江戸宮

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今日も飽きずに準備室の前にいる。
だが、生憎先客がいたみたいで零れる声を聞いてドアを開けるのを躊躇した。
盗み聞きしてる訳じゃないけど声から察するに女性みたいに綺麗な音楽のあの人だ。
みんなは綺麗だっていうけど私は先生の近くにいるあの人がちょっと苦手だったり。
先生って性別関係なく綺麗な人好きそうだし、なんてぐるぐる考えてふたりのあの場所に突撃する勇気もなく今日は諦めよう、と引き返すことにした。
ふと見上げた空は灰色だった。

「…今日は、いけません、ごめんなさい、…と。」

下駄箱から靴を取り出すついでに先生にメールを送る。
気持ちが乱れたせいか文書がメンヘラぽくなってしまったのはご愛嬌だ。
いつもならすぐに返事がくるメールも返事どころか既読すらつかない。
モヤモヤにモヤモヤが募ってもう泣いてしまいたい気分だった。

「先生のばか……、」

ぐしゃっと嗚咽が出たのが最後、本当に泣いてしまいそうできゅっと口を結んだ。
こんなことで泣いちゃうとか本当に子供みたいで嫌だったから。

「……っ、いた!良かった。まだ帰ってなくて…」

突然後ろから聞きなれた先生の声が聞こえた。
びっくりしたのとくだらない想像で不安になった私はたぶんとんでもなく情けない顔をしていただろうに。

「…今日も来てくれるかと思って帰りでいいかなって思ってたんだけどね…、貴方朝傘もってなかったから…もう帰っちゃうならこれ使って、?」

そうあがる息もそのままに先生はそう言った。
私が来るの待っててくれたんだとかあの人はいいのとか、言いたいことも聞きたいことも色々あるけど……、

「…先生だいすきっ、」

「うぉっ、ちょ、…今はダメよ。帰っちゃうなんてもしかしてなにかあった?めずらしいね、」

抱きつきそうになった私を先生の腕がさとす。
むぅ、なんて声をあげて抵抗してみればダメだからとデコピンをくらった。ちょっぴりいたい。
おでこを抑えながら喋り出す。

「何も…ただ、自分の弱さ具合に辟易して……」

「へきえき…?うんざりするとかそういう?」

「ん、……そうです、」

「そっか、なるほどね。…でも貴方の心配しているようなことは俺たち何も無いよ。あの人確かに綺麗だけどクソ坊ちゃんだしね?」

くふふ、と笑った先生は重ねてだから、帰らないよね?ってわんこみたいな顔で私にそう言った。
いつの間にか土砂降りだった雨は止んでいる。
空も私と同じように機嫌直したんだね、なんて考えながら先生と2人で準備室へと向かった。




「ねぇ〜その子俺にも会わせてよ、音楽取ってくれてないから会えないし俺が教室行ったら不審者じゃん?」

「絶対イヤ、ってかいつまでいるのよ貴方……」

2024.3.24『ところにより雨』

3/24/2024, 2:43:59 PM