※ファンタジーっぽい
露天で飾られていたガラス玉があまりに綺麗に透き通っているもので、アリスはそれをまじまじと見つめた。それは、おおよそアリスの爪2個分ぐらいの大きさで、アリスの幼さなんかも考えると、大きさは大したことがない。
ただ、ガラス玉は露天で敷かれた布を真っ直ぐ貫くように透明だった。何人かの子供がその透明なのを見て羨ましそうに見つめたのだけれど、親に連れられてそのまま去っていった。値札を見てみると、多分普通のガラス玉の倍ぐらいするもので、子供のおもちゃにするにしても、少々高価なのが子供達が買えない理由なんだろう。
ガラス玉というのは子供にとって、定番のおもちゃらしい。もちろん、間違って飲み込んでしまったり、割ってしまったりがあるから、子供の中でも年長の子が集めるのだそうだけど。アリスはそんなものを全く見たことがなかったので、ガラス玉一つにも過剰に反応してしまう。
アリスがガラス玉というのを知ったのは、ちょっと前のことだ。アリスはスラム街にいた貧相な子供で、ガラス玉なんか売っているはずもない。ただ、彼は見目が良くて、人売りに拐かされかけた。そこを彼女が——
「アリス、それ欲しいの?」
——サシャが、助けてくれたのだ。
サシャはアリスがじいっとガラス玉を見ているのに気づいても、他の子供の親のように手を引っ張って連れて行こうとしなかった。それは、サシャが全くアリスの親なんかじゃないからかもしれない。または、アリスがわがまま一つ言わない、おとなしい子供だったからかもしれない。
いや、単純に彼女が優しいのが一番の理由だろう。アリスは彼女を見上げる。彼女の手はアリスの手に繋がれていて、その感触が伝わる。少し冷たい、白魚のように傷ひとつない手。それがなにより心地いい。
彼女に助けられてからというもの、アリスはサシャの存在に幸せを感じない時はない。サシャはまさに雪のように白い。髪も、肌も、服も。目だけが真っ青で、それがまた美しい。存在全てが眩いほどうつくしいので、アリスは助けられて最初、口もまともに聞けなかった。自分が下賤で、言葉一つで汚してしまう気がしたのだ。
数ヶ月経って、彼女は今までずっとアリスと時を過ごしている。アリスはゆっくりと彼女に慣れ、その美しさを見ても以前ほど尻込みはしなくなった。それこそ、手をつなげるぐらいには
「遠慮しなくていいよ」
彼女がそう言って、ずっとサシャを見つめていたアリスの頭を撫でた。口から「ふに……」なんて気の抜けた声が転げ落ちて、少し赤面。サシャの前で情けない姿を見せたくないのに。
「待ってて」
頭から手を離して、彼女は露天に近づく。背に負った鞄の中から財布代わりの包みを出して、店主に話しかけていた。
「これ、一つください」
普通のガラス玉の2倍する値を見たはずなのに、全く躊躇なく彼女は金を渡した。
彼女は達観した雰囲気があるのだけれど、見た目からは年齢が14歳だろうと予測できた。そんな彼女が、弟(だと思われているらしい)のためにガラス玉を買おうとしているのが店主にはいじらしく見えたのだろう。店主は一つガラス玉を手に取ったサシャの掌の上に、もう一つを載せた。
「じゃあ、もう一つあげよう。サービスね」
「えっ……いいんですか?」
「いいよいいよ、お嬢さん綺麗な子だしね。弟さんとお揃いにしなさい」
その優しげな言葉ににこりと嬉しそうに微笑んで、彼女は少しお辞儀をする。その微笑みはきっと、ガラス玉にも映っているのだろう。
サシャは落とさないように、大事にガラス玉を持ち直して、アリスの元に戻ってきた。
「ほら、一つ取って。お揃いにしよう」
二つ並んだガラス玉のうち、一つを手に取る。ちょこんとつまむように。自分の手で、ガラス玉が汚れるのが嫌だったから。
サシャもアリスと同じように、つまむようにガラス玉を取る。それを、彼女は日にかざして、透明なガラスの向こうを覗いている。
