江戸宮

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3/28/2024, 1:38:49 PM

「先生にみつめられると…その、溶けちゃいそう」

恥ずかしそうにでも観念したみたいに目を伏せて自白した彼女のあまりの可愛さと儚さに思わずうっ、と目眩がした。
見る度に美しく成長していく彼女をみると花ざかりの女の子はこうも愛らしいものかとたびたび思う。
これがもっともっと綺麗になる世界なんだから本当におそろしいものである。

「とけちゃう?」

俺がそう問うと、両手を頬に当てた彼女はあつくなった顔を冷ますようにパタパタ仰ぎながらあのね、と内緒話をするみたいに教えてくれた。

「先生と、目が合うとビリビリして、…たえられなくなる、」

ビリビリ……?
俺は目からビームでもだしてるのか、とからかいたくなったが彼女は至って真面目なのでここは大人しく話を聞く。

「じゃあ、貴方の視界に入らないようにすればいいかしら…、?」

「え!そ、そんなのダメ、やだ!!……嫌です」

あんまりに健気で意地らしいから悪戯心が働いて思ってもみないこと、出きっこないことを言ってみる。
すればみるみる焦った彼女はこれまた可愛らしく困ったようにしてきゅっと白衣の裾を掴んだ。
うわ、それすっごく可愛い。
でもあの人に言ったらこんな事で喜ぶとか童貞とかなんとか言われてしまいそうだけど…、本当に可愛い。

「あんまり、見ちゃだめです、……」

「はいはい、」

「あ、でも……適度に見てくれないと……」

「分かったよ」

貴方の反応が面白いから嫌って言うほどみつめてやろうと心に決めたのはまだ彼女が知らない話である。


2024.3.28『みつめられると』

3/27/2024, 2:33:49 PM

人が発する言葉には温度があると教えてくれたことがある。
先生には独特の感性があるのだろうか時々難しくて不思議なことを口にすることがあった。
あんなにかっこいい現代風の見た目をしているのに中身は繊細でどこまでも尊い文学を愛する人。
そんな人から話を聞けるのはなんだか先生のトクベツになった気がして、ちょっぴり気恥ずかしくてそれと同じ位うんとうれしい事だった。

先生の言葉を借りていうなれば、先生の言葉は真夏に燦々と煌めく太陽のようであり、暗闇を照らす眩い月でもある。
矛盾したような温度であるのに、いつも私をその時求めている適温で優しく包み込んでくれる。

「こんにちは、」

今日は暖かくていい気持ちだね、と珍しく窓辺の椅子に腰掛けた先生がそう続けた。
あ、今のは春の優しい日差しと頬をくすぐる風、体感にして17℃ぐらい。
先生が私に対して感じる温度は一体何℃なのだろうとふと考え込む。
先生が気になったように覗き込んできたのでここは大人しく観念して、今まで考えていたことを掻い摘んで話した。
う〜恥ずかしい……、と暫く悶えた先生だったけど、すぐにやっぱりなんでも分かったようになるほどねと呟いた。

「貴方の言葉は30℃くらいの夏日かな…、う〜ん16℃の春の日向?」

しばらく真剣に悩んだ様子の先生が可愛くてどんな答えが帰ってきたとしても嬉しいと思った。
先生が私のことを考えてくれること時間が幸せだったから。
先生は一体私の言葉を何℃と捉えているんだろう。
そんなことどこのテレビを見たって教えてくれない。
天気じゃあるまいし、でも天気みたいに簡単に分かったらそれもそれでロマンチックじゃない。
先生が必死に頭を使って考えているこの時間ずっと胸が痛かった。
ジクジクと傷んで心臓から朽ちた果物のようにドロドロに溶けてしまいそうだったから。
先生がもし私を夏の嵐や台風に例えてもきっとまた先生への好きが募るのだろう。


2024.3.27『My Heart』

3/26/2024, 11:44:51 PM

聞きなれたチャイムがなってピリリとした空気が一瞬で緩んだ。
挨拶は省略で、と簡潔に言った物理の先生は足早に教室を去った。
先生もお腹すいてたのかも。だってもう4時間目だし。
ふぅ、と息をついて腕を伸ばしたり近くの友達と購買の約束を取り付けていた人は購買へと駆けたりみんな思い思いの時間を過ごしていた。
かく言う私もその中の一人で先生とはやくお昼が食べたいなとぼんやり思考していた所。

