江戸宮

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3/31/2024, 2:15:34 PM

「…俺が幸せに出来なくても簡単に…、物分りよく幸せにね、って手を離して上げられる自信が無い、」

はぁ?と声を上げた目の前の人が続けて始まったよ…と呆れたように言ったのは聞かなかったことにして。
そんなことを言いつつもスマホを置いて話を聞いてくれようとしているんだからこの人も案外ツンデレである。
そんなこと口に出してしまったらまた変な距離が出来てしまいそうだから口が裂けても言わないけど。

「ふぅん…それで?」

「何処までも一緒にいたいから…勿論幸せにしてあげるつもりだけれどね。でももしそれが叶わなかったら二人でどん底に沈むのも…って、」

「うげぇ…」

世間ではこういう場合に笑顔で彼女の幸せを願って別れてあげるのが良い彼氏、なんて呼ばれる部類であるのは重々心得ている。
だけれど、それが自分の事となると話は別物。
想像なんてしたくないけど、もし自分の手で幸せにしてあげられないと分かった時、俺はその手を離してあげられるだろうか、とふと考えてしまった。
俺なんか気にしないで、貴方にはもっと素敵な人がいるから、と。
沈黙が続く。何か言ってよ。俺は真剣なのに…。
かれこれ30秒ぐらいかけてやっと口を開いたその人は呆れとほんの少しの怒りを含めたみたいな言い方でまくし立てた。

「…それでいいんじゃない?お前は大概重いんだしあの子だってそれぐらい分かってるでしょ、てか分かってなかったらお前みたいな激重メンヘラ好きになるかよ」

「…今サラッとひどいこと言った!!」

「、俺はこれでもお前に幸せになって欲しいんだよ」

「へ?」

しあわせ、幸せに?俺に幸せになって欲しい…。
なるほどそうきたかぁ…。

「俺も、大河には幸せになって欲しいよ?」

「は、はぁ?お、おまえほんとわかんない…」

腕で顔を隠したその人は初めて見るような表情を浮かべていてちょっぴり面白かった。照れてる?
でもこれはほんとうだよ。
幸せに出来なかった俺が言うのも笑えてくるかもしれないけれど貴方にはちゃんと幸せになって欲しいわけ。
貴方の潤んだ瞳はあの日から何も変わっていなかった。
逃げていたのは俺だけだったのだから当たり前か。

「…ごめんね、大河」


2024.3.31『幸せに』

3/29/2024, 11:32:11 PM

「え!?これで終わり…?」

たった今随分前に貸してもらっていた本をやっと読み切ることが出来た。
ハッピーエンドだから、と言われ貸してもらった本は中々に重い内容でページをめくる手が何度も止まりそうになったが先生のオススメということで途中で投げ出すという選択肢はなかったのである。
最終的に物語の中の二人は手を繋いで誰時の海へと沈んでしまった。
こういう終わり、先生好きそう。
でも果たしてこれはハッピーエンドと言えるのだろうか?だって二人ともこの世には居ないわけだし。

「あぁ、随分前の……読み終わった?」

そうして物思いにふけっていると先生が私の前の椅子に腰を下ろす。
先生の体重で沈み込んだ椅子がぐぅ、と鈍い音を立てた。

「はい、でも全然ハッピーエンドじゃなかったです、やっと幸せになったのに最後には死んじゃうし…」

「…なんでそう思うのさ、単純に二人が死んでしまったから?」

「そりゃあそうじゃないですか!生きてた方が幸せだし、やっと掴んだ幸せを手放すなんて…」

「そうかなぁ、俺は紛れもなくハッピーエンドだと思うよ。……それに臆病者は綿で怪我をするんだよ、」

「えぇ…?どういう意味ですか、?」

「いつか幸せを失う日がくるくらいなら、自分でその幸せを壊してしまえ、ってね。綿で身体が痛むのはなぜだと思う?すでに体中傷だらけだからだよ。……幸せを投げ出してしまう者を貴方は莫迦者だと思う?」

なんと答えたらいいか検討もつかなくて少しばかりの沈黙が降りた後、傍聴していた音楽の…大河先生が口を挟んだ。

「莫迦だろ、」

先生の言葉をあっさりと、簡単に切り裂く言葉。
そう言った声は平坦だった。
先生は予想外の声に混乱したようにきょろきょろと目線を動かした。
その様子が親を探す迷子の子供みたいで息を吸うのが途端に苦しくなった。

