江戸宮

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「え!?これで終わり…?」

たった今随分前に貸してもらっていた本をやっと読み切ることが出来た。
ハッピーエンドだから、と言われ貸してもらった本は中々に重い内容でページをめくる手が何度も止まりそうになったが先生のオススメということで途中で投げ出すという選択肢はなかったのである。
最終的に物語の中の二人は手を繋いで誰時の海へと沈んでしまった。
こういう終わり、先生好きそう。
でも果たしてこれはハッピーエンドと言えるのだろうか?だって二人ともこの世には居ないわけだし。

「あぁ、随分前の……読み終わった?」

そうして物思いにふけっていると先生が私の前の椅子に腰を下ろす。
先生の体重で沈み込んだ椅子がぐぅ、と鈍い音を立てた。

「はい、でも全然ハッピーエンドじゃなかったです、やっと幸せになったのに最後には死んじゃうし…」

「…なんでそう思うのさ、単純に二人が死んでしまったから?」

「そりゃあそうじゃないですか!生きてた方が幸せだし、やっと掴んだ幸せを手放すなんて…」

「そうかなぁ、俺は紛れもなくハッピーエンドだと思うよ。……それに臆病者は綿で怪我をするんだよ、」

「えぇ…?どういう意味ですか、?」

「いつか幸せを失う日がくるくらいなら、自分でその幸せを壊してしまえ、ってね。綿で身体が痛むのはなぜだと思う?すでに体中傷だらけだからだよ。……幸せを投げ出してしまう者を貴方は莫迦者だと思う?」

なんと答えたらいいか検討もつかなくて少しばかりの沈黙が降りた後、傍聴していた音楽の…大河先生が口を挟んだ。

「莫迦だろ、」

先生の言葉をあっさりと、簡単に切り裂く言葉。
そう言った声は平坦だった。
先生は予想外の声に混乱したようにきょろきょろと目線を動かした。
その様子が親を探す迷子の子供みたいで息を吸うのが途端に苦しくなった。

「北斗、手に入れた途端に失った時のことを考えて悲観する、これは悪いことじゃないよ。確かにその気持ちは俺も理解出来る。」

パシパシ、と瞬きを繰り返す先生を視界の端にもとめず、大河先生は手の中の金平糖を食べながら続ける。

「でも、この金平糖を目の前にして食べた後のことぐるぐるを考えて最初から食べないでおこう、なんて莫迦な考えは絶対しないし、手を出した最中にそのあとを考えて情けなく泣いたこともないよ」

そこまで言い切った大河先生は満足したように残り一粒になった金平糖を先生の掌に落とした。
まるで星が降ったみたい、そこにある事が正しいようにころり、と着地する。
食べろ、と小さく口を動かしたのをみた先生はおずおずと言った様子で摘んだ一粒を口に放り込んだ。

「あまい、…」

「……その瞬間の幸せを享受する、それでいいんじゃないかな。幸せというものはそういうものだ。それに特大の幸せを得たらお前はきっとそんな事を言ってられなくなる、」

特大の幸せ。
先生の言葉の意味がイマイチ分からず、というか大河先生によって繰り広げられている言葉の数々には何か裏があるようだけど私には全く分からない。

「…それは、」

「あとは自分で考えるといい。邪魔したね、じゃあまた」

「あ、大河せん…、いっちゃった」

ハッピーエンドじゃなくても。
いつか先生が幸せをちゃんと享受出来るようになりますように。
顔を上げたあとの先生は心做しか晴れたような表情だった。


2024.3.29『ハッピーエンド』

3/29/2024, 11:32:11 PM