「アリスも、日にかざしてみて。とっても綺麗だから」
「は、はい」
アリスもならって、ガラス玉を通して日を見てみる。指が太陽に照らされてちょっと熱いけど、構わず見てみる。日が反射してきらきら光って、とても眩しい。でも、眩しくて、綺麗だった。
サシャはそのガラス玉が日を弾くのが気に入ったようで、幸せそうに頬を緩めて、ガラス玉をずっと見ていた。
たまに子供っぽいところがある。アリスはそんなところも、サシャが美しい所以な気がした。ある種の少女性。
いつのまにかアリスはガラス玉ではなく、またサシャを見つめていた。日の元にいる彼女は光に包まれて、まるで妖精のように綺麗だ。
ふと思いついて、アリスはガラス玉を目の前にかざす。そして、そこから、サシャの姿を覗いた。
「……あ」
ガラス玉の向こうでサシャが幸せそうに笑んでいる。
——このガラス玉は、今、世界で一番うつくしいに違いない。
今日見た夢に脚色した話
私は気付けば、どこかの村の田畑に立っていた。人は多く、休憩していたり、雑草刈りをしていたりする。私はまだ彼らに気づかれていない。それは何らか可視性が悪いのか、“ご都合主義”かそのいずれであろう。
私はゆっくり歩き出す。慎重に、見つからないように。回り道をとり、誰の目にも触れないように。
この人たちを殺さねばならない。できれば気づかれぬように、できれば一瞬で。
私はまず、近くにいた農作業をする男を殺そうと考える。歩み出す一歩は慎重だが躊躇いなく。殺人への忌避は不思議と全く胸になく、それはクエストに似ている。ゲームのクエストで、「人を全員気付かれぬうちに殺さねばならない」かのように、心が凪いでいる。
空は昏く、だけれどひどく重苦しい訳ではない。明るい訳ではない、程度に暗い。その暑いのか寒いのか分からない中、農夫は雑草刈りに夢中になっている。
それに後ろから忍び寄り、手をかけた————
一人目が無事に殺し終わり、私は次の標的を、近くで休んでいる女にした。その女は地面が段々になったところで他の三人の仲間と一息吐いている。
ぼうっと空を眺め、休む様子の女に私は近づく。やはりゆったりとした足取り。
空は大して面白いこともないのに、何が楽しいのだろうか?これは夢の中で感じなかった感想であるが、起きてみれば疑問であった。一緒に休む仲間も揃い揃って、惚けたように空を見つめているのだ。
しかし私はそのようなことをその時は考えない。私はその仲間たちの元へと歩み寄り一人に手をかけようとする。
しかし、その近くにいた仲間の目が驚きに見開かれる。ああ、気づかれた!よく考えれば当然の話なのだけど。
その口が言葉を紡ぐ前に、私は視界が暗転し、次の瞬間何事も無かったかのように、最初に立っていたところに立っていた。
先ほど殺したはずの農夫は依然として雑草を刈り取っている。背に負った大きいカゴの中に雑草を入れて、時たま汗を拭う。
私に気づいた女とその仲間たちは、また空を眺めていた。何を考える様子もなく。
動揺せず、私は歩き出した。失敗したらやり直せるなんて、やはりクエストに似ている。
私は幾度かその出戻りを経験した。幾度か私は初期位置に戻り、死人は立ち消え、のどかな田園に変わる。
私は舌打ちも、愚痴も、そもそも怒りすら抱かなかった。戻れば私は躊躇いなくまた足を進める。
そして何度目かの試行の時、先に述べた空を見る女を殺す時、ふと私は手を横に動かしてみた。サッと、切るように。
女は死んだ。
私は少し動揺し、仲間に気づかれ、やはり初期位置に戻される。
己の手をまじまじ眺めてから、私は再び歩き始める。また慎重に、回り込むように。
しかし、次の殺すという段取りになれば話は違う。私は再び手を切るように動かしてみた。
死んだ。
私はやはり少し動揺して立ち止まったが、次は近くに誰もおらず、誰にも気づかれなかった。
私は喜び勇んだ!