「北斗、手に入れた途端に失った時のことを考えて悲観する、これは悪いことじゃないよ。確かにその気持ちは俺も理解出来る。」

パシパシ、と瞬きを繰り返す先生を視界の端にもとめず、大河先生は手の中の金平糖を食べながら続ける。

「でも、この金平糖を目の前にして食べた後のことぐるぐるを考えて最初から食べないでおこう、なんて莫迦な考えは絶対しないし、手を出した最中にそのあとを考えて情けなく泣いたこともないよ」

そこまで言い切った大河先生は満足したように残り一粒になった金平糖を先生の掌に落とした。
まるで星が降ったみたい、そこにある事が正しいようにころり、と着地する。
食べろ、と小さく口を動かしたのをみた先生はおずおずと言った様子で摘んだ一粒を口に放り込んだ。

「あまい、…」

「……その瞬間の幸せを享受する、それでいいんじゃないかな。幸せというものはそういうものだ。それに特大の幸せを得たらお前はきっとそんな事を言ってられなくなる、」

特大の幸せ。
先生の言葉の意味がイマイチ分からず、というか大河先生によって繰り広げられている言葉の数々には何か裏があるようだけど私には全く分からない。

「…それは、」

「あとは自分で考えるといい。邪魔したね、じゃあまた」

「あ、大河せん…、いっちゃった」

ハッピーエンドじゃなくても。
いつか先生が幸せをちゃんと享受出来るようになりますように。
顔を上げたあとの先生は心做しか晴れたような表情だった。


2024.3.29『ハッピーエンド』

3/28/2024, 1:38:49 PM

「先生にみつめられると…その、溶けちゃいそう」

恥ずかしそうにでも観念したみたいに目を伏せて自白した彼女のあまりの可愛さと儚さに思わずうっ、と目眩がした。
見る度に美しく成長していく彼女をみると花ざかりの女の子はこうも愛らしいものかとたびたび思う。
これがもっともっと綺麗になる世界なんだから本当におそろしいものである。

「とけちゃう?」

俺がそう問うと、両手を頬に当てた彼女はあつくなった顔を冷ますようにパタパタ仰ぎながらあのね、と内緒話をするみたいに教えてくれた。

「先生と、目が合うとビリビリして、…たえられなくなる、」

ビリビリ……?
俺は目からビームでもだしてるのか、とからかいたくなったが彼女は至って真面目なのでここは大人しく話を聞く。

「じゃあ、貴方の視界に入らないようにすればいいかしら…、?」

「え!そ、そんなのダメ、やだ!!……嫌です」

あんまりに健気で意地らしいから悪戯心が働いて思ってもみないこと、出きっこないことを言ってみる。
すればみるみる焦った彼女はこれまた可愛らしく困ったようにしてきゅっと白衣の裾を掴んだ。
うわ、それすっごく可愛い。
でもあの人に言ったらこんな事で喜ぶとか童貞とかなんとか言われてしまいそうだけど…、本当に可愛い。

「あんまり、見ちゃだめです、……」

「はいはい、」

「あ、でも……適度に見てくれないと……」

「分かったよ」

貴方の反応が面白いから嫌って言うほどみつめてやろうと心に決めたのはまだ彼女が知らない話である。


2024.3.28『みつめられると』

3/27/2024, 2:33:49 PM

人が発する言葉には温度があると教えてくれたことがある。
先生には独特の感性があるのだろうか時々難しくて不思議なことを口にすることがあった。
あんなにかっこいい現代風の見た目をしているのに中身は繊細でどこまでも尊い文学を愛する人。
そんな人から話を聞けるのはなんだか先生のトクベツになった気がして、ちょっぴり気恥ずかしくてそれと同じ位うんとうれしい事だった。

先生の言葉を借りていうなれば、先生の言葉は真夏に燦々と煌めく太陽のようであり、暗闇を照らす眩い月でもある。
矛盾したような温度であるのに、いつも私をその時求めている適温で優しく包み込んでくれる。

「こんにちは、」

今日は暖かくていい気持ちだね、と珍しく窓辺の椅子に腰掛けた先生がそう続けた。
あ、今のは春の優しい日差しと頬をくすぐる風、体感にして17℃ぐらい。
先生が私に対して感じる温度は一体何℃なのだろうとふと考え込む。
先生が気になったように覗き込んできたのでここは大人しく観念して、今まで考えていたことを掻い摘んで話した。
う〜恥ずかしい……、と暫く悶えた先生だったけど、すぐにやっぱりなんでも分かったようになるほどねと呟いた。

