世界が終わっても死ぬ迄一緒だって約束したんだからさびしくないよ。
死んでも愛してるって言葉はきっと今日の為にあったんだね。
6.7『世界の終わりに君と』
「俺の弱くて惨めな姿みて満足した?それはそれは楽しかったでしょ、あんなに熱心に舐めるように見つめてくれたんだからさ」
隣のコイツへ嫌味を飛ばした。
気持ちの整理がつかないのかこの状況に合わないような不思議な顔をしてずっと俺を無言で眺めていた。
仕草はこんなにも愛らしいのに、コイツに見つめられた所に穴でも空いてしまいそうなぐらいその視線は鋭い。
「貴方は…どこか浮世離れした、…天使、でも時々悪魔みたいで、全てを許すマリア様みたいで、とにかく人間じゃないみたいでさ、でもね…あなたのそういう所みておこがましいけど同じ人間なんだなって」
安心した、と続けたコイツの顔に胸が痛む。
大切に誰にも見せずに閉じ込めて俺だけのものにしたいのに、同じぐらい許せなくて憎らしくてぐちゃぐちゃに壊してしまいたくてたまらなくなる。
恋はすればするだけ傷ついて。すればするほど遠くなる。
瞼の裏に張り付いた馬鹿みたいな笑顔が眩しくて、苦しくて目眩がしそうだった。
「俺の事何も知らないくせに、」
俺の事をそうやって神様かなにかだと本気で思ってるのはたぶん、お前だけだよ。
慈悲の心ですべてを許して誰でも分け隔てなく愛を振りまける神様だったらほんとうによかったのに。
『失恋』6.3
もし明日死ぬとして最後にひとつだけ願いが叶うとしたら何を願うのだろう。
俺は結構な頻度でこんなことを考え込んでしまう。
それは、自分が国語の教員だから生きることや死ぬことを人より身近に考えているせいだと信じたい。
決して死にたいなどと思ったことは無い…というのは真っ赤な嘘になってしまうがまぁ今の所生きてもいいかなと至極偉そうなことを思っている。
「生きる事は死ぬ事の裏返しだからね、切り離して考えられないのさ」
俺の言葉の意味も全く分かっていないような顔で俺を見上げる貴方。
ぽかんとしてる顔もくやしいけど愛らしい。
口になんて出せそうにもないけれど。
「最後にひとつだけ…」
死ぬとして、最後に願いが叶うなら、健気に追いかけてくれる貴方に気持ちを伝えられない臆病な俺の返事を言うぐらいは許してくれるかな。
2024.4.4『ひとつだけ』
「…俺が幸せに出来なくても簡単に…、物分りよく幸せにね、って手を離して上げられる自信が無い、」
はぁ?と声を上げた目の前の人が続けて始まったよ…と呆れたように言ったのは聞かなかったことにして。
そんなことを言いつつもスマホを置いて話を聞いてくれようとしているんだからこの人も案外ツンデレである。
そんなこと口に出してしまったらまた変な距離が出来てしまいそうだから口が裂けても言わないけど。
「ふぅん…それで?」
「何処までも一緒にいたいから…勿論幸せにしてあげるつもりだけれどね。でももしそれが叶わなかったら二人でどん底に沈むのも…って、」
「うげぇ…」
世間ではこういう場合に笑顔で彼女の幸せを願って別れてあげるのが良い彼氏、なんて呼ばれる部類であるのは重々心得ている。
だけれど、それが自分の事となると話は別物。
想像なんてしたくないけど、もし自分の手で幸せにしてあげられないと分かった時、俺はその手を離してあげられるだろうか、とふと考えてしまった。
俺なんか気にしないで、貴方にはもっと素敵な人がいるから、と。
沈黙が続く。何か言ってよ。俺は真剣なのに…。
かれこれ30秒ぐらいかけてやっと口を開いたその人は呆れとほんの少しの怒りを含めたみたいな言い方でまくし立てた。
「…それでいいんじゃない?お前は大概重いんだしあの子だってそれぐらい分かってるでしょ、てか分かってなかったらお前みたいな激重メンヘラ好きになるかよ」
「…今サラッとひどいこと言った!!」
「、俺はこれでもお前に幸せになって欲しいんだよ」
「へ?」
しあわせ、幸せに?俺に幸せになって欲しい…。
なるほどそうきたかぁ…。
「俺も、大河には幸せになって欲しいよ?」
「は、はぁ?お、おまえほんとわかんない…」
腕で顔を隠したその人は初めて見るような表情を浮かべていてちょっぴり面白かった。照れてる?