「ね〜また居ないの〜?どこいっちゃったんだろうね〜」

「ん〜わかんない、先生運動神経悪いくせに逃げ足だけは早いんだから!あきらめるかぁ……」

教室の後ろのドアから落胆したような、まるで恋する乙女みたいな声色でそんな話し声が聞こえた。
友達曰く音楽のあの先生を好きになってしまったらしく毎日その影を探しているのだとか。
ふーん、と適当半分で聞いていれば「あ、今アイツのこと考えてたでしょ。も〜はやく行った行った!」と半ば追い出されるようにして見送られ教室を後にした。


「せんせー、お邪魔します……」

「あ、…もしかしてあいつが言ってた…!」

ドアを開けて開口一番、知らない人の顔が目に入る。
一瞬女性かとも思ったけどこの美貌からして音楽の……先生の近くにいるあの人…。
焦った私は何を思ったのか否定の言葉が口から出た。
人は焦るとよく分からなくても否定してしまう生き物らしい。

「え、……っと違います。」

「えー人違い?…じゃあ俺のファン?」

「それはもっと違います!」

暫く考えた様子のその人がいい案を思いついた!とでもいうかのように顔をあげてそう宣った。
違う。全く違う。どれぐらい違うかと言ったらもうブラジルと日本ぐらい。真逆である。

「え〜?それも違うかぁ…ん〜〜」

頭を抱えて悩み出したその人は美しい姿とは裏腹にいちいち動きがアニメチックだ。
冷酷なイメージが勝手にあったが案外面白い人みたいだ。勝手に苦手意識をもっていたのが申し訳なくなる。
本当のこといってもいいかな、と口を開きかけた時立て付けの悪いドアがガタガタと音を立てた。

「先生!」

「…ちょっと呼び出されちゃって、ごめんね。てか貴方まだ居たの?……変なことされてない?大丈夫?」

「人を変態みたいに言うなよ!」

私を背中の後ろに隠して先生はそう言った。
いつも美人なあの人の顔がクシャッとなって楽しそうに笑う。
先生も見たこともないような表情で笑っていた。
私の知らない先生の一面を垣間見てしまったようで胸がザワザワとうるさい。

「だって貴方ずっと会いたいって言ってたじゃないの。なにかしたんじゃ……」
「お前ほんっと失礼だな〜!」

ひとしきり笑ったその人は今日はここで食うから!とどこからともなくお弁当を出して私の隣にドン!と座った。
だからいちいち動きがアニメチックなんだってば。

「…いいな〜お前、こんな健気に好かれたらそりゃ揺らぐわな、……君がちょっと羨ましいや」

「はぁ?な、なに言ってんの。ほら、はやく食って帰って」

「……全く素直じゃないなぁ、ね?」

笑みを称えたまま私に意見を求めた先生の瞳は心做しか寂しそうであった。
美貌をもって先生と近しい関係にあるこの人が私は心底羨ましい。
でも結局はないものねだりの範疇を超えることは無いのかもしれない。


2024.3.26『ないものねだり』

3/26/2024, 2:52:32 AM

「ね、本当に大丈夫?……ふぅん、じゃあブラックとチャイラテを1つずつ、…はい、お願いします」

少し前にある背の高い先生の背中。
親鳥を追いかける雛みたいね、なんて先生に笑われながらここまでたどり着いた。
先生が好きだって聞いたブラックコーヒー。
私には腐敗したような泥水、もしくは秋の水溜まり位にしか見えないが先生が好きだと宣うなら話は全くの別物。
好きな人が好きだと言うものはいくら嫌いだとしても避けられるはずもあるまい。
だからこうしてチャレンジしようと、そう思い立ったわけである。

「おまたせしました、お熱いのでお気をつけてお飲みください」

「ありがとうございます、」

先生の心地の良い低音が周囲の空気を優しく揺らす。
あ、あの店員さん絶対先生のこと格好良いって思った。
ちょっと顔が赤い。なにそれ許せない。

「……さぁ、どうぞ?熱いから冷まして飲むんだよ」

向かいの席へ腰を下ろした先生は優しくそう言って自分のカップに手をつけることなく私の様子を見守っている。
なんだかあんまり見られすぎると穴でも空いてしまいそう。

「……いただきます。…ぅ、にがっ!」

「…ぷっ、ふふ、あはは…貴方って本当に面白いね。ふふっ」

口に含んだ瞬間芳醇な香りも舌に残る心地のいい苦味も感じることなく傍にあったサービスの水をがぶ飲みだ。
不快な苦味が舌に残って何度水を飲んでも拭いきれない。
早速涙目になっていると先生がそんなことだろうと思ってた、とまた笑いながら続ける。

