あやや

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1/13/2024, 8:22:34 PM

夢を見ていたい。ぬるま湯のような夢、苦しみのない夢、辛さのない夢、全てが安寧に沈み進む夢。
だけれど、そんな夢が実際存在するものだろうか。人は寿命100年で、それを駆けていく存在だ。正に駆けていく。高い知性を持ったが故に考えることは多く、そして思考に費やす時間は否応無しに、私たちを駆けさせる。
夢が、人の記憶から構成されるものだとするなら、駆け抜ける我々の夢というのはいつも歩くことはなく、いつも息切れしそうな苛烈さの中にある。
安寧に浸る夢など、ない。
しかし、あると思いたいのが人というもので、あるというのなら、それは私が記憶していないだけだ。単なるそれだけだ。安穏は素晴らしいが記憶に残りにくく、夢という曖昧なものは風に飛ばされるように破れ消えゆく。ならば安穏な夢は、記憶に残るわけもあるまい。
代わりに私たちの脳には楽しかった夢と最悪な夢ばかりが羅列されていく。両極端なそれだけが、脳に夢としてインプットされる。
それは悲しいことだ。人生と似ているのだ。平穏は記憶に残りにくい。苛烈なことばかりが爪痕を残して、平穏というのがするりと消えていく。
人生は悲しい。平穏という美しいものが消え去っていく。
悲しいなあ。

12/31/2023, 1:35:37 PM

 目を閉じて、しんしんと降る雪を顔面で許容する。まつ毛にだけ雪が積もり、他は体温で溶けて顔が湿って行く。私には血が通っている。生暖かい血が通っている。
 とても寒い土地では、水をばら撒くだけで気体となって消え失せるかのように姿がなくなるのだという。ならば、血をばら撒けばどうなるのだろうか。真っ赤な霧になって、どこかへと旅に出るのだろうか。
 私はなんとなく、それがみてみたい。でも、そんな些細な興味は降り積もっても、春が来た雪のようにいつしか心から消え失せる。些細な興味全てをこの手で叶えられたなら、私は幸せになれそうな気がするのだ。そんな力があったなら、私は幸せな心地で日々を過ごせるような気がするのだ。
 だけれど現実にそうはならなくて、私は今年も無為に年を越して行く。
 私は人間の静脈を全て取り出して、一本にした時の実際を知らない。セーターのほつれを全て解いてみた時の姿を知らない。薄型テレビの中身を知らない。動物の骨を全て抜いた後の肉の姿を知らない。
 きっとこれからも知ることはない。
 だから、些細な興味も叶えられない自分を嘲笑しながら、来年もそうなのだろうと思って、だから別の何かで幸せになれますようにと、私は祈る。
「良い年になりますように」
 些細な興味など全てどうでも良くなるようなしあわせが、私に降り注ぎますように。

12/26/2023, 4:28:16 AM

クリスマスの過ごし方


 閑静なというほど閑静でもない、そんな普通の道路沿いの道の、とある横断歩道で足を止める。雪が降っていた。ホワイトクリスマス。もごもごと口の中だけでつぶやく。
 わたしにはどうにも感情がわからない。正確に言うとなんだか薄すぎて、何にもわからない。
 目に浮かぶ光が薄くて誰もわたしの感情を理解しない。結局のところ、誰も理解できないところが、わたしのこの感情の薄さの1番の厄介なところであった。
 雪が降って、肌につくと溶けていく。しかしマフラーには粒が付いて、触れると冷たい。そんなわたしを通行人が無視し、たまに痛ましそうな目をして、通り過ぎていく。わたしは手に持った花束を、他にも色々供えられたところに一つ置いて、そこを去った。
 しばらく歩いて、路地裏に入る。わたしは立ち止まり、コンコンと空をたたく。一拍おいて、路地裏の光のささない暗さに、異質が混じり、ドアが開くような「キィ」という音がして、眼前に枠が現れる。
 真白い枠、おおよそドアぐらいの大きさであるそれに、わたしは躊躇なく足を通して入る。
 と、そこは先ほどの風景とは全くもって違う。木々の狭間にわたしはいて、冷たい風がザワザワと葉を動かしている。わたしは躊躇わず、木々の間を潜り抜けて進んでいく。
 土を踏み、靴に泥が跳ねる。木に触れるとガサガサとした皮の感覚が伝わる。
 進み続けて3分ほどで、木々に光が遮られた空間から、強い光が一点差し込んでくる。そこが目的地だ。
 光の方へと歩いて、先を見ると、墓石がずらりと並んでいた。墓園だ。各々名前が刻まれて、死を告げている。
 わたしはひょいと木から抜けて墓園に入り、墓石の一つに近づくと、右手に持った紙袋から花束を取り出した。それを墓前に供える。そしてその隣にも、その隣にも、隣の隣にも、隣の隣の隣にも、全ての墓石に花束を置いていく。
 何十個もの墓石へと、明らかに容量の足りない紙袋からそれでも花束は次々と取り出されて供えられていく。一面の灰色に、鮮やかな色彩が侵略する。
 そうして、全ての墓石に花束を供えてわたしはまた、空をたたいた。キィと音がして、また枠が立ち現れる。そうしてわたしは足を差し込んで次へと赴く。紙袋の花束はいつまでもなくならない。



 (ゲ謎を見たんですが多少の影響を受け、クリスマスに花束を各地に供えていく善良人外の話です。感情が薄いなりに善行しようと頑張ってる)
 

