二人の少年が一枚の紙を覗き込んでいた。
「オレここだけよめるかも!ベイ!」
「バイだよ。グッドバイ」
風のうんと強い、晴れた日だった。
何処かから強風にのって白い紙が飛んできた。紙はまるで側転でもしているようにして地面を上を走って来た。
赤毛の少年、樋口太一がそれを難なく掴みとってみるとそれはどうやら英語の問題用紙だった。
どこぞの学生の物だろう。飛ばされているうちにそうなったのか氏名の記入欄は汚れていて持ち主の名前を知る事は出来なかった。
「すごいなよしたか。えいごよめるんだ」
「今日日おれたちみたいな未就学児でも英語をみたりきいたりする機会なんていくらでもあるから。そりゃ少しはおぼえるよ」
「みしゅうがくじってなに?」
「おれたちみたいな、まだ学校にかよってないこどものこと」
「へー!」
太一少年は説明されても内心よく分かっていなかったが、親友の白城孝高の頭脳が自分よりも優秀である事は分かっていた。
孝高少年は強風と、それに煽られる己の長い前髪のせいで目を細めている。
彼の視線は問題用紙に並ぶ問題のあるひとつに留まっていた。
持ち主の学生はその問題を解く事が出来なかったのだろう。たった一問、鉛筆で書いて消した後もない箇所がある。
その問題は英文を訳せという内容だった。孝高はその英文を訳す程の知識はまだ持っていなかったが、その英文が何と訳されるかという事は知っていた。
「さよならだけが人生だ」
思いがけずに口をついて出たその言葉こそが、その問題の答えだった。
「なにそれ」
「ここにかいてる英文の意味」
「へー。じゃあそれはどういういみ?」
尋ねられた孝高は太一の顔を見て、尋ねた太一は孝高の顔を見る。
数拍の間、風がぼうぼうと暴れる風切り音が二人の鼓膜を支配した。孝高は細めた目をしぱしぱと瞬かせている。
「なんか…人生はたくさんの別れの連続なんだよ、みたいな感じ」
「なーる。いやごめんやっぱりよくわかんないや」
「あっ」
ひときわ強い風が太一の手から問題用紙をもぎ取った。あまりに強い風にたたらをふんだ孝高は、咄嗟に太一を掴んだがそれは太一も同様だった。
空高く、遠く遠くに飛んでいく紙を見つめている最中はたと気づいたのは太一だった。
「もしかすると今、さよならだけが人生だかもしれない」
「そうかな…たぶんそう部分的にそう」
「ばいばーい!」
太一が紙に向かい手を振る。
はるか遠くの空で紙がくるりと踊った。
3/23/2025, 9:47:10 AM