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3/27/2025, 8:17:45 AM

「では面接を始めさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「では由戸 陸さん、希望する色とかあります?」
「色?あー…今のところは特には」


きっかけは公民館の入口に貼ってあった一枚のポスターだった。
『新規メンバーいつでも募集中!大体2時か3時くらいから活動中!』
ゴシック体のフォントででかでかと書かれた募集文句の下には、戦隊ヒーローのイラストが描かれていた。

連絡先の横には面接の応募フォームに繋がる二次元コードがあり、由戸 陸は何の気なしに応募をしてみた。

特別動機や意欲があったわけではない。本当にただ「何となく」だった。
志望動機を入力する欄には率直に「何となく。公民館のポスターを見て」と入力したというのに、どういう訳か面接日時の書かれたメールが来てしまったのだ。
「何となく」で応募したくせに、彼にはそれを無視する勇気も断りの返事をする勇気もなかった。

故に今ここにいる。

面接場所はポスターの貼ってあった公民館のさらに奥、『関係者以外立入禁止』と書かれたドアの先にあった。

(別次元に繋がってたのかってくらい広いな)

横目で辺りを見ながら由戸 陸は内心で驚いていた。
連れて来られた先は公民館の『関係者以外立入禁止』のドアの先にあり、公民館の外観からは想像もできない広さの部屋に繋がっていた。

お洒落なバーかカフェといった雰囲気のそこにはいくつものテーブルと椅子が設置され、大きな窓の全てにはブラインドが下りており外の様子を窺い知る事はできない。

そしてそのテーブルと椅子を利用している関係者何人もいて、彼らは同様に戦隊ヒーローのコスチュームに身を包んでいた。
身体にぴったりとフィットした全身スーツに頭部を丸ごと覆うヘルメット。どこからどう見てもよく見慣れた戦隊ヒーローのコスチュームそのものだった。

それは対面に座る面接官も同じで、声や体格から推察するに随分若い女性のようだった。スーツとヘルメットは同じ赤い色をしている。

「あの、質問があるんですけど」
「はい、何でしょう」
「周りにいる人達見て思ったんですけど、同じ色の人いません?」

面接官のカラーは赤だったが、あちらこちらに赤いヒーロースーツを身にまとった者がいる。

「同じじゃないですよ」

面接官の答えは早かった。

「カラーコードが全然違うんですよ。一覧見せましょうか?」
「いえ…すみません」
「キャラクター設定みたいなのも色々あって、これは司令官と相談の上で決めるんですけど自由度高いですよ。今も神様とか動物とかヴァンパイアとかいますし」
「へえ…」

言われてみれば、スーツにそれらしいモチーフが入ったデザインも散見された。

大人しく話を聞いてみると、この組織はボランティア活動に似た事をしているらしい。
スーツを着るのは目立つがゆえにルール違反をしづらくする為と、個人のプライバシーを守る為らしい。
なるほど、確かにヒーロースーツ程全身を覆うコスチュームであれば個人を特定するのは難儀だろう。


「そういえばチーム名みたいなのあるんですか?」
「…ナナイロ戦隊レインボーファイブです」

ほんの僅かに言葉に詰まった気配を見せて、面接官は言った。
あらためて由戸 陸は周囲を見回す。
この場だけでも20人以上はいる上に七色以上の色が見えたが、由戸 陸は言及しなかった。

3/26/2025, 8:47:40 AM

司馬園 灯(しばぞの ともる)には前世の記憶がある。
といっても記憶は朧気なもので、ぽつぽつとしたいくつかの情報と強く根付く恐怖の感情が大半を占めており、どういう訳か幸福な記憶はちっともない。

灯が生きた前の世は地球とは全く別の世界だった。地球で言う剣と魔法のファンタジーの世界といった風で、灯はとある長命種族の貴い家の生まれの青年だった。家族の名前も故郷の名前も覚えてはいなかったが。
それだというのに、まるで魂にこびりついているかのような記憶がある。記憶というよりも悪夢に近いそれは物心ついた頃から灯を苦しめていた。

そこは真っ暗な部屋だったかのように思う。どうしてか殆どの時間目隠しをされていた。
手首と足首には常に鉄の枷がはめられていて、枷から伸びた鎖がじゃらじゃらとあちらこちらへぶつかり擦れる音がしていたのを覚えている。
そして最も強烈に染み付いているのが、熱い汗ばんだ手が自分に触れる気持ちの悪さと恐怖と絶望と諦念、そして希死念慮にも似た漠然とした終わりを望む感情だった。

