江戸宮

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12/9/2023, 1:38:00 PM

「もし明日死ぬとしてどんな風に死にたいですか?」

まるで明日の天気を聞くみたいにサラッと口にした。
覚えたての用語をすぐに乱用するのは小学生のようだが、先生の貸してくれた本の影響なのだからこれぐらい許して欲しい。

「また随分物騒な…死ぬ…。あぁ、昨日の本のこと?」

「そうですっ、で、どうなんです?」

正直ミステリアスな先生の死生観は気になる。
どんな風に生きることを捉えているのかあの本を読んでから知りたくなってしまったのだ。

「そういう貴方は?どうやって死にたいのさ」

かけていた眼鏡を外して優しく机の上に置く。
予想外の質問にワンテンポ返事が遅れてしまう。
そう言われても自分が死ぬ想像などまだできない。
このまま時間が進むなら永遠に生きれる気さえする。

「ぁ…えと……ん~寿命ですかね、無難に」

「まぁ、一般的な答えだね。普通」

つまらないって顔に書いてありますよ。
先生が聞いてきたくせに。なんて可愛くないことは言わないけど。

「私は言いました。先生の聞かせてくださいよっ」

「じゃあひとつ約束して、俺がどんなことを言っても引かないって」

「わ、分かりました…引きません」

先生のつめたい小指が私の小指にきゅっと絡まる。
絡ませた指先は氷のようにつめたく私の熱が奪われてゆく
約束、と小さく口にした先生は内緒話をするみたいに声のトーンを一段階落として、言った。

「俺はねぇ…好きな人と心中したいの。その人が望むならどんな死に方でも受け入れるよ。よく死ぬ迄一緒って言葉があるでしょう?でも俺は死んでからも好きな人と一緒に居たいなぁって…ぁ、引いてる?」

「い、いえ引いてません。全然これっぽっちも」

「ほぉら、やっぱりこうなるじゃない。完全に引いてる反応なのよそれは。…そんな貴方にこれをオススメしてあげる、はい」

ぱっと繋がった手を離した先生は積み上がった本の山から1冊の本を取り出した。

「人間失格…、」

「その中で着物の帯で2人を縛って心中する描写があるんだけどそれが俺の理想。まぁでも現代に帯なんて少ないだろうし手なんか繋いでさ、死んでも一緒ってね」

「へぇ…先生って案外ロマンチストなんですね」

「あ、ありがとう…?」

曖昧な言葉を繋いで誤魔化した。
だって一瞬でも、最後まで先生と人生を共に出来たらどれだけ幸せか想像してしまったから。
先生の最後の記憶に残るのが私だったらいいのに。


2023.12.9『手を繋いで』

12/9/2023, 12:33:12 AM

「前から思ってたんだけど出会いはいつ?入ってからだよね?」

「ん~まぁそうといえばそうなんだけどさ~」

「え、なになに!?違うの!?」

お弁当の中の卵焼きを箸でつまんで先生との出会いを思い出した。
先生と私の出会いはとても衝撃的なものだった。

「ここの道は……右だったっけ、」

自分の生活圏内とは少し離れた高校を選択した私は通学にとても困った。
なぜなら私が生粋の方向音痴だからである。
前日にあんなに道を確認したのに……!と思いつつ、無慈悲にも時間は進む。
初日に遅刻なんて本当にやばい。やばすぎる。不良?
良くない言葉が頭をぐるぐる回っていると、余程重大に見えたのか若い男の人が声をかけてくれた。

「あの……大丈夫ですか?どこか具合でも…、」

恐る恐るといった様子で声を掛けてくれた人こそ先生だ。
一目見た瞬間先生が好きだった。
一目惚れとか恋ってこういう事なんだと初めて知った日だった。

「あっ!あの!いや……迷子に、なってしまって……」

こんな年になって迷子、笑われてしまうだろう。
そう思うと恥ずかしくて最後の方は聞き取れたか分からない。

「なるほど。学校に行けばいいんだよね?」

「は、はい!」

「じゃあ連れて行ってあげる。俺の目的地もそこだし、」

「え、先生…ってことですか、え」

「まぁ、そうなるかな。……ぁ、やべ、急がないと俺も遅刻する……急ぐよ!」

そこからは全力疾走だ。
スーツから繰り出される速さと思えないほど先生は走るのが早かった。
足を懸命に動かしてなんとか先生について行く。

「ま、間に合った……!」

全力疾走のお陰か5分前には校門に着くことができた。
初日から遅刻の不良というレッテルは貼られずに済みそうだ。

「本当にすみませんでした……!迷惑をかけてしまって」

「迷惑なんて決めつけないで。どうせなら喜んでよ、ね?」

「あ、ありがとうございます…、?」

「うん、それでよし!じゃあ学校生活楽しんでね」

「はい!ありがとうございました」

これから学校生活、もう楽しみでしかない。
だって先生と過ごせるんだ。どうしよう、世界で一番幸せかもしれない。

「…ぃ、おーい!まぁた妄想の世界に行っちゃった?」

「先生やっぱり運命だ……」

「はいはい、」


2023.12.8「ありがとう、ごめんね」

12/7/2023, 2:16:13 PM

部屋の隅に高く積まれた本たち。
そのジャンルは様々で、話題の作家の代表作や頭を捻っても分からない漢字を組み合わせた名前の人が書いたこれまた四字熟語みたいな題名の本があった。
ペラペラとページを捲ってみるが何一つ分からない。