次の標的を再びあの休憩する女に変えて、私は慎重さを欠いた足取りで彼女に近づいた。
彼女とその仲間は私の雑な足取りに気付き、こちらを向きかけていたが、それを「黙らせる」。それはあまりに簡単な動作である。手を横に動かすだけ。
私はそのあまりの簡単さに打ち震え、感動し、喜びを隠せず、早速村の全ての人間を殺しにかかった。
気づかれる前に手を動かす。それで大体全てが解決する。
結局ほとんど全員が死んでしまったのだけれど、私はただひとり、一人の男の腕に抱えられた赤子だけを殺さなかった。男から命乞いを受けた訳でもないし、赤子は寝ていて泣き声ひとつ上げなかった。
私はその赤子を見つめて、やはり殺さないことに決める。
そこで、その夢は終わった。
なんか全能感あって楽しかった。
ねえ、逃げようよ。
そういった君の瞳は真剣味を帯びていた。短い前髪は歪に切られて、髪はぐちゃぐちゃに結ばれている。彼女はそういう可哀想な人だ。
私はそれに困った顔をするしかできない。私は今日も彼女と2人屋上にいて、私は頬杖をついて、彼女はぐうぐうお腹を鳴らしていた。その音は真剣な声色とは対照的で、私は笑みが溢れそうになる。
彼女は可哀想だ。今日もご飯を与えられてない。お昼を購買で買う金もない。だから、屋上に来て、私に向かってあれこれ話す。
だけれど、「逃げようよ」なんて言われたのは初めてだ。
無理なことを言うなあ。
私は長い髪をくるくる指でいじりながら、そんなことを思う。
彼女の可哀想さと私の可哀想さはイーブンか私の方に少し天秤が傾くレベルだ。そんな私はがんじがらめで、どうにも逃げ出すなんてことはできないのだ。
彼女の眉間には汗が伝っていた。緊張の度合いはそれで押し計れる。その一言を言うまでに、海を身一つで超えるか否かを悩むような、そんな苦悩があったかもしれない。
だけれど、私はやはりそれに首を横に振った。長い髪はパサパサ揺れて頬に当たる。
すぐ彼女が泣きそうな顔になる。黒くツルツルとした瞳が濡れて、ポロリと雫をこぼす。それは青春ドラマの1シーンのように、劇的だった。
それでも私は顔を横に振るしかあるまい。そもそも、私には体がないんだし。
私は死にたかったんだけど。こんなことになってしまって、誠に残念だ。私はなんと可哀想なのか。
私は自殺しようとしてちゃんと後遺症とか何もなく死ねたっていうのに、神様はそれだけじゃ許してくれなくて、私をここに縛りつけた。挙句こんな少女の世話までさせる。
彼女は案の定わんわん泣き出してしまった。涙が滝のように頬を伝って、屋上の床をべしゃべしゃに濡らす。
汚いなあ。私、他人の体液ってあんまり好きじゃないんだよね。
確かにこの子は可哀想なんだけど、可哀想ってだけでそんな逃げ出そうなんてできないことにトライするほどには思い切れないっていうか。
別に私、この子の友達でもなんでもないわけだし?
私はそんなことを考えたのだけれど、指は地面を通り抜けるし足は透けてるし声は出せないしで、そんなことを彼女に伝えることはできなかった。
あーあ。だる。
※フリーレン二次創作 ザインの話
昨日までは雨だった。
夜中に雨が止んで、ザインが目覚めた時には真っ青な空が広がっていた。ザインはベッドから抜け出しぐっと伸びをする。そして部屋の様子に何か異常がないか確認して、荷物を持って部屋から出て、一階へと降りた。
宿屋の女将さんが大声で挨拶し、ザインは寝ぼけまなこでへろへろ返事をする。そうして一階に併設された食堂に入って椅子に腰掛けると、あまり時間の経たないうちに朝餉が来た。
スープにパン、定番だが、ザインはそういうのが好きだった。濃いめの味付けのスープにちぎったパンを浸し、ポイと口に放り込む。この宿屋は飯が美味い。
朝食を味わいながら、この後のことを考える。感染症が云々で困っていたのを、ザインがたまたま通りかかったのがきっかけだが、ここにすでに1週間ほど滞在していた。
経過した1週間でこの村に蔓延していた感染症はザインが全て直し、今は原因を調べているところだ。それも、そうしないうちに終わるだろう。