地球の日本に生まれて40年。おかげで灯は未だに自室の照明を消して寝る事が出来ないし、スキンシップや手首や足首にアクセサリーをつけるのが苦手だった。

◇ ◇ ◇

「まあその嫌な前世の記憶のおかげでこうして稼げているわけだが…」

独り言に返してくれる者は居なかった。灯は筆を置いて立ち上がると窓を開け、外の新鮮な空気を吸い込んだ。

灯自身もどうしてこうなったかは分からない。

幼少期から思春期の灯は前世の恐怖の記憶に苛まれ苦しんでいた。
だが己の前世の恐怖と向き合い克服しなければと思い立った。思い立った灯は「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」という言葉を思い出し、体を鍛える事にした。

マッスルボディは手に入ったが、恐怖を克服するには至らなかった。
次に灯は絵を描いた。あの真っ暗な部屋の絵を。形にする事で恐怖の原因を思い出し理解する事ができるのではないかと考えたのだ。

結果としては何も解決していない。暗い部屋は怖いままで、スキンシップは苦手で手足にアクセサリーをつけるのも緊縛プレイも苦手だった。

「何であんな真っ黒に塗っただけの絵が売れてるんだ…」

気づいた時にはあの真っ暗な部屋の絵は世間に高く評価され、同時に高く買われた。灯は自分でも気づかないうちに「画家」になっていた。

「人生何が起こるかわからないもんだな…」

窓を閉めると、作業机の上の箱に手を伸ばす。中に入っているのは全てファンレターだった。
自分の絵に感動しただとか感銘を受けただとか、大抵はそんな内容が書いてある。

「真っ黒に塗っただけのキャンバスに感動も何もあるかい」

己が救われる為に描いているそれでなぜだか顔も知らない赤の他人達が勝手に救われていく。理不尽である、不満である。
だがお陰様で懐は非常に豊かになった。具体的に言うのははばかられるが、特別仲の良いわけではなかったクラスメイトや知らない親戚からたびたび連絡が来る様になった。つまりはそういう事である。

「なんだこの手紙」

ふと目に入ったのは何の変哲もない白い封筒だった。他と違うのは書かれた宛先が日本語ではない言語で書かれている所だった。その言語の既視感に気づいた瞬間、灯の心臓が縮み上がるような恐怖を覚えた。

開封すると中には一枚の便箋があった。
そして「見つけたよ」という一文のみがあった。

「…やばい、思い出したぞ全部」

たったそれだけが呼び水だった。

「俺は自分ちの使用人のストーカー野郎に誘拐されて監禁されてあんなことやそんなことをされたんだ…長命種だったのに!人生の8割それだった!」

困惑と恐怖が入り交じり、手が震えて止まらなかった。灯の手から便箋が落ちる。裏返しになって落ちた便箋にはまだメッセージが綴られていた。

『喜ばしい事に、僕には少年法という強い味方がいます』

ああ、諦めるしかないらしい。
力なく床に蹲る灯の背後の窓では、今まさに日が暮れようとしていた。

3/25/2025, 10:00:28 AM


白い満月が二人の魔女の闘いを見おろしていた。
月光は星々の瞬きをも飲み込む程で、空も地もすっかりと明らかにされている。
そのおかげだろう。彼女たちは夜目の呪文を使う事なく互いを視認出来ていた。

二人の魔女が杖を振るうたびに彼女達のすぐ側では閃光や小規模な爆発が生まれる。ただし必死になっているのは一方だけだった。

栗毛の魔女が次々と放つ魔法を銀髪の魔女はその場から一歩も動くことなくことごとく防いでは合間に攻撃魔法を放っている。
対して栗毛の魔女は必死だった。
目まぐるしく攻撃魔法を繰り出しながら相手からの攻撃を防ぐも、どうしても防ぎきれないものがある。そうすると栗毛の魔女は飛び退いて避ける他なかったし、狙いが定まらないように動き続ける必要があった。あまり効果はないようだったが。

真夜中という時刻もあるが、草木や風までもが息を飲んで彼女達の闘いを見つめているかのように辺りは静まり返っている。

勝敗が決したのは突然だった。

「カンセル・ワンダーマー!杖を弾け!」

銀髪の魔女が呪文と共に鋭く杖を振るう。彼女の目と杖は真っ直ぐに栗毛の魔女の杖に向いていた。
栗毛の魔女の手から弾き飛ばされた杖がくるくると空中で回転して地面へ落ちて行くのを二人は黙って眺めていた。

