魔王の居城の牢屋に囚われの身となり早数日。
存外過ごしやすくはあったが、命を握られているも同然のこの状況で呑気でいられるわけがなかった。
牢屋の床と壁は見たことも無い鉱石を用いて作られていて、さらさらとした手触りをしている。そして不思議な事にほんのり温かさを感じる。
非常に広いのに加えて、どういうわけか律儀にも壁で仕切られて手洗いや風呂までがあった。これで寝具まで用意されているのだから牢屋というよりは最早部屋だった。
牢屋たらしめる要素と言えば、鉄格子と壁の高い位置にある光取りの窓くらいだ。
「…いい天気だな」
何の気なしに出た言葉で返答を期待したものではなかったが、隣の男は会話を望んでいると解釈したらしい。
こちらの肩に頭を預けてまどろんでいた重さがなくなるのを感じた。
「…曇っているね」
返って来た言葉は全くの的外れだった。
光取りの窓には少しの薄雲もなく、澄んだ濃い青空が切り取られている。
こちらの怪訝に気づいたらしい。隣の男は眉目秀麗な顔をほころばせると、ふいに手を絡ませて来た。
「曇っているよ、愛らしい君の表情が。でも安心して。私は晴れ男なんだ」
「…そうかい」
囚われているのは勇者と神子、二人の男だった。
ひとりは天啓を受け勇者となった男で、この世の者とは思えない程の美しい顔をしており、勇者という名に恥じない昼居なき力を持っていた。
もうひとりの男は鍛えられた逞しい肉体をしているにも関わらずその職分は神子だった。神の加護と呼ばれる力を持って生まれた彼には癒しや守りの力があった。
どういう訳か勇者は神子に深く好意を寄せており、隙あらば隙なくとも甘い言葉を紡いで来るのだった。
神子は絡められた手を振り払う事もせず、ただされるがままにその好意を浴びている。
「十五も年の離れた男を口説いて楽しいのか?」
「楽しいとも。それに私は二十歳、成人しているんだ。誰を愛するかどうかは私が決めるさ」
◇ ◇ ◇
空が黒く染まっている。闇が、瘴気がひしめいている。地に倒れ伏した神子の背中を魔王が踏みつけていた。
絶体絶命の状況だった。勇者はおらず、神子の力も尽きようとしていた。
「貴様もすぐに勇者の元に送ってやろう」
背中を踏みつける力が強まったがもはや痛みや苦しみに呻く余力もなかった。
どうやら諦める他ないらしいと悟った神子は、せめて良い思い出を最後に思い浮かべながら逝こうと考えた。
どういう訳か、思い浮かぶのは勇者の美しい顔ばかりだった。
唐突に背中の重さが消えた。
何が起きたのか確かめる力もない神子の体を何者かが抱き起こしす。たった今思い浮かべていた顔が目の前にあった。
「言っただろう、私は晴れ男だって」
牢屋の窓から見たのと同じ青空が勇者と神子の上に広がっていた。
3/24/2025, 9:51:10 AM