白い満月が二人の魔女の闘いを見おろしていた。
月光は星々の瞬きをも飲み込む程で、空も地もすっかりと明らかにされている。
そのおかげだろう。彼女たちは夜目の呪文を使う事なく互いを視認出来ていた。
二人の魔女が杖を振るうたびに彼女達のすぐ側では閃光や小規模な爆発が生まれる。ただし必死になっているのは一方だけだった。
栗毛の魔女が次々と放つ魔法を銀髪の魔女はその場から一歩も動くことなくことごとく防いでは合間に攻撃魔法を放っている。
対して栗毛の魔女は必死だった。
目まぐるしく攻撃魔法を繰り出しながら相手からの攻撃を防ぐも、どうしても防ぎきれないものがある。そうすると栗毛の魔女は飛び退いて避ける他なかったし、狙いが定まらないように動き続ける必要があった。あまり効果はないようだったが。
真夜中という時刻もあるが、草木や風までもが息を飲んで彼女達の闘いを見つめているかのように辺りは静まり返っている。
勝敗が決したのは突然だった。
「カンセル・ワンダーマー!杖を弾け!」
銀髪の魔女が呪文と共に鋭く杖を振るう。彼女の目と杖は真っ直ぐに栗毛の魔女の杖に向いていた。
栗毛の魔女の手から弾き飛ばされた杖がくるくると空中で回転して地面へ落ちて行くのを二人は黙って眺めていた。
栗毛の魔女の表情は穏やかで、すっかり諦めていた。杖を拾うこともせず大きく息を吸うと長い長いため息を吐いた。
「やっぱり勝てないか。最初から分かってたのにね。ごめんね何度も何度も突っかかって。でも安心して。学校を卒業したら二度と挑みもしないし顔を見せないって誓うわ」
「…ねえ」
「なに?」
「それ三度目はあるってこと?」
「は?」
意味がわからず発した言葉の刺々しさに栗毛の魔女は内心「不愉快にさせたかもしれない」と焦った。しかしながら銀髪の魔女は気にした様子はなく「それ三度目はあるってこと?」と繰り返し尋ねるのだった。
二人は同じ学校に通う朋輩だった。
栗毛の魔女は努力の魔女でいつだって成績は学年首席だったが、だからと言ってそれを鼻にかけるような輩ではなかった。己の努力も学友の努力も等しく素晴らしいものと考え、たとえその努力が身を結ばなくとも尊んだ。
だがある時、栗毛の魔女の中に銀髪の魔女への反発心が生まれた。何故か、何があったか。
単刀直入即結論、その尊ぶべき努力を下らないと軽んじ一笑に付されたのである。
「私は努力しなくても強いから」などと宣って。
実際彼女が必死に勉強したり魔法の練習をする姿は誰も見たことがなかった。
故に栗毛の魔女は彼女に挑んで挑み続けた。
魔法も座学も誰よりも努力した。
だが見ての通り、栗毛の魔女が重んじて来た努力はついぞ銀髪の魔女を打ち負かすことは出来なかったのである。
「二度目がないって言ってるんだから三度目があるわけないでしょう」
「でも一度あることは二度あるって言うし、二度あることは三度あるって言うじゃない」
「そりゃそうだけど…二度とないって、ホントに」
「本当に?」
「本当に本当」
「そうなると私にはギリギリ友人と呼べるひとがいなくなるんだけど。ふうん、するんだ私を。はんちけに」
「はん…なに?」
「わどごはんちけさすんだべっていってんの!」
はんちけ、オータムライスフィールドの国で仲間はずれを意味する言葉だった。お国言葉を叫んだ銀髪の魔女は視線を地面に落としたまま「ふうん」と呟き続けるだけになってしまった。
突然異国の言葉を聞いた栗毛の魔女は困惑するしかない。
「…カッコつけてあなた達の努力をバカにしたからあなたは怒ってるんでしょ」
「ええ、まあ」
「あんなの全部うそ。私あなたに相手にしてもらいたくてめちゃくちゃアホほど努力したもん」
「あなたが勉強してるところなんて見たことないけど」
「見えない努力だって努力でしょ。みせなかったんだよ恥ずかしいから」
口を尖らせぶすくれる銀髪の魔女の言葉は正論だった。同時に栗毛の魔女は自分が「見える努力」ばかりを大事にしてきたことを理解した。
「もう二度とひとの努力を馬鹿にしたりしないなら仲良くしましょ」
「する!絶対しない!」
「なら握手しましょ」
「うん!うん!やった!もう絶対努力なんてしないよあんな辛いだけのもの!」
握手しかけた手が払われた。
「二度とすんなつったろうが!」
3/25/2025, 10:00:28 AM