「この季節ってみかん、食べたくなりません?」
今日も勉強と称して学校に来ていた彼女をこの準備室に招いていた。
雪の片鱗も見せなくなった今日この頃だけど寒さは毎日肌を刺すように厳しくなる。
そんな中、彼女が鞄から綺麗なオレンジに色付いたふたつのみかんをとりだした。
久しぶりに見たオレンジ色だった。
「そういえば今年まだ食べてないなぁ…、」
そう自覚してしまうと無性に食べたくなってしまう。
甘酸っぱいみかんの味が急に恋しくなった。
「なので、ひとつあげます。一緒に食べようと思って」
「あら、ありがとう。…このみかんぴかぴかね」
「ん〜よく分かりませんけど家で食べて美味しかったので先生にも冬のおすそ分けをとおもって!」
ぜひ食べてください、にこにこの笑顔で言われて不意にもきゅん…と胸がなった気がした。
それを誤魔化すようにみかんの皮と白い筋をとってひとつ口に放り込む。
甘い味が口の中で弾けてあとから独特のすっぱさがふんわりと漂う。
甘さとすっぱさのバランスが取れた完璧なみかんだった。
「ん、美味しい……!それにすっごい甘い。」
「でしょ!先生にたべてもらいたかったんです」
「今まで食べたどのみかんよりも美味しい、」
「……せんせ、食べ物はなにを食べるかじゃなくて、誰と食べるかですよ」
「…なるほどね。貴方と食べるから美味しいのかな」
ふざけてそんなことをサラッと言えば急に黙ってしまう。
あれ、てっきり何馬鹿なこと言ってるんですか!と叩かれる覚悟ぐらいはしていたのに。
すぐ隣を見れば顔を赤くして下を向く貴方。
何その顔…ちょっと可愛いじゃん、なんて言いそうになって慌てて口を噤む。
貴方がこれ以上顔を赤くしちゃったら困るし美味しいみかんに免じて可愛い顔は見なかった事にしよう。
2023.12.29『みかん』
冬休みが始まって、先生に会える機会がぐっと減った。
流石に私も多少は弁えているつもりなので、毎日学校に押しかけることは無かったから会えるのもたまにで。
早く会いたい、早く会いたい、メンヘラ彼女みたいになってしまった私をお母さんはちょっぴり心配しているようだった。
「最後に会ったのが3日前…。もういっそのこと、会いに…じゃなくて!勉強しに行こうかな。どうせやることも無いし」
半ば無理やり自分を納得させるようにそういって洋服の準備を始めた。
私の学校は補習なんかで学校に来てない限り、冬季休暇中は私服が認められている。
だから、今日は普段見せない可愛い服をきて、先生に褒めてもらおう!の作戦。
我ながらちょっぴり、いやかなりくだらないと思いつつ、やっぱり褒められたいのでお気に入りのものを選んだ。
「……あ、先生…っ!」
「え、……貴方…あれ、俺の幻覚……?」
なんで……?と頭にはてなを2つぐらい乗っけた先生。
今日も先生のかっこよさは健在で私服ぽい服装にきゅん、と胸が音を立てた。
「先生に会いたくて…じゃなくて、勉強しに!」
「ふふ、初っ端から心の声がダダ漏れだけどね。勉強するなら準備室あけた方がいいよね……先に行ってて!鍵もってくるね」
ひらひらと手を振った先生は小走りで職員室にいってしまった。
準備室に向かう途中先生服装に全然触れてくれなかったなぁってネガティブにも考えてしまう。
やっぱりあっちの服にすればよかったな、なんてグルグル考えていたら鍵を持った先生が隣に立った。
「そういえば、今日の貴方の洋服可愛いね。いつも制服だからみなれなくて変な感じ。似合ってるよ」
サラッとそういった先生はカチャ、と鍵を開けて直ぐにストーブを付けた。
普段陰キャを自称するぐらいな癖にそんなことはサラッと言えちゃうんだ。
そういえば、と続けた先生がまた話始める。
「貴方にあったら話そうと思ってたんだけど、文豪の言葉に人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い、って言葉があるんだけど貴方は知ってる?」
「あ〜なんか聞いたことあります。なんとか敦…?」
「あら、よく知ってるね。そう、その中島敦の言葉なんだけど、冬休みにもいえることだなってふと思ってさ」
「冬休みと人生がですか……?」
「だって、冬休み何もしないで引きこもってたら長いけど、何かを活動的にするならやっぱり少し足りないじゃない。ほら、一緒。……なんて、ちょっと横暴かな?」
「まぁ、確かに言われてみれば…ですね。それで……?」
「俺も冬休みもっと欲しいな〜!って話。それだけ」
「えぇ!オチないんですか」
「うんないよ、それだけだってば」
オチのない先生の長話をゆったり聞けるのも冬休みの醍醐味だったりするのかもしれない。
終わって欲しくないけど、早く毎日先生に会える日常に戻りたいと少しわがままな学生身分の私の願い。