ザインはいたく感謝されて、宿屋の料金もタダにしてもらっている。路銀に困る身としては助かる話だ。それ以上の施しを受けるのは流石に気が引けて、遠慮したが。
村の子供達と遊んでやって、感染症について調べる。そして……
「フリーレン達、どうしてんだろうな……」
もう数ヶ月は前になる。エルフと子供2人のパーティ。その中に、ザインはいた。
短いものだった。ザインの目的は戦士ゴリラを探すことだったし、フリーレン達は魔王城まで行くことだった。そのうち別れが来ることはわかっていたが、存外に早かったのだ。
ザインは旅を知った。あの三人との旅で、やっと旅を知ったのだ。それは波乱があり、どこか落ち着いていて、得るものが多く、何より楽しかった。
あの三人について行ったのは正解だった。別れの時も、柄にもなくチリチリ胸が焦げるような感覚さえしたものだ。
それでも、ザインはあの三人と別れて、こうして何だかんだ1人で旅をしている。それがなんとなく胸を刺すのは何故だろうか。
朝餉は空になっていた。今日は味があまりしない心地だったが、女将さんにはいつも通り、「おいしかったよ」と声をかけた。女将さんは「そりゃ良かったよ!」と笑っていた。
そうして、子供と遊んで、感染症について調べて、どうやらそれが終わるだろうことに気づいた。大体の原因は分かってしまい、明日にはその原因を取り除いてしまえる。
短いな。また。
旅は一点に留まるものじゃないから仕方あるまい。ザインは部屋の椅子の背もたれに背を預けた。机に先ほどまで置いていた書物は、原因がわかってから用済みとなって、借りた場所に返しておいた。
時間が余ってしまった。思ったよりも早く調べ物が終わってしまったから。子供達ともう一度遊んでやるには時間が遅いし、夕餉には早すぎる。何かを手伝おうにもザインに感謝しきりの村人達はそんなことさせてくれないだろう。
「暇だ……」
何か暇つぶしを。そんなことを思ってカバンを漁る。しかし出てくるのはもう読み切った魔導書やら、財布やらで楽しめそうなものは一つもない。
寝るか。寝ると言っても、眠気がないんじゃ中々難しいかもしれないが。ザインはがしがし頭を掻いて、ベッドへと向かう。
「……手紙渡したら?」
「や、やだよぉ、恥ずかしいじゃない!」
窓の外からふと少女達の話し声が耳に入り、窓の方を向いてみる。
2人少女が道を歩いて、どうやら恋愛関連の話だ。それで、気になる男の子に手紙を渡すとか、渡さないとか。そんな話をしていた。
「手紙……」
その言葉を聞いて、それに返事するように、カバンからぽろりと紙が落ちた。
「書けってことか?」
ザインはしばらくベッドの上で悩んでから、筆を取った。
今君達は何をしていますか。
いやそれはなんだか小っ恥ずかしすぎる。
手紙を書くのなんか久しぶりで、何をかけばいいのやらわからず、それでもザインはしばらく粘り強く机に向かっていた。
そして、夕餉の時間が来ようかという時にようやっと手紙を書き終えた。
一種の達成感を感じながら、ザインは手紙を便箋に入れ……そして、自分がミスをしたことに気づく。
「……フリーレン達がどこにいるか分かんないんじゃ、届けようが……」
無い。ザインは聡いが、今回はちょっと馬鹿だったらしい。
しかし、手紙を捨てる気にはなれない。でも届けられないんじゃ、どうしようもない。
「次会った時に、渡すしかない」
次会った時に。
ザインは口に出してから、ふと気づく。
三人と別れた日からザインは、なんだか胸に刺すようなものがあって、それの正体を掴めずにいた。ザインもフリーレン達も、これからも多くの街に行き、全く別の場所を旅するだろう。
その後、また会えるのだろうか?
また会う約束もせず、別れてしまった。また会えるかわからないのに。
また、会いたいのに。
「……!」
ザインはその自分の心に気づいて、流石に顔に血が昇るのを感じた。
恥ずかしい!こんな自分の本心は恥ずかしくてたまらない!