栗毛の魔女の表情は穏やかで、すっかり諦めていた。杖を拾うこともせず大きく息を吸うと長い長いため息を吐いた。

「やっぱり勝てないか。最初から分かってたのにね。ごめんね何度も何度も突っかかって。でも安心して。学校を卒業したら二度と挑みもしないし顔を見せないって誓うわ」
「…ねえ」
「なに?」
「それ三度目はあるってこと?」
「は?」

意味がわからず発した言葉の刺々しさに栗毛の魔女は内心「不愉快にさせたかもしれない」と焦った。しかしながら銀髪の魔女は気にした様子はなく「それ三度目はあるってこと?」と繰り返し尋ねるのだった。

二人は同じ学校に通う朋輩だった。
栗毛の魔女は努力の魔女でいつだって成績は学年首席だったが、だからと言ってそれを鼻にかけるような輩ではなかった。己の努力も学友の努力も等しく素晴らしいものと考え、たとえその努力が身を結ばなくとも尊んだ。

だがある時、栗毛の魔女の中に銀髪の魔女への反発心が生まれた。何故か、何があったか。
単刀直入即結論、その尊ぶべき努力を下らないと軽んじ一笑に付されたのである。

「私は努力しなくても強いから」などと宣って。
実際彼女が必死に勉強したり魔法の練習をする姿は誰も見たことがなかった。

故に栗毛の魔女は彼女に挑んで挑み続けた。
魔法も座学も誰よりも努力した。
だが見ての通り、栗毛の魔女が重んじて来た努力はついぞ銀髪の魔女を打ち負かすことは出来なかったのである。

「二度目がないって言ってるんだから三度目があるわけないでしょう」
「でも一度あることは二度あるって言うし、二度あることは三度あるって言うじゃない」
「そりゃそうだけど…二度とないって、ホントに」
「本当に?」
「本当に本当」
「そうなると私にはギリギリ友人と呼べるひとがいなくなるんだけど。ふうん、するんだ私を。はんちけに」
「はん…なに?」
「わどごはんちけさすんだべっていってんの!」

はんちけ、オータムライスフィールドの国で仲間はずれを意味する言葉だった。お国言葉を叫んだ銀髪の魔女は視線を地面に落としたまま「ふうん」と呟き続けるだけになってしまった。
突然異国の言葉を聞いた栗毛の魔女は困惑するしかない。

「…カッコつけてあなた達の努力をバカにしたからあなたは怒ってるんでしょ」
「ええ、まあ」
「あんなの全部うそ。私あなたに相手にしてもらいたくてめちゃくちゃアホほど努力したもん」
「あなたが勉強してるところなんて見たことないけど」
「見えない努力だって努力でしょ。みせなかったんだよ恥ずかしいから」

口を尖らせぶすくれる銀髪の魔女の言葉は正論だった。同時に栗毛の魔女は自分が「見える努力」ばかりを大事にしてきたことを理解した。

「もう二度とひとの努力を馬鹿にしたりしないなら仲良くしましょ」
「する!絶対しない!」
「なら握手しましょ」
「うん!うん!やった!もう絶対努力なんてしないよあんな辛いだけのもの!」

握手しかけた手が払われた。

「二度とすんなつったろうが!」

3/24/2025, 9:51:10 AM

魔王の居城の牢屋に囚われの身となり早数日。

存外過ごしやすくはあったが、命を握られているも同然のこの状況で呑気でいられるわけがなかった。

牢屋の床と壁は見たことも無い鉱石を用いて作られていて、さらさらとした手触りをしている。そして不思議な事にほんのり温かさを感じる。

非常に広いのに加えて、どういうわけか律儀にも壁で仕切られて手洗いや風呂までがあった。これで寝具まで用意されているのだから牢屋というよりは最早部屋だった。
牢屋たらしめる要素と言えば、鉄格子と壁の高い位置にある光取りの窓くらいだ。

「…いい天気だな」

何の気なしに出た言葉で返答を期待したものではなかったが、隣の男は会話を望んでいると解釈したらしい。
こちらの肩に頭を預けてまどろんでいた重さがなくなるのを感じた。

「…曇っているね」

返って来た言葉は全くの的外れだった。
光取りの窓には少しの薄雲もなく、澄んだ濃い青空が切り取られている。
こちらの怪訝に気づいたらしい。隣の男は眉目秀麗な顔をほころばせると、ふいに手を絡ませて来た。

