江戸宮

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「…俺が幸せに出来なくても簡単に…、物分りよく幸せにね、って手を離して上げられる自信が無い、」

はぁ?と声を上げた目の前の人が続けて始まったよ…と呆れたように言ったのは聞かなかったことにして。
そんなことを言いつつもスマホを置いて話を聞いてくれようとしているんだからこの人も案外ツンデレである。
そんなこと口に出してしまったらまた変な距離が出来てしまいそうだから口が裂けても言わないけど。

「ふぅん…それで?」

「何処までも一緒にいたいから…勿論幸せにしてあげるつもりだけれどね。でももしそれが叶わなかったら二人でどん底に沈むのも…って、」

「うげぇ…」

世間ではこういう場合に笑顔で彼女の幸せを願って別れてあげるのが良い彼氏、なんて呼ばれる部類であるのは重々心得ている。
だけれど、それが自分の事となると話は別物。
想像なんてしたくないけど、もし自分の手で幸せにしてあげられないと分かった時、俺はその手を離してあげられるだろうか、とふと考えてしまった。
俺なんか気にしないで、貴方にはもっと素敵な人がいるから、と。
沈黙が続く。何か言ってよ。俺は真剣なのに…。
かれこれ30秒ぐらいかけてやっと口を開いたその人は呆れとほんの少しの怒りを含めたみたいな言い方でまくし立てた。

「…それでいいんじゃない?お前は大概重いんだしあの子だってそれぐらい分かってるでしょ、てか分かってなかったらお前みたいな激重メンヘラ好きになるかよ」

「…今サラッとひどいこと言った!!」

「、俺はこれでもお前に幸せになって欲しいんだよ」

「へ?」

しあわせ、幸せに?俺に幸せになって欲しい…。
なるほどそうきたかぁ…。

「俺も、大河には幸せになって欲しいよ?」

「は、はぁ?お、おまえほんとわかんない…」

腕で顔を隠したその人は初めて見るような表情を浮かべていてちょっぴり面白かった。照れてる?
でもこれはほんとうだよ。
幸せに出来なかった俺が言うのも笑えてくるかもしれないけれど貴方にはちゃんと幸せになって欲しいわけ。
貴方の潤んだ瞳はあの日から何も変わっていなかった。
逃げていたのは俺だけだったのだから当たり前か。

「…ごめんね、大河」


2024.3.31『幸せに』

3/31/2024, 2:15:34 PM