「貴方の言葉は30℃くらいの夏日かな…、う〜ん16℃の春の日向?」

しばらく真剣に悩んだ様子の先生が可愛くてどんな答えが帰ってきたとしても嬉しいと思った。
先生が私のことを考えてくれること時間が幸せだったから。
先生は一体私の言葉を何℃と捉えているんだろう。
そんなことどこのテレビを見たって教えてくれない。
天気じゃあるまいし、でも天気みたいに簡単に分かったらそれもそれでロマンチックじゃない。
先生が必死に頭を使って考えているこの時間ずっと胸が痛かった。
ジクジクと傷んで心臓から朽ちた果物のようにドロドロに溶けてしまいそうだったから。
先生がもし私を夏の嵐や台風に例えてもきっとまた先生への好きが募るのだろう。


2024.3.27『My Heart』

3/26/2024, 11:44:51 PM

聞きなれたチャイムがなってピリリとした空気が一瞬で緩んだ。
挨拶は省略で、と簡潔に言った物理の先生は足早に教室を去った。
先生もお腹すいてたのかも。だってもう4時間目だし。
ふぅ、と息をついて腕を伸ばしたり近くの友達と購買の約束を取り付けていた人は購買へと駆けたりみんな思い思いの時間を過ごしていた。
かく言う私もその中の一人で先生とはやくお昼が食べたいなとぼんやり思考していた所。

「ね〜また居ないの〜?どこいっちゃったんだろうね〜」

「ん〜わかんない、先生運動神経悪いくせに逃げ足だけは早いんだから!あきらめるかぁ……」

教室の後ろのドアから落胆したような、まるで恋する乙女みたいな声色でそんな話し声が聞こえた。
友達曰く音楽のあの先生を好きになってしまったらしく毎日その影を探しているのだとか。
ふーん、と適当半分で聞いていれば「あ、今アイツのこと考えてたでしょ。も〜はやく行った行った!」と半ば追い出されるようにして見送られ教室を後にした。


「せんせー、お邪魔します……」

「あ、…もしかしてあいつが言ってた…!」

ドアを開けて開口一番、知らない人の顔が目に入る。
一瞬女性かとも思ったけどこの美貌からして音楽の……先生の近くにいるあの人…。
焦った私は何を思ったのか否定の言葉が口から出た。
人は焦るとよく分からなくても否定してしまう生き物らしい。

「え、……っと違います。」

「えー人違い?…じゃあ俺のファン?」

「それはもっと違います!」

暫く考えた様子のその人がいい案を思いついた!とでもいうかのように顔をあげてそう宣った。
違う。全く違う。どれぐらい違うかと言ったらもうブラジルと日本ぐらい。真逆である。

「え〜?それも違うかぁ…ん〜〜」

頭を抱えて悩み出したその人は美しい姿とは裏腹にいちいち動きがアニメチックだ。
冷酷なイメージが勝手にあったが案外面白い人みたいだ。勝手に苦手意識をもっていたのが申し訳なくなる。
本当のこといってもいいかな、と口を開きかけた時立て付けの悪いドアがガタガタと音を立てた。

「先生!」

「…ちょっと呼び出されちゃって、ごめんね。てか貴方まだ居たの?……変なことされてない?大丈夫?」

「人を変態みたいに言うなよ!」

私を背中の後ろに隠して先生はそう言った。
いつも美人なあの人の顔がクシャッとなって楽しそうに笑う。
先生も見たこともないような表情で笑っていた。
私の知らない先生の一面を垣間見てしまったようで胸がザワザワとうるさい。

「だって貴方ずっと会いたいって言ってたじゃないの。なにかしたんじゃ……」
「お前ほんっと失礼だな〜!」

ひとしきり笑ったその人は今日はここで食うから!とどこからともなくお弁当を出して私の隣にドン!と座った。
だからいちいち動きがアニメチックなんだってば。

「…いいな〜お前、こんな健気に好かれたらそりゃ揺らぐわな、……君がちょっと羨ましいや」

「はぁ?な、なに言ってんの。ほら、はやく食って帰って」

「……全く素直じゃないなぁ、ね?」

笑みを称えたまま私に意見を求めた先生の瞳は心做しか寂しそうであった。
美貌をもって先生と近しい関係にあるこの人が私は心底羨ましい。
でも結局はないものねだりの範疇を超えることは無いのかもしれない。


2024.3.26『ないものねだり』

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