江戸宮

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12/7/2023, 2:16:13 PM

部屋の隅に高く積まれた本たち。
そのジャンルは様々で、話題の作家の代表作や頭を捻っても分からない漢字を組み合わせた名前の人が書いたこれまた四字熟語みたいな題名の本があった。
ペラペラとページを捲ってみるが何一つ分からない。

「貴方そんな本読まなそうなのに…好きなの?」

自然と上目遣いになる先生が可愛い。
クルクルと回転する椅子に座ったまま私の顔を覗き込んでくる姿には胸が打たれた。

「い、いえ、まったく…今だってパラパラ捲ったら文字が多すぎてびっくりです。先生は好きですか?これ、」

「ふふ、そうだなぁ。俺も文字がいっぱいで無理かも、」

くすりと笑って先生は私の手から本を取り上げた。
隅々まで手入れの行き通った指先が日に焼けた本を掴む。

「死を考える事はよりよく生きることである」

先生のよくとおる声が本の中の1文を読み上げる。

「死を?いきる…?」

「つまり、死ぬ事と生きる事を切り離して考えることはできないってことだよ。君には少し難しかったかなぁ?」

挑発的な表情を浮かべる先生も可愛いがやられっぱなしはなんだか悔しい。

「じゃあその本、借してください!読みますから!」

そんなに怒らないでよ、とにやにやわらった先生は私の手のひらにぽん、と本を置いた。
その上にはゴッホのひまわりを象った金色の栞。
これは先生の私物だろう。キラキラのひまわりが眩しい。

「特別授業ってことで感想文でも提出してもらおうかな」

先生が口にしたトクベツという言葉は舌の上で転がすには妙に甘ったるかった。


2023.12.7『部屋の片隅で』

12/6/2023, 2:05:29 PM

まだ冬もはじめのほうだというのに毎日だんだんと冷え込みが酷くなっている気がする。
最近はベットから抜け出すのも一苦労だ。
朝玄関をあけてはっと息をつくとふわりと広がる白い息。
冬の始まりのこの時期も私は嫌いでは無い。


この時間、この場所。朝から先生に会える冬は好きだ。
いつもは車なのに運転が怖いという理由で徒歩通勤の先生に偶然を装って挨拶するまでが一連の流れ。
ストーカーなどでは無い…たぶん、…断じて。違うよね?

ずっと前を歩く先生の姿を見つける。見間違うはずがない
軽くセットされたふわふわの黒髪と暗い色のコートは先生の可愛さとかっこよさを存分に引きたてている。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、と誰かが言ったがその言葉は先生のためにあるのでは?

「せんせぇ~!!!」

めいっぱいの大声をだして呼び止める。
脚をとめてふわりと振り返る動作をした先生は私を見つけるとにこりとわらって手を振ってくれる。
まるでカップルみたいだ。完全に私の片思いだが。

「おはよう、貴方は朝から元気だね」

「おはようございますっ、先生に会えたからですよ」

「はいはい、まぁたそんなこといって」

呆れたような表情を浮かべているが口元だけは緩んでいるのがわかる。
口角があがっている先生はさながらわんこで愛くるしい。

「ねぇ、貴方は車って怖いと思わない?」

突然な話の振り幅に驚くがこれが先生の平常運転だ。
運転したことは無いから先生の感覚は分からないが、色々操作をしたり難しいんだろうなぁと予想ぐらいはつく。

「免許が無いので分かりませんけど、難しいそうだな~ってイメージぐらいは、そんなに怖いんですか?運転、」

「だって、車が逆さまになっちゃったら怖いじゃない」

「さ、逆さま…?車が?」

「うん、逆さま。こうさ、くる~っと一回転?」

先生、一回転しちゃったら逆さまじゃないですよ。
そんな野暮なことは言わない。
身振り手振りを付けながら私に何とか逆さまを説明しようとする先生は飛び切りに可愛いから。

「そうですね、逆さまになったら怖いですし、この調子でずっと徒歩通勤お願いします」

「なんか貴方俺の事馬鹿にしてない!?」


2023.12.6『逆さま』

12/5/2023, 2:07:54 PM

寝てもさめても、はたまた眠れないほど夢中になるような相手に生まれてこのかた出会ったことがない。
学生時代は教室のすみで勉強ばかりしていたせいかこの歳になっても恋愛というものには無縁だ。
教師という職業についているのだから、自分を好いてくれる生徒はもちろん可愛いとは思うが。
恋愛対象かと言われればそれは別。それはそれ、これはこれというやつだ。