手紙を睨む。だが、捨てられやしない。
ザインはパタパタ手を振って顔の熱を逃し、手紙をそっとカバンの奥底にしまった。いつか、フリーレン達に渡すために。
胸に刺さっていた何かは消えていた。ザインは手紙を渡さねばならない。これは、自分への約束だ。
フリーレン達にもう一度会うという、約束。
オリキャラ注意
ルニス▶︎口調は堅いが中身は軽め。サバサバした性格でバトルジャンキー。旅をしていたが、旅を終えて数ヶ月前に日本のある街へ引っ越しした。
アリス▶︎通称勇者くん。優しく、強く、頭がいい小学生。みんなから慕われているが、彼が殊更気にかけるのはサシャである。
サシャ▶︎とある街に住む三姉妹の末の妹。姉2人に溺愛されている。あまり外出しないが、性格は優しくあまり暗いところはない。ほとんど出番なし。
空は沈んでいた。
対して深刻な感じではない。
灰色になった空は、雲に覆われ色彩に乏しいが、沈み込むというほどでもない。沈み込むというのは、なんというか雨が降って、もっとじめじめとした空気が漂うものだ。ルニスは、そう思っている。
ルニスは何事に対しても感覚で感じ取るような人間であった。彼女の言葉遣いや、口調やらは堅く、生真面目で理知的な印象さえ受けるが、実際の内情はそうではない。彼女は存外にフランクで、雑である。
この街に引っ越してきたのは数ヶ月前。まだ大したコネクションもなく、しかしながらコミュニケーション能力に苦労することのない彼女には親しいご近所さんはいた。いたが、それはやはり大したコネクションではない。彼女の友人というのは大方旅の途中で出会った、たまたま気が合う人物で、そのように気が合う人物を彼女はこの街で未だ見つけられていない。
旅は終わり、しばらくはこの町でゆっくり過ごそうと思っている彼女にとって、人間関係はいずれ解決する問題である。恐らく。
さて、彼女は足を組み直した。日が当たらないというのに日向ぼっこのように公園のベンチでくつろいでいるのだ。その心情はなんということもない、ただ暇だから散歩に出て、ベンチに腰掛けてみただけだ。
きゃいきゃい子供たちが遊び回っているが、曇天の中だとその笑顔も曇って見える。もったいない。
たまに数人、子供がこちらを向き、不安そうな顔をするので、その度にルニスはにこりとして手を振ってやるのだが、基本的には顔を背け逃げられてしまった。
「泣かれないだけマシか」
顔に圧があるらしい。笑っても圧が取れないなら諦めている。これでも、子供には優しい方だとは思うんだが。
公園に通る道の先の方から違う子供たちの声が聞こえ、なんとはなしにそちらを向く。大人が2人と、十数人ほどの子供たちが一列になって公園に来ている。年齢層の広さから見るに、保育園ではなく近くにある教会運営の児童養護施設の子供達だ。今日は休日であることにようやっと気づいた。無職のルニスには休日など関係がない。
休日なのでと、公園に小学生を連れてきたのだろう。大変だな、と他人事。実際他人事だけど。
「確か教会といえば、あそこの次女が働いてたか」
脳裏に三姉妹が浮かぶ。白い髪をした三姉妹。存在感は抜群で、特に姉2人はよく噂になっている。長女の方は自分と同じ無職なので変な噂、次女は教会でシスターをやっているので良い噂が多い。ただ、末の妹はあまり話を聞かない。というかあまり外に出ないので、噂にすらならないのだ。
実はルニスは過去何回もその三姉妹に出会っているので、引っ越し先に彼女達がいるのは一種運命的なものすら感じる。
正直あの三人が姉妹であるかを疑っているのだが、側から見れば姉妹でしかない。そこに生じる違和感は単なるルニスの勘である。ただ、姉2人の妹への溺愛は少々度を越しており、誰がみても少しはおかしいと感じる様子であることは言っておく。
しかしルニスもしっかり調べるほど三姉妹に興味がないので謎のまま。
やってきた子供たちは、引率の職員だろう2人に色々話をされてから、散開して遊び始めた。小学生といっても幅広いので、その遊び方も様々だ。しかし、高学年だろう子供たちは小さい子供たちに付いて色々教えてあげたりしているようだった。なんとも微笑ましい。
「……おお」
そしてその高学年の中に、眩い少年が1人いた。眩いというのは、なんというか全体的に眩いのである。どういう事情なのかそもそも日本籍ではないだろう彫り、曇り空の中でも何故か輝く金髪、その微笑みの優しさ。顔立ちは麗しく、絶世のと付いてもおかしくはない。
その上、その性格といえば!