でもこれはほんとうだよ。
幸せに出来なかった俺が言うのも笑えてくるかもしれないけれど貴方にはちゃんと幸せになって欲しいわけ。
貴方の潤んだ瞳はあの日から何も変わっていなかった。
逃げていたのは俺だけだったのだから当たり前か。
「…ごめんね、大河」
2024.3.31『幸せに』
「え!?これで終わり…?」
たった今随分前に貸してもらっていた本をやっと読み切ることが出来た。
ハッピーエンドだから、と言われ貸してもらった本は中々に重い内容でページをめくる手が何度も止まりそうになったが先生のオススメということで途中で投げ出すという選択肢はなかったのである。
最終的に物語の中の二人は手を繋いで誰時の海へと沈んでしまった。
こういう終わり、先生好きそう。
でも果たしてこれはハッピーエンドと言えるのだろうか?だって二人ともこの世には居ないわけだし。
「あぁ、随分前の……読み終わった?」
そうして物思いにふけっていると先生が私の前の椅子に腰を下ろす。
先生の体重で沈み込んだ椅子がぐぅ、と鈍い音を立てた。
「はい、でも全然ハッピーエンドじゃなかったです、やっと幸せになったのに最後には死んじゃうし…」
「…なんでそう思うのさ、単純に二人が死んでしまったから?」
「そりゃあそうじゃないですか!生きてた方が幸せだし、やっと掴んだ幸せを手放すなんて…」
「そうかなぁ、俺は紛れもなくハッピーエンドだと思うよ。……それに臆病者は綿で怪我をするんだよ、」
「えぇ…?どういう意味ですか、?」
「いつか幸せを失う日がくるくらいなら、自分でその幸せを壊してしまえ、ってね。綿で身体が痛むのはなぜだと思う?すでに体中傷だらけだからだよ。……幸せを投げ出してしまう者を貴方は莫迦者だと思う?」
なんと答えたらいいか検討もつかなくて少しばかりの沈黙が降りた後、傍聴していた音楽の…大河先生が口を挟んだ。
「莫迦だろ、」
先生の言葉をあっさりと、簡単に切り裂く言葉。
そう言った声は平坦だった。
先生は予想外の声に混乱したようにきょろきょろと目線を動かした。
その様子が親を探す迷子の子供みたいで息を吸うのが途端に苦しくなった。
「北斗、手に入れた途端に失った時のことを考えて悲観する、これは悪いことじゃないよ。確かにその気持ちは俺も理解出来る。」
パシパシ、と瞬きを繰り返す先生を視界の端にもとめず、大河先生は手の中の金平糖を食べながら続ける。
「でも、この金平糖を目の前にして食べた後のことぐるぐるを考えて最初から食べないでおこう、なんて莫迦な考えは絶対しないし、手を出した最中にそのあとを考えて情けなく泣いたこともないよ」
そこまで言い切った大河先生は満足したように残り一粒になった金平糖を先生の掌に落とした。
まるで星が降ったみたい、そこにある事が正しいようにころり、と着地する。
食べろ、と小さく口を動かしたのをみた先生はおずおずと言った様子で摘んだ一粒を口に放り込んだ。
「あまい、…」
「……その瞬間の幸せを享受する、それでいいんじゃないかな。幸せというものはそういうものだ。それに特大の幸せを得たらお前はきっとそんな事を言ってられなくなる、」
特大の幸せ。
先生の言葉の意味がイマイチ分からず、というか大河先生によって繰り広げられている言葉の数々には何か裏があるようだけど私には全く分からない。
「…それは、」
「あとは自分で考えるといい。邪魔したね、じゃあまた」
「あ、大河せん…、いっちゃった」
ハッピーエンドじゃなくても。
いつか先生が幸せをちゃんと享受出来るようになりますように。
顔を上げたあとの先生は心做しか晴れたような表情だった。
2024.3.29『ハッピーエンド』