「…はい、俺まだ飲んでないから交換しよっか、」

「あ、で、でも!私もう飲んじゃいましたし…」

「いいよ、別に気にしないし。さ、早く飲んだ方がいいんじゃない?今にも泣いちゃいそうだしね」

ずずっと先生が私の目の前に差し出した可愛い色のチャイラテ。
見るからに甘そうできっと口の不快な苦味もあっという間に消してしまうことだろう。
本当にいいんですか?なんていう最終確認のため目線だけ先生に送ると、先生はブラックのカップをとって口を付けた。
カップを持ち上げる仕草は美しく洗礼されているように思う。
私が先生のことが大好きという贔屓目を除いても。
恐る恐る口をつけてこくん、と嚥下した。

「う、…おいしい、っ。」

「それはよかった。君には泥水にしか見えないかもだけどこっちも美味しいよ、」

「……先生格好良いですっ、」

「えぇ?格好良い要素あった?ふふ、まぁ貴方が嬉しそうだからなんでもいいけどさ」

きゅっと目を細めて笑う先生はこのチャイラテよりも甘い表情をしていただろう。
格好良い、なんて言ってしまった手前恥ずかしくて先生を直視出来なかったことはわたしだけの秘密である。


2024.3.25『好きじゃないのに』

3/24/2024, 2:43:59 PM

今日も飽きずに準備室の前にいる。
だが、生憎先客がいたみたいで零れる声を聞いてドアを開けるのを躊躇した。
盗み聞きしてる訳じゃないけど声から察するに女性みたいに綺麗な音楽のあの人だ。
みんなは綺麗だっていうけど私は先生の近くにいるあの人がちょっと苦手だったり。
先生って性別関係なく綺麗な人好きそうだし、なんてぐるぐる考えてふたりのあの場所に突撃する勇気もなく今日は諦めよう、と引き返すことにした。
ふと見上げた空は灰色だった。

「…今日は、いけません、ごめんなさい、…と。」

下駄箱から靴を取り出すついでに先生にメールを送る。
気持ちが乱れたせいか文書がメンヘラぽくなってしまったのはご愛嬌だ。
いつもならすぐに返事がくるメールも返事どころか既読すらつかない。
モヤモヤにモヤモヤが募ってもう泣いてしまいたい気分だった。

「先生のばか……、」

ぐしゃっと嗚咽が出たのが最後、本当に泣いてしまいそうできゅっと口を結んだ。
こんなことで泣いちゃうとか本当に子供みたいで嫌だったから。

「……っ、いた!良かった。まだ帰ってなくて…」

突然後ろから聞きなれた先生の声が聞こえた。
びっくりしたのとくだらない想像で不安になった私はたぶんとんでもなく情けない顔をしていただろうに。

「…今日も来てくれるかと思って帰りでいいかなって思ってたんだけどね…、貴方朝傘もってなかったから…もう帰っちゃうならこれ使って、?」

そうあがる息もそのままに先生はそう言った。
私が来るの待っててくれたんだとかあの人はいいのとか、言いたいことも聞きたいことも色々あるけど……、

「…先生だいすきっ、」

「うぉっ、ちょ、…今はダメよ。帰っちゃうなんてもしかしてなにかあった?めずらしいね、」

抱きつきそうになった私を先生の腕がさとす。
むぅ、なんて声をあげて抵抗してみればダメだからとデコピンをくらった。ちょっぴりいたい。
おでこを抑えながら喋り出す。

「何も…ただ、自分の弱さ具合に辟易して……」

「へきえき…?うんざりするとかそういう?」

「ん、……そうです、」

「そっか、なるほどね。…でも貴方の心配しているようなことは俺たち何も無いよ。あの人確かに綺麗だけどクソ坊ちゃんだしね?」

くふふ、と笑った先生は重ねてだから、帰らないよね?ってわんこみたいな顔で私にそう言った。
いつの間にか土砂降りだった雨は止んでいる。
空も私と同じように機嫌直したんだね、なんて考えながら先生と2人で準備室へと向かった。




「ねぇ〜その子俺にも会わせてよ、音楽取ってくれてないから会えないし俺が教室行ったら不審者じゃん?」

「絶対イヤ、ってかいつまでいるのよ貴方……」

2024.3.24『ところにより雨』

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