってしまった。
私には母がいない。私を産んで直ぐに亡くなってしまったらしい。なので、父が時々様子を見に来てくれるけど、私の父は写真家で世界全国の美しいものや珍しいものを写真に納めては世界に発信している。
そのせいで父もあまり来れないのだ。父は何度か私を心配して“ 写真家を辞める”と言っていたけれど私は“ お父さんの写真を待っている人が世界中に大勢いるんだから”と止めたことがある。
そんな父に代わって毎日と言っていいほど私の病室に訪れてくれるのは幼なじみの男の子だ。
幼い頃から家族ぐるみで仲が良く私の体のことに理解があって手助けしてくれている。
私と彼は毎日病室で、お父さんが時々送ってきてくれる世界各地の写真を眺めるのが日課になっていた。
私はある時からお父さんの写真を見て思っていたことをポツリと呟いた。
『こうして写真を見てみると私たちにはまだ知らない世界が地球の向こう側には存在しているんだね、私には一生かかってもこの景色を見ることは出来ないや……』
つい、羨ましげに言ってしまった。でも、時々思うのだ。皆みたいに体が健康な人は日々どこかで毎日綺麗な景色や建物や動物を見ることが出来ているのだ。
私みたいに幼い頃から外で碌に遊ぶことが出来ず、人生の大半をこの病室で過ごしている人にとっては外の景色さえ見ることができないのだから。
彼は私の呟いた言葉を聞き、少し考えてから言った。
「たしかに、世界には僕たちのまだ知らないものがたくさんある。でも、外に出なくてもここでしか見られない“ 世界”があるんじゃない?」
私は彼の言葉が一瞬理解できなくて頭にはてなしか浮かばなかった。
彼はそんな私に庭を見てみろと目配せをした。
私はベットから少しだけ起き上がって窓の方へ目を向けた。
そこは、庭になっていてたくさんの植物が咲いていた。その中でも、彼の視線の先にあった花に目がいった。
この花はたしか「月下美人」という花だ。月下美人は別名ナイトクイーンと呼ばれていて、夜の間にだけ咲くという性質のある花だ。
でも、この花はここら辺では咲くことの無い希少な花だ。どうしてその花がここに咲いているのか。
そう思っていると彼が口を開いた。
「実は、日本でも6月から11月頃までは見られることもあるそうなんだ」
『そうなんだ·····綺麗·····でも、どうして私にこの花を見せたの?』
「この花は日本で咲くと言ってもどこでも見られるわけじゃないんだ。何故この病院で育ったのかは知らないけど僕たちは運がいいと思って」
『運がいい?それってどういうこと?』
「僕たちは、この病院で初めて月下美人を見た。咲いているところは夜の間しか見ることができないけれど花は見れたんだよ。それって今、君の言うまだ知らない世界なんじゃないかな?」
たしかに、彼の言うことは最もだ。私が病弱じゃなければ·····、この病院に入院しなければ·····、この花は見ることが出来なかった。
私は彼に“ そうかもね”と言いながら二人で笑いあった。
だって“まだ私たちの知らない世界 ”を見ることができたのだから。



5/16/2025, 10:52:53 AM

『手放す勇気』

私は明日、この家から引っ越すことになった。
ここは、私たち家族にとって辛いことを思い出させるからと家族みんなで話し合って決めたことだ。
数ヶ月前、飼っていた猫が死んだ。名前は凪と名付けていた。とても人懐っこくて家族みんなで可愛がっていた。けれど、もう寿命だったんだと思う。
ある日を境に、凪が急に歩かなくなった。両親は最初、ただ寛いでいたいだけだろうと言っていたけれど、たぶんあの頃から少しずつ体を動かすことが困難になっていたんだと思う。
日に日に衰弱していく凪を見て、私は見るのが辛くなって凪を構うことも少なくなって言った。
でも、凪はそんな私の気持ちを分かっていたのか私が構わなくてもずっとそばにいた。
たぶん、私が悲しいと思っていることを分かってそばにいてくれたんだと思う。
私もいつか、歩くのが遅くなっても、動けなくなっても私が手を差し出すと頬を擦り寄せて来る凪が可愛くて残り短い寿命を少しでもいい思い出にしてあげようと思うようになっていた。
その数週間後に凪は静かに息を引き取った。
その後はちゃんと弔って凪に凄く感謝した。
しばらく、凪のいない生活をしていたけれど、両親がこの家にずっと居るのはつらくないかと私に言ってきた。
いくら飼い猫と言えども亡くなってすぐに忘れて前を向いて生きていけるはずがない。
私はまだ、心のどこかで凪の死を悲しんでいたのだと思う。
もう私も前を向かないといけない時が来たのかもしれない。
今日、私はこの地を手放す勇気を胸に新たな地へ行くことになる。
凪の思い出をずっと忘れずに生きていくために。私が前を向いて生きていくためにも。

5/15/2025, 11:05:22 AM

『光り輝け、暗闇で』

私は、小学生の頃に男子の悪ふざけで狭い場所に閉じ込められたことがある。
暗い場所に訳の分からないまま閉じ込められて出られなくなってパニックになっていた時、中学生だった兄が見つけ出して助けてくれた。
兄は私を見た途端、力いっぱい抱きしめて“ 無事で良かった”と言った。
その後、兄は悪ふざけじゃ済まされないと学校側に男子達がやったことを包み隠さず話して、相手が耐えられなくなり泣き出すぐらい私の代わりに怒ってくれた。
でも、私はその日から閉所恐怖症になってしまった。
そんな私を家族は心配してくれた。もう、あの学校に通えないと判断した家族は私のために引っ越すことを提案してくれた。
引っ越すと言っても隣町に越すだけなので仲の良い友達とは何時でも会える。
私は少し考えてから引っ越すことに決めた。
あんなことをしたクラスメイトのいる教室には戻りたくなかったから。
―――数年後。
私は、新しい環境にすぐ馴染み、仲の良い友達とも巡り会えた。閉所恐怖症は今も治らないけど、クラスメイトも皆良い人ばっかりだし、仲の良いクラスなので満足している。
兄は希望の大学に入るため必死に勉強している。
実は私には、兄に言うのが恥ずかしくて言えていないことがある。
あの時、閉じ込められた時に助けに来た兄が一瞬暗闇に差す一筋の光に見えたのだ。
あまりにも光り輝いて見えたからその光を見て安心してしまった。
たしかに兄は明るい性格をしているけれど、あの光は性格からくるものではなく、私にとってヒーローのように見えたのかもしれない。
私は……兄には今のままでいてほしい。
ずっと、ずっと暗闇でも光り輝くことの出来る存在でいてほしい。

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