「先生、今日もかっこいいですっ」
「なぁに突然。貴方普段俺にそんなこと言わないじゃない」
授業が終わって廊下を歩く先生の周りをぴょんぴょんと跳ねながらついてまわる。
先生も満更でも無さそうに頬を染めて困ったように頬をかく。
そんな反応されたら期待してしまう。
「言わないだけでいつも思ってますよ?」
「…あんまり大人をからかうんじゃありません」
咎めるような言い方に変わったあとおでこにちょんと優しく先生の指先がふれる。
普段テキパキと綺麗な丸をつける指先が私に触れた。
突然の事におでこを抑えてあ、とかうぅ…なんて情けない声が出る。
「まぁでも、貴方に褒められて悪い気はしないね。」
去り際に振り向いてボソリと呟いた。
廊下は授業が終わって教室から出ている生徒で騒がしかったが、私が先生の声を聞き間違えたり、逃すはずがない。
「せ、せんせい…っ!!」
先生に手を伸ばすがどんどん意識が遠のく。
代わりにピピピ…とぼんやり聞こえていた電子音がどんどんはっきりと聞こえるように。
ふっと浮上した意識のなか寝起きから頭は先生のことでいっぱいだった。
「かっこいい、って言ってみようかな…」
2023.12.4『夢と現実』
「先生!私に帰る時さよならって言うのやめてください」
ドアを開けて先生の顔を見るやいなやそう言い放った私に先生は面食らったような表情を浮かべている。
訳が分からないって顔に書いてありますよ、と声に出してあげたいぐらいには。
「あ~えっと、とりあえず中入りな?寒かったね、」
唐突に変なことを宣った私にも先生はいつも通り優しい。
丁度職員室に用があって渡り廊下を歩いてきたからか、スカートから覗く足が氷のように冷たくなっていた。
「脚真っ赤だよ。ストーブだけじゃ寒いよね。ブランケット良かったらつかって、」
さらっと私の話流そうとしてます?なんて可愛くない言葉が口から出そうになったが、先生の可愛くて嬉しい気遣いを前にしたらそんな言葉は吹っ飛んだ。
可愛いうさぎ柄で先生がこれを普段使ってるのを想像したら妙に可愛くて口元が緩む。
わんこみたいな先生とうさぎって可愛いの過剰摂取だ
「そうは言っても下校時間まであと5分ぐらいか。女の子なんだからちゃんと暖かくしないとダメだよ?脚なんて見てるだけで寒そう」
「寒いけど可愛さは大事じゃないですか、」
「えぇ~?おじさんには理解できないなぁ」
おじさんって呼ぶにはまだ早いです、などど話していると下校を促す放送が流れる。
気をつけて帰りましょう、さよならと言って放送は終わった。
「さよなら、ってなんだかかなしい感じがしません?もう会えないみたいな雰囲気で、」
「なるほど、君はさよならにそんな意味を見出すんだ。じゃあSee you later alligator.ってのはどう?」
「しーゆーれいたーありげーたー…?ワニ…?」
「直訳するとワニさんまた後でねって意味なんだけど日本で言うとダジャレみたいなもんだよ。その返事にln a while crocodile.って返すんだ。」
「なんだか可愛いくて気に入りました。先生と私の秘密ですねっ、」
ワニでもなんでも先生との秘密が嬉しくてたまらない。
「先生!See you later alligator.」
「ln a while crocodile.」
流暢な英語でそう言って笑う先生はたしかにうさぎよりも可愛かった
2023.12.3『さよならは言わないで』
先生の隠れ家である準備室に駆け込んでもう10分が経つ。
この時間の先生は小テストの採点をしているか私との雑談に花を咲かせているかなのに今日は読書か。
自分事を特別可愛い、だなんておこがましいことは一度も思ったことは無いけれど、可愛い生徒をほっといて読書なんて流石に酷いと思いません?
そんな先生が面白くなくて、少しでも先生の気を自分に向けたくて、先生が読んでいる本の中の一節を読み上げた。
「貴方、天国ってあると思う?」
「…君もこれ読んだことあるんだ。こういうの読まなそうなのに」
私の一言で先生に言いたいことは伝わったようで綺麗な顔でクシャッと笑って私をからかう。
あぁ、そんな仕草まで好きだ。さっきまでのモヤモヤは嘘のように晴れる。
「そうだねぇ、天国があるなら地獄もあるだろうし…逆に言うなら天国がないなら地獄もないんじゃない?俺個人としてはない方が面白そうだけど」
読みかけの本の表紙を撫でながらそう呟く。
「…じゃあ天国と地獄の狭間は?あると思いますか?」
「…君は随分変なことを考えるんだねぇ」
そうだなぁ、と少し考える素振りを見せた先生はすぐに何かいい考えでも思いついたのか口元をゆるりと緩ませた
「俺もあると思うよ。例えば光と闇。じゃあその間の色は?灰色かな。光でも闇でもどっちでもない色。だから天国と地獄その間もあるんじゃない?……ちょっと無茶苦茶かな、?」
ふふ、と笑った先生はまた口をひらく。
「じゃあ今度は君に質問。天国と地獄の狭間、そこには何があるのかな。君は知ってる?」
「…行ってみないことには分かりませんから、一緒に行きますか?」
「君はやっぱり面白いなぁ。でも心中相手はよく考えた方がいいと思うよ」
2023.12.2『光と闇の狭間で』
「先生〜!…っ、」
いつもの時間のいつもの準備室。いつもならこうやってドアを開けるだけで、先生が声をかけてくれるはずなのに。
とうの本人は丸つけの途中だったのか赤ペンを握りしめたまま夢の世界だ。
珍しいこんな気の抜けたような先生。
せっかくの機会だし写真の1枚でもとってやろう。
パシャ、と乾いた音が室内に響く。
どうか先生が起きませんように。そう祈りながら
「…風邪、ひいちゃいますよ」
誤魔化すように呟いた言葉は届いているだろうか。
伸ばした指先は先生にはやっぱり届かない。
あと1センチ、手を伸ばせたらな。
2023.12.1『距離』
「涙って色のない血液って話知ってる?」
くるくると真っ白の指先で赤ペンを遊ぶ先生はこんな姿でも様になってしまうからくやしい。
普段は大人しい先生の唯一素が見れる時間。
「血……透明なのにですか?」
「そう、人間って不思議だよね。あ、2番間違ってる」
ぐっと顔の距離が縮まってバクバクと心臓が嫌な音を立てる。
近くで見れば見るほど先生の魅力に惹かれる。
もちろん好きなのは顔だけでは無いのだが。
「じゃあ泣いてる時は怪我してる時と一緒なんですね」
「うん、そうなるね。心も一緒で怪我をするんだよ、…ただ涙を流す場所が違うだけで。」
「じゃ、じゃあ泣いてる人になんと声をかけるのが正解なんでしょうか」
「……適当な言葉をかけてしまうぐらいなら声をかけないのが正解だよ。慰めるのは簡単じゃないからね」
あんまり悲しそうに先生が笑うから後先考えずに口が動いた。
手に握っていたペンを投げて先生の手を掴む。
「先生、私!先生が泣きそうな時は絶対に慰めますから!」
「……なぁにそれ、…じゃあその時までに『泣かないで』に変わる言葉を探しておいてくれるかな、」
2023.11.30『泣かないで』