「貴方そんな本読まなそうなのに…好きなの?」

自然と上目遣いになる先生が可愛い。
クルクルと回転する椅子に座ったまま私の顔を覗き込んでくる姿には胸が打たれた。

「い、いえ、まったく…今だってパラパラ捲ったら文字が多すぎてびっくりです。先生は好きですか?これ、」

「ふふ、そうだなぁ。俺も文字がいっぱいで無理かも、」

くすりと笑って先生は私の手から本を取り上げた。
隅々まで手入れの行き通った指先が日に焼けた本を掴む。

「死を考える事はよりよく生きることである」

先生のよくとおる声が本の中の1文を読み上げる。

「死を?いきる…?」

「つまり、死ぬ事と生きる事を切り離して考えることはできないってことだよ。君には少し難しかったかなぁ?」

挑発的な表情を浮かべる先生も可愛いがやられっぱなしはなんだか悔しい。

「じゃあその本、借してください!読みますから!」

そんなに怒らないでよ、とにやにやわらった先生は私の手のひらにぽん、と本を置いた。
その上にはゴッホのひまわりを象った金色の栞。
これは先生の私物だろう。キラキラのひまわりが眩しい。

「特別授業ってことで感想文でも提出してもらおうかな」

先生が口にしたトクベツという言葉は舌の上で転がすには妙に甘ったるかった。


2023.12.7『部屋の片隅で』

12/6/2023, 2:05:29 PM

まだ冬もはじめのほうだというのに毎日だんだんと冷え込みが酷くなっている気がする。
最近はベットから抜け出すのも一苦労だ。
朝玄関をあけてはっと息をつくとふわりと広がる白い息。
冬の始まりのこの時期も私は嫌いでは無い。


この時間、この場所。朝から先生に会える冬は好きだ。
いつもは車なのに運転が怖いという理由で徒歩通勤の先生に偶然を装って挨拶するまでが一連の流れ。
ストーカーなどでは無い…たぶん、…断じて。違うよね?

ずっと前を歩く先生の姿を見つける。見間違うはずがない
軽くセットされたふわふわの黒髪と暗い色のコートは先生の可愛さとかっこよさを存分に引きたてている。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、と誰かが言ったがその言葉は先生のためにあるのでは?

「せんせぇ~!!!」

めいっぱいの大声をだして呼び止める。
脚をとめてふわりと振り返る動作をした先生は私を見つけるとにこりとわらって手を振ってくれる。
まるでカップルみたいだ。完全に私の片思いだが。

「おはよう、貴方は朝から元気だね」

「おはようございますっ、先生に会えたからですよ」

「はいはい、まぁたそんなこといって」

呆れたような表情を浮かべているが口元だけは緩んでいるのがわかる。
口角があがっている先生はさながらわんこで愛くるしい。

「ねぇ、貴方は車って怖いと思わない?」

突然な話の振り幅に驚くがこれが先生の平常運転だ。
運転したことは無いから先生の感覚は分からないが、色々操作をしたり難しいんだろうなぁと予想ぐらいはつく。

「免許が無いので分かりませんけど、難しいそうだな~ってイメージぐらいは、そんなに怖いんですか?運転、」

「だって、車が逆さまになっちゃったら怖いじゃない」

「さ、逆さま…?車が?」

「うん、逆さま。こうさ、くる~っと一回転?」

先生、一回転しちゃったら逆さまじゃないですよ。
そんな野暮なことは言わない。
身振り手振りを付けながら私に何とか逆さまを説明しようとする先生は飛び切りに可愛いから。

「そうですね、逆さまになったら怖いですし、この調子でずっと徒歩通勤お願いします」

「なんか貴方俺の事馬鹿にしてない!?」


2023.12.6『逆さま』

12/5/2023, 2:07:54 PM

寝てもさめても、はたまた眠れないほど夢中になるような相手に生まれてこのかた出会ったことがない。
学生時代は教室のすみで勉強ばかりしていたせいかこの歳になっても恋愛というものには無縁だ。
教師という職業についているのだから、自分を好いてくれる生徒はもちろん可愛いとは思うが。
恋愛対象かと言われればそれは別。それはそれ、これはこれというやつだ。

「なぁんで俺なのかねぇ…」

淹れたてのコーヒーを一口飲んで校庭に目をやる。
元気に走り回る生徒の中でも一際楽しそうに走っている女の子。
毎日欠かさずに俺の所に来てくれるものだから遠くからでもすぐに分かってしまう。
俺と話していたって楽しくもなんともないだろうに彼女は俺の一言一句を聞き逃すまいとやけに真剣な表情で、俺のやたら長い話を聞いてくれる。
俺も変わり者だと思うが俺なんかを好いてくれる貴方も相当変わり者ね、などと至極失礼なことを考えながらコーヒーをあおった
俺もいい歳なんだ。
26はもうおじさんの部類に入るのかもしれない。
そろそろ眠れないほど頭を悩ませるような相手に一度は出会いたいものだ。


2023.12.5『眠れないほど』

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