先生の隠れ家である準備室に駆け込んでもう10分が経つ。
この時間の先生は小テストの採点をしているか私との雑談に花を咲かせているかなのに今日は読書か。
自分事を特別可愛い、だなんておこがましいことは一度も思ったことは無いけれど、可愛い生徒をほっといて読書なんて流石に酷いと思いません?
そんな先生が面白くなくて、少しでも先生の気を自分に向けたくて、先生が読んでいる本の中の一節を読み上げた。
「貴方、天国ってあると思う?」
「…君もこれ読んだことあるんだ。こういうの読まなそうなのに」
私の一言で先生に言いたいことは伝わったようで綺麗な顔でクシャッと笑って私をからかう。
あぁ、そんな仕草まで好きだ。さっきまでのモヤモヤは嘘のように晴れる。
「そうだねぇ、天国があるなら地獄もあるだろうし…逆に言うなら天国がないなら地獄もないんじゃない?俺個人としてはない方が面白そうだけど」
読みかけの本の表紙を撫でながらそう呟く。
「…じゃあ天国と地獄の狭間は?あると思いますか?」
「…君は随分変なことを考えるんだねぇ」
そうだなぁ、と少し考える素振りを見せた先生はすぐに何かいい考えでも思いついたのか口元をゆるりと緩ませた
「俺もあると思うよ。例えば光と闇。じゃあその間の色は?灰色かな。光でも闇でもどっちでもない色。だから天国と地獄その間もあるんじゃない?……ちょっと無茶苦茶かな、?」
ふふ、と笑った先生はまた口をひらく。
「じゃあ今度は君に質問。天国と地獄の狭間、そこには何があるのかな。君は知ってる?」
「…行ってみないことには分かりませんから、一緒に行きますか?」
「君はやっぱり面白いなぁ。でも心中相手はよく考えた方がいいと思うよ」
2023.12.2『光と闇の狭間で』
「先生〜!…っ、」
いつもの時間のいつもの準備室。いつもならこうやってドアを開けるだけで、先生が声をかけてくれるはずなのに。
とうの本人は丸つけの途中だったのか赤ペンを握りしめたまま夢の世界だ。
珍しいこんな気の抜けたような先生。
せっかくの機会だし写真の1枚でもとってやろう。
パシャ、と乾いた音が室内に響く。
どうか先生が起きませんように。そう祈りながら
「…風邪、ひいちゃいますよ」
誤魔化すように呟いた言葉は届いているだろうか。
伸ばした指先は先生にはやっぱり届かない。
あと1センチ、手を伸ばせたらな。
2023.12.1『距離』
「涙って色のない血液って話知ってる?」
くるくると真っ白の指先で赤ペンを遊ぶ先生はこんな姿でも様になってしまうからくやしい。
普段は大人しい先生の唯一素が見れる時間。
「血……透明なのにですか?」
「そう、人間って不思議だよね。あ、2番間違ってる」
ぐっと顔の距離が縮まってバクバクと心臓が嫌な音を立てる。
近くで見れば見るほど先生の魅力に惹かれる。
もちろん好きなのは顔だけでは無いのだが。
「じゃあ泣いてる時は怪我してる時と一緒なんですね」
「うん、そうなるね。心も一緒で怪我をするんだよ、…ただ涙を流す場所が違うだけで。」
「じゃ、じゃあ泣いてる人になんと声をかけるのが正解なんでしょうか」
「……適当な言葉をかけてしまうぐらいなら声をかけないのが正解だよ。慰めるのは簡単じゃないからね」
あんまり悲しそうに先生が笑うから後先考えずに口が動いた。
手に握っていたペンを投げて先生の手を掴む。
「先生、私!先生が泣きそうな時は絶対に慰めますから!」
「……なぁにそれ、…じゃあその時までに『泣かないで』に変わる言葉を探しておいてくれるかな、」
2023.11.30『泣かないで』
うだるほどの暑さから早く開放されたいなどと安価なアイスをかじりながら考えていた今年の夏。だのに、季節はあっという間に過ぎ去り、寒さが押し寄せれば逆にあの暑ささえ恋しくなってしまうのだから不思議だ。
だからといって、ここで早く春よ来い、と宣ってしまえばそれは何だか季節に翻弄されているようでくやしい。
どうせなら楽しんでしまわなければ。幸いにも冬を楽しむ先人の知恵があるのだから。
2023.11.29『冬のはじまり』