「曇っているよ、愛らしい君の表情が。でも安心して。私は晴れ男なんだ」
「…そうかい」

囚われているのは勇者と神子、二人の男だった。

ひとりは天啓を受け勇者となった男で、この世の者とは思えない程の美しい顔をしており、勇者という名に恥じない昼居なき力を持っていた。

もうひとりの男は鍛えられた逞しい肉体をしているにも関わらずその職分は神子だった。神の加護と呼ばれる力を持って生まれた彼には癒しや守りの力があった。

どういう訳か勇者は神子に深く好意を寄せており、隙あらば隙なくとも甘い言葉を紡いで来るのだった。
神子は絡められた手を振り払う事もせず、ただされるがままにその好意を浴びている。

「十五も年の離れた男を口説いて楽しいのか?」
「楽しいとも。それに私は二十歳、成人しているんだ。誰を愛するかどうかは私が決めるさ」

◇ ◇ ◇

空が黒く染まっている。闇が、瘴気がひしめいている。地に倒れ伏した神子の背中を魔王が踏みつけていた。
絶体絶命の状況だった。勇者はおらず、神子の力も尽きようとしていた。

「貴様もすぐに勇者の元に送ってやろう」

背中を踏みつける力が強まったがもはや痛みや苦しみに呻く余力もなかった。
どうやら諦める他ないらしいと悟った神子は、せめて良い思い出を最後に思い浮かべながら逝こうと考えた。
どういう訳か、思い浮かぶのは勇者の美しい顔ばかりだった。

唐突に背中の重さが消えた。

何が起きたのか確かめる力もない神子の体を何者かが抱き起こしす。たった今思い浮かべていた顔が目の前にあった。

「言っただろう、私は晴れ男だって」

牢屋の窓から見たのと同じ青空が勇者と神子の上に広がっていた。







3/23/2025, 9:47:10 AM

二人の少年が一枚の紙を覗き込んでいた。

「オレここだけよめるかも!ベイ!」
「バイだよ。グッドバイ」

風のうんと強い、晴れた日だった。
何処かから強風にのって白い紙が飛んできた。紙はまるで側転でもしているようにして地面を上を走って来た。

赤毛の少年、樋口太一がそれを難なく掴みとってみるとそれはどうやら英語の問題用紙だった。
どこぞの学生の物だろう。飛ばされているうちにそうなったのか氏名の記入欄は汚れていて持ち主の名前を知る事は出来なかった。

「すごいなよしたか。えいごよめるんだ」
「今日日おれたちみたいな未就学児でも英語をみたりきいたりする機会なんていくらでもあるから。そりゃ少しはおぼえるよ」
「みしゅうがくじってなに?」
「おれたちみたいな、まだ学校にかよってないこどものこと」
「へー!」

太一少年は説明されても内心よく分かっていなかったが、親友の白城孝高の頭脳が自分よりも優秀である事は分かっていた。

孝高少年は強風と、それに煽られる己の長い前髪のせいで目を細めている。
彼の視線は問題用紙に並ぶ問題のあるひとつに留まっていた。

持ち主の学生はその問題を解く事が出来なかったのだろう。たった一問、鉛筆で書いて消した後もない箇所がある。
その問題は英文を訳せという内容だった。孝高はその英文を訳す程の知識はまだ持っていなかったが、その英文が何と訳されるかという事は知っていた。

「さよならだけが人生だ」

思いがけずに口をついて出たその言葉こそが、その問題の答えだった。

「なにそれ」
「ここにかいてる英文の意味」
「へー。じゃあそれはどういういみ?」

尋ねられた孝高は太一の顔を見て、尋ねた太一は孝高の顔を見る。
数拍の間、風がぼうぼうと暴れる風切り音が二人の鼓膜を支配した。孝高は細めた目をしぱしぱと瞬かせている。

「なんか…人生はたくさんの別れの連続なんだよ、みたいな感じ」
「なーる。いやごめんやっぱりよくわかんないや」
「あっ」

ひときわ強い風が太一の手から問題用紙をもぎ取った。あまりに強い風にたたらをふんだ孝高は、咄嗟に太一を掴んだがそれは太一も同様だった。

空高く、遠く遠くに飛んでいく紙を見つめている最中はたと気づいたのは太一だった。

「もしかすると今、さよならだけが人生だかもしれない」
「そうかな…たぶんそう部分的にそう」
「ばいばーい!」

太一が紙に向かい手を振る。
はるか遠くの空で紙がくるりと踊った。

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