12/23/2023, 2:45:40 PM

 注意
 ・めちゃくちゃキモい


 プレゼントをあげようと思う。
 わたしは棚に置いた小さい段ボール箱を取り出して、中身をあらためた。何にも入っていない。当然だ。何にも入っていない状態でここに置いていた。
 次にハサミを取り出して、また箱を覗き込む。底は抜けていない。綺麗とは言い難いが汚すぎるわけでもない。そうして、自分の真っ黒い髪の毛を手のひらで全てとって、ハサミのグリップを開いた。二つ、刃の間に伸ばしていた髪の毛を挟んで——
 ジョキン。
 音を立てて髪が切断されて、ボトボト、ハラハラと箱の中に落ちる。わたしは無駄にするまいというように角度を変えて髪型を色々整えた。
 そうして箱の中身が髪の毛で埋まってしまったので、わたしは段ボールのフタを閉めた。そしてガムテープを何枚か破って、空気が入らないようにきちりと口を止める。
 他には何もしない。差出人だとかを書かない。住所も書かない。
 わたしはその小箱を、戸棚から出した紙袋に入れて、肩から下げた。そして玄関へと向かい、靴を履く。カツカツと確かめるように踵を鳴らし、ドアを開いて、部屋を出る。
 カツカツカツカツ靴音を鳴らしてエレベーターから降りて、マンションから出て、ちょろちょろと人を見かける道を歩いていく。
 ガードレールを隔てている川に目をやって、落ちたらどうなるんだろうと取り止めもないことを考える。しかし落ちたとしても膝まで濡れることさえなく、ただ不快な思いをして、上がる方法に思いを巡らせるだけになるだろう。
 だから、次は落ちてしまった時に上がる方法なんかを考えながら横断歩道を渡った。古い一軒家が何軒もたっていて、そのお向かいの道路はまだ川に沿っている。
 そこを歩きながら、人に助けを求めるだとか、服を破いて縄状にするだとか、くだらないことを考えてみる。
 しかしこの道には自分以外に今は誰も通っていない。辺鄙な感じの道で、面白みのない道だ。結局そういうところが住むには良しなのだろう。
 川に途中で橋がかかっていて、ああここあたりで曲がらなければと思い出した。わたしは車がさほど通らない道を横断歩道などなしで駆け足で渡って、古い一軒家たちの間の道へと進んだ。
 ここからは近いものだ。少し先を行って曲がって、その左手に家がある。
 浮き足立つわけでもないが、寒さに耐えかねて駆け足で道を曲がった。すぐ家が見えてくる。綺麗めの一軒家だ。
 わたしはその家の前に立つと、表札の下にあるインターホンを押す。
 ぴんぽーん……
 返答はなく、ただかちゃりとドアの鍵を開ける音がして、わたしはドアへと寄った。ノブを回してドアを開けると、例年の通りその人がいた。部屋の中からは暖房の暖かい空気が流れてわたしの顔を撫で、そのせいで余計に風の当たらない下半身が寒く思えた。
 その人はわたしの姿をみとめて頬を緩ませ、紙袋を見た。
「いつもありがとう」
 その人がそう言ったので、わたしは気にすることはない、これはただのプレゼントだ、だとかそんな類のことを言った。
「一つ今いただいても?」
 もちろん。ただ、ガムテープを外さなきゃダメですよ。
「もちろん構わないよ。じゃあいただくね」
 その人はもはや無遠慮に段ボールのガムテープをベリベリと剥がして、中をぱかりと開けて、中の髪の毛を数本摘み上げた。
 そしてそれを開いた口の中に迎え入れる。十数回の咀嚼の後ごくんと喉仏が動いて、つまり髪の毛を飲み込んだのだとわかる。
「ああ、やっぱりクリスマスはこれがなきゃね」
 喜んでもらえるとやはり贈った側も嬉しいというもの。顔が綻んで、にこりと笑ってしまう。
「せっかくだし、君もうちで夕食はどう?」
 それはいいですね、じゃあお邪魔します。
「いえいえ、遠慮せず」


“プレゼント”

めちゃくちゃキモいよな ごめんなさい
 

8/20/2023, 12:32:49 AM

 白み始める空が、眩しかった。陽が昇り、世界を照らして、この砂漠の藍色に染まった砂は美しい黄土色へと姿を変える。しかし白み始めのこの時だけは、砂は藍色を影として、白色を光りの当たる部分として立ち現れる。
 なだらかに波を描くその一帯は、海のように、母たる土地のように、目いっぱいを埋め尽くし、人間を圧倒する。
 ああ、ここは美しい地。神秘の地。人を圧倒し、上から踏みつける神の地。
 人はそれを侵害し、木の棒で「ここからは僕のだ」と主張する子供のように、集落を作った。そこで幾人もが不幸に死に行き、幾人もが寿命を全うする。
 
 少女はその集落の、神の膝で過ごす人間のうちの1人だった。
 白み始める空を家族と共に見て、生きるためにと働き、稀に来る雨に神の慈悲だと頭を垂れた。
 穏やかな地だ。幾人が死のうとも、荒涼とした地が広がっていれど、それは安寧であった。繰り返す日々、笑い合える誰かがいること、飽和しているのに何かが足りぬ感覚。全てが安穏だった。
 少女はその安穏から、足を抜いてしまうことを選んだ。彼女はただ、太陽を見たかった。上から少女を照らす美しきそいつを、少女はその目で見つめ、その美しさに打ちひしがれたかった。その美しさを間近で見て、人生の最高を経験したかった。
 全ての制止を振り払い、全ての批判を退けてみせ、彼女は持てるだけを持って、その平穏を後にした。
 
 それから旅を続けている。飢餓に喘ぐ。脱水に悶える。それでも太陽を見たい。昇りゆく太陽、沈みゆく太陽、その太陽に触れられるのならば、それはどれだけの幸福なのだろうか?
 夢をみる。夢を抱えて少女は、今日も荷物を抱えて、砂漠を歩き始めた。
 太陽に向かって。

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