うちの家の近くには本屋さんがない。
あるのはチープなレンタルビデオショップとおばあちゃんが経営してる小さな駄菓子屋だけ。本の虫な私からするととんでもない場所である。引っ越しを考えたこともあったけど……。
隣町の、電車で1時間のちょっぴりレトロな本屋さんが最近のお気に入り。古びた見た目で本の叩き売りって感じの雰囲気なのに妙に居心地がよくてついつい長居してしまう。
パッとイメージしてもらうなら…江戸川乱歩のD坂の本屋みたいなね。あ、殺人なんて物騒なことは絶対起こらないからそこは安心して欲しいんだけど。
…極め付けに、その本屋の店主の孫が兎に角イケメンで最近は夢中で目的だったはずの本すら忘れて彼となんとかお近づきになろうと頑張っているところ。
「あれぇ…お姉さんまた来てくれたんですかっ!」
私の姿を見るなりパッと目を輝かせてこちらへ小走りで走ってきてくれる。可愛い、可愛いがすぎる。
今日も私は本を買いに行くなんて一丁前の言い訳を免罪符に彼に会いに行く。誰にも教えない秘密の場所。
秘密の場所 3.8
ギターを抱えた猫背な背から綺麗な歌声が聴こえる。
優しくかき鳴らされるその音に酔いしれてみる。いつもはその他大勢、有象無象、全ての人へ向けられている君の音楽も今は私だけのものなのだから。
「ララ…ふふん、ふ〜、」
いつもロックな歌ばっかり歌っている癖にバラード、優しい曲調だってばっちりものにするんだからやっぱり君ってすごい。音大卒って伊達じゃないんだねとか。
「…いい曲だね、」
「…えっ!!わ、…い、いたの、?」
目が隠れるまで長くなった前髪から覗く可愛い目がぎゅっと驚いたように大きくひらいて、私を見据える。
「…いまの、もう一回、もーいっかい歌って、…私のだけのために」
「え〜?しょーがないなぁっ、」
ドヤ顔でそんなことを宣う君はやっぱり可愛い。ステージに立って命をすり減らすように歌う君も素敵だけど、飾らない日常で私のためだけにその声で歌ってくれる君が私は一等好き。
2025.2.8 ラララ
世界が終わっても死ぬ迄一緒だって約束したんだからさびしくないよ。
死んでも愛してるって言葉はきっと今日の為にあったんだね。
6.7『世界の終わりに君と』
「俺の弱くて惨めな姿みて満足した?それはそれは楽しかったでしょ、あんなに熱心に舐めるように見つめてくれたんだからさ」
隣のコイツへ嫌味を飛ばした。
気持ちの整理がつかないのかこの状況に合わないような不思議な顔をしてずっと俺を無言で眺めていた。
仕草はこんなにも愛らしいのに、コイツに見つめられた所に穴でも空いてしまいそうなぐらいその視線は鋭い。
「貴方は…どこか浮世離れした、…天使、でも時々悪魔みたいで、全てを許すマリア様みたいで、とにかく人間じゃないみたいでさ、でもね…あなたのそういう所みておこがましいけど同じ人間なんだなって」
安心した、と続けたコイツの顔に胸が痛む。
大切に誰にも見せずに閉じ込めて俺だけのものにしたいのに、同じぐらい許せなくて憎らしくてぐちゃぐちゃに壊してしまいたくてたまらなくなる。
恋はすればするだけ傷ついて。すればするほど遠くなる。
瞼の裏に張り付いた馬鹿みたいな笑顔が眩しくて、苦しくて目眩がしそうだった。
「俺の事何も知らないくせに、」
俺の事をそうやって神様かなにかだと本気で思ってるのはたぶん、お前だけだよ。
慈悲の心ですべてを許して誰でも分け隔てなく愛を振りまける神様だったらほんとうによかったのに。
『失恋』6.3
もし明日死ぬとして最後にひとつだけ願いが叶うとしたら何を願うのだろう。
俺は結構な頻度でこんなことを考え込んでしまう。
それは、自分が国語の教員だから生きることや死ぬことを人より身近に考えているせいだと信じたい。
決して死にたいなどと思ったことは無い…というのは真っ赤な嘘になってしまうがまぁ今の所生きてもいいかなと至極偉そうなことを思っている。
「生きる事は死ぬ事の裏返しだからね、切り離して考えられないのさ」
俺の言葉の意味も全く分かっていないような顔で俺を見上げる貴方。
ぽかんとしてる顔もくやしいけど愛らしい。
口になんて出せそうにもないけれど。
「最後にひとつだけ…」
死ぬとして、最後に願いが叶うなら、健気に追いかけてくれる貴方に気持ちを伝えられない臆病な俺の返事を言うぐらいは許してくれるかな。
2024.4.4『ひとつだけ』