低学年の子供に微笑みかけ、怪我をすれば逐一慰め、準備良く絆創膏を貼ってやる。道ゆく人々にも礼儀正しく、挨拶されれば優美な仕草で挨拶し返す。
「勇者って感じだな……」
いや、どちらかというと王子かなとも思ったのだが、どうやら彼は以前から話に聞いていた「勇者くん」らしい。
というのも、先ほども言ったように教会運営の児童養護施設であるから、もちろんそこでシスターを務める三姉妹の次女も時折施設まで赴くらしい。
そして、そこにはまるでそのままの「勇者くん」がいるのだと。これは三姉妹とお茶をした時に聞いた話なので間違いない。次女は彼が相当気に入らないらしく、末の妹がその名前を口に出す度に目が恐ろしい険をたたえていった。長女は朗らかなものだったが。末の妹はどうやら彼と親しいらしく、ニコニコと嬉しい様子であった。
なんという名前だったか。なんだか可愛らしい名前だった気がする。ただ、確かに目の前の彼にはお似合いの名前で……
「ああ、アリスか」
そう、アリス。不思議の国に迷い込みそうな、主人公らしい名前。ただ、勇者というよりは世界をかき乱すおてんばな少女の名前だ。
「あの……」
「ん」
そうだったと考えていると、気づけば件のアリス少年が目の前にいた。やはりその顔は全くもって美しいもので、神は二物を与えるものだなと考える。これで腕っぷしが強ければ最高だ。ルニスは稀代のバトルジャンキーなので、強いならなんでも好きだ。熊とか。
「なんで、僕の名前を……」
「ああ、知り合いが君のことを噂していてな」
ルニスからするとアリスは知り合いの知り合いだ。
「……もしかして、サシャさんですか?」
「早いな。そうだ。事前に話でも聞いてたか?」
その名前に行き着くまでがあまりに早いので、ルニスは少し笑ってしまった。サシャというのは三姉妹の末の妹の名前だ。
「ええ、ルニスさんですよね?サシャさんからは『口調が軍人みたいで美人だが雑な女の人』だと聞いてます」
「失礼だな、あいつも。だが美人とは嬉しいことを言う」
サシャは良識を兼ね備えるかと思えばそう言う遠慮のない部分もあるので面白い。くつくつと笑みをこぼすと、アリスは苦笑した。
「美人って言っても全く照れないって言ってたの、ほんとなんですね」
「何回も言われた言葉だ。美醜は正直どうでもいいんでな、照れも捨ててきたよ。ただ、子供に怯えられたりするんだ。その時は自分の容姿にため息をつきたくなる」
アリスは話に興が乗ってきたので、隣に腰掛けた。ルニスが稚児趣味だと勘違いされると困るのだが、彼はそう言うことを考えていないらしい。
アリスは苦笑したまま、ルニスの顔をじっと見つめる。
「多分、顔が怖いんだと思いますよ。美人だと思いますが」
「やはりそうか。なら仕方ない。最後のあがきで笑ってみるよ」
「にしてもまさに、勇者だな」
「?」
「知ってるか?お前は『勇者くん』だとか名前をつけられてここあたりじゃ有名だ」
アリスは「ああ……」と知った顔をして、顔を背ける。どうやらその評判は彼自身までしっかりと伝わってしまっているらしい。恥ずかしいのだろう、耳が少し赤かった。
「私は王子くんの方がいいんじゃないかと思ってたんだが、今ので少し思い直した」
「……その心は?」
「『美人だと思いますが』なんて、会話で自然に混ぜてくるなんて、正にヒロインの胸を高鳴らせる勇者そのものだという話だ」
「……」
もっと恥ずかしくなったらしく、顔が赤くなっている。これ以上からかうと色々、まあ児童への云々とかが怖いので、ルニスはそこあたりでやめておくことにした。何をも恐れぬ気概を持っているが、流石にこのような感じで世間から冷たい目で見られるのは勘弁だ。
「さて、子供なんだから遊びなさい。私はそろそろ帰るからな」
「……ええ」
「腕っぷしが強くなったら遊んでやろう」
「ありがとうございます」
ひらひらと手を振り、ルニスは公園を後にする。後にはため息を吐く少年が残された。
「腕っぷし……って、あの人ぐらい強くなるのは、流石に厳しいよね」
期待してそうだったけど……。