2023.12.28『冬休み』
生徒が一足先に冬休みを満喫してるであろうが、教員はそうはいかない。
だって生徒と違って大人だし。社会人。労働者。
あぁ、大人ってとってもとっても嫌な響き。
なりたくも無いのに勝手に大人のバッチをつけられちゃうんだから。
出来ることなら、もう一度あの教室の隅で勉強ばかりしていたつまらない学生時代に戻りたい。
あの頃は俺のいた学校でも、やけに手編みの手ぶくろなんかが流行っていた。
もちろん俺が貰ったわけではなく、爆モテな友人が奇妙なほどたくさん持っていたから俺も見たことがあったまで。
あの頃は手編みの手ぶくろに魅力を感じたことなど無かったが、大人になるとどうだ。
ちょっとそのチープな学生ぽさが変に魅力的だ。
それに手作りって所が萌える。
昔から重い所があるのは自覚してるつもりだが、その手編みという所に妙にグッときてしまった。
時間と労力をかけて作ったもの、その人を思って作ったなら尚更愛の結晶のようでいい。
そこまで考えてやっぱりキモイな、と自己解決。
「手編みって……もう高校生じゃあるまいし、」
はは、っと笑い飛ばした後にちょっぴり考えて、あの子と俺が同級生だったらどんなに良かったか、叶いもしないことを本気で密かに願った。
2023.12.27『手ぶくろ』
「変わらないものは無いってよく言うけどさ、俺はあると思うんだよね。変わらないもの、」
どこかぼんやりした様子で口にした先生の言葉をふと思い出した。
丁度先生に貸してもらっていた近代文学の本を読んでいたせいだろうか。
そうだったらちょっと嬉しい。
私の生活の一部に先生が入り込んでいることが。
「変わらないもの、…」
先生はああ言っていたけどどうだろう。
あ、でもわたしがにんじんを食べられない事は世界がひっくり返っても変わらなそう。
あと先生を好いている気持ち、とか。
「……意外とあるもんだ。世界は案外ロマンチックじゃないなぁ、」
だから言ったじゃないの、と先生の国宝級のドヤ顔が目に浮かんだ。
先生のドヤ顔はやっぱり可愛いけど、会えないと思うとこんな想像ばかりして余計に会いたくなる。
会えない日まで私の心を甘く蝕んできゅーっと苦しくなる。
はやく逢いたい、それも私の一方通行な想いだけど。
少しは先生だって寂しく思ってくれてるといいな、なんて甘い妄想をしながら布団に包まる。
もし、世界がひっくり返って私が他のどんなことを忘れてしまっても、先生を好きな気持ちだけは覚えていたいと頭の片隅でぼんやりと考えた。
2023.12.26『変わらないものはない』
彼女と過ごしたと言ってしまったら語弊が生まれてしまうだろうか。
一緒にケーキを買いに行って準備室でそれはそれは楽しく食べて過ごしたクリスマスイブ。
そんな前日とうって変わってクリスマス当日は当然のように仕事に追われていた。
いくらやっても減らない資料の山に小さくため息をつく。
本当にこれ今年中におわるのかな。無理じゃない?
「んふ、お前大変そうだね珍しく、」
頭の中でグルグルとネガティブなことばかり考えて居たら目の前に紙パックのミルクティーがふってきた。
正確には嫌味とともにだが。(彼はこういう言い方でしか励ませないのを知っているから特段気にもしないが)
「びっくりした……貴方っていつも突然よね」
「俺が突然なんじゃなくてお前がいつもボーッとしてるの。それで?なんでそんなに溜め込んでたのさ、珍しいじゃん」
相変わらずの暴論だ。
いつも俺に無関心な顔をしてるのに急に話しかけて来るんだから、貴方って俺の心臓に悪い。
でもその自分本位な言い方の中に心配という気持ちが含まれている事も俺は知っている。
伊達にこの人のケツを追いかけてない。
「……たまたまだよ。俺だってそういう時ぐらいあるし」
「嘘つけ、何年お前と一緒にいると思ってんの?…まぁ、言いたくないなら別にいいけどさぁ、俺はこれでもお前のこと心配してんの…分かってる?」
「うん…、ありがとう…」
ずっと尊敬していた人にいざ言葉にされるとなんだが気恥ずかしくて目が合わせられない。
恋を知ったばかりの生娘じゃあるまいし。
「じゃあさ今日、飲みに行こうよ。可愛い後輩の話聞きたいなぁ、ねえいいでしょ?」
「…ぁ、はい。もちろん……」
「へへ、やったね!じゃ、それ早く終わらせるんだぞ」
用は済んだのかぴゅーっと風の速さで自分の席に戻ってしまった。
距離を測りかねていた憧れの先輩。
一緒に酒を飲み交わす約束をする日が来るなどあの日の俺は想像もしなかっただろうなぁ。
ひとまず、クリスマス1人の寂しい成人男性の図は回避された事だし山のような資料をどうにかしよう。
積もる話は沢山あるわけだから。
2023.12.25『クリスマスの過ごし方』