「なぁんで俺なのかねぇ…」

淹れたてのコーヒーを一口飲んで校庭に目をやる。
元気に走り回る生徒の中でも一際楽しそうに走っている女の子。
毎日欠かさずに俺の所に来てくれるものだから遠くからでもすぐに分かってしまう。
俺と話していたって楽しくもなんともないだろうに彼女は俺の一言一句を聞き逃すまいとやけに真剣な表情で、俺のやたら長い話を聞いてくれる。
俺も変わり者だと思うが俺なんかを好いてくれる貴方も相当変わり者ね、などと至極失礼なことを考えながらコーヒーをあおった
俺もいい歳なんだ。
26はもうおじさんの部類に入るのかもしれない。
そろそろ眠れないほど頭を悩ませるような相手に一度は出会いたいものだ。


2023.12.5『眠れないほど』

12/4/2023, 1:04:21 PM

「先生、今日もかっこいいですっ」
「なぁに突然。貴方普段俺にそんなこと言わないじゃない」

授業が終わって廊下を歩く先生の周りをぴょんぴょんと跳ねながらついてまわる。
先生も満更でも無さそうに頬を染めて困ったように頬をかく。
そんな反応されたら期待してしまう。

「言わないだけでいつも思ってますよ?」
「…あんまり大人をからかうんじゃありません」

咎めるような言い方に変わったあとおでこにちょんと優しく先生の指先がふれる。
普段テキパキと綺麗な丸をつける指先が私に触れた。
突然の事におでこを抑えてあ、とかうぅ…なんて情けない声が出る。

「まぁでも、貴方に褒められて悪い気はしないね。」

去り際に振り向いてボソリと呟いた。
廊下は授業が終わって教室から出ている生徒で騒がしかったが、私が先生の声を聞き間違えたり、逃すはずがない。

「せ、せんせい…っ!!」

先生に手を伸ばすがどんどん意識が遠のく。
代わりにピピピ…とぼんやり聞こえていた電子音がどんどんはっきりと聞こえるように。
ふっと浮上した意識のなか寝起きから頭は先生のことでいっぱいだった。

「かっこいい、って言ってみようかな…」


2023.12.4『夢と現実』

12/3/2023, 2:38:44 PM

「先生!私に帰る時さよならって言うのやめてください」

ドアを開けて先生の顔を見るやいなやそう言い放った私に先生は面食らったような表情を浮かべている。
訳が分からないって顔に書いてありますよ、と声に出してあげたいぐらいには。

「あ~えっと、とりあえず中入りな?寒かったね、」
唐突に変なことを宣った私にも先生はいつも通り優しい。
丁度職員室に用があって渡り廊下を歩いてきたからか、スカートから覗く足が氷のように冷たくなっていた。

「脚真っ赤だよ。ストーブだけじゃ寒いよね。ブランケット良かったらつかって、」

さらっと私の話流そうとしてます?なんて可愛くない言葉が口から出そうになったが、先生の可愛くて嬉しい気遣いを前にしたらそんな言葉は吹っ飛んだ。
可愛いうさぎ柄で先生がこれを普段使ってるのを想像したら妙に可愛くて口元が緩む。
わんこみたいな先生とうさぎって可愛いの過剰摂取だ

「そうは言っても下校時間まであと5分ぐらいか。女の子なんだからちゃんと暖かくしないとダメだよ?脚なんて見てるだけで寒そう」

「寒いけど可愛さは大事じゃないですか、」

「えぇ~?おじさんには理解できないなぁ」

おじさんって呼ぶにはまだ早いです、などど話していると下校を促す放送が流れる。
気をつけて帰りましょう、さよならと言って放送は終わった。

「さよなら、ってなんだかかなしい感じがしません?もう会えないみたいな雰囲気で、」

「なるほど、君はさよならにそんな意味を見出すんだ。じゃあSee you later alligator.ってのはどう?」

「しーゆーれいたーありげーたー…?ワニ…?」

「直訳するとワニさんまた後でねって意味なんだけど日本で言うとダジャレみたいなもんだよ。その返事にln a while crocodile.って返すんだ。」

「なんだか可愛いくて気に入りました。先生と私の秘密ですねっ、」

ワニでもなんでも先生との秘密が嬉しくてたまらない。
「先生!See you later alligator.」
「ln a while crocodile.」

流暢な英語でそう言って笑う先生はたしかにうさぎよりも可愛かった


2023.12.3『さよならは言わないで』

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