あやや

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 ※フリーレン二次創作 ザインの話

 昨日までは雨だった。
 夜中に雨が止んで、ザインが目覚めた時には真っ青な空が広がっていた。ザインはベッドから抜け出しぐっと伸びをする。そして部屋の様子に何か異常がないか確認して、荷物を持って部屋から出て、一階へと降りた。
 宿屋の女将さんが大声で挨拶し、ザインは寝ぼけまなこでへろへろ返事をする。そうして一階に併設された食堂に入って椅子に腰掛けると、あまり時間の経たないうちに朝餉が来た。
 スープにパン、定番だが、ザインはそういうのが好きだった。濃いめの味付けのスープにちぎったパンを浸し、ポイと口に放り込む。この宿屋は飯が美味い。
 朝食を味わいながら、この後のことを考える。感染症が云々で困っていたのを、ザインがたまたま通りかかったのがきっかけだが、ここにすでに1週間ほど滞在していた。
 経過した1週間でこの村に蔓延していた感染症はザインが全て直し、今は原因を調べているところだ。それも、そうしないうちに終わるだろう。
 ザインはいたく感謝されて、宿屋の料金もタダにしてもらっている。路銀に困る身としては助かる話だ。それ以上の施しを受けるのは流石に気が引けて、遠慮したが。
 村の子供達と遊んでやって、感染症について調べる。そして……
「フリーレン達、どうしてんだろうな……」
 もう数ヶ月は前になる。エルフと子供2人のパーティ。その中に、ザインはいた。
 短いものだった。ザインの目的は戦士ゴリラを探すことだったし、フリーレン達は魔王城まで行くことだった。そのうち別れが来ることはわかっていたが、存外に早かったのだ。
 ザインは旅を知った。あの三人との旅で、やっと旅を知ったのだ。それは波乱があり、どこか落ち着いていて、得るものが多く、何より楽しかった。
 あの三人について行ったのは正解だった。別れの時も、柄にもなくチリチリ胸が焦げるような感覚さえしたものだ。
 それでも、ザインはあの三人と別れて、こうして何だかんだ1人で旅をしている。それがなんとなく胸を刺すのは何故だろうか。
 朝餉は空になっていた。今日は味があまりしない心地だったが、女将さんにはいつも通り、「おいしかったよ」と声をかけた。女将さんは「そりゃ良かったよ!」と笑っていた。

 そうして、子供と遊んで、感染症について調べて、どうやらそれが終わるだろうことに気づいた。大体の原因は分かってしまい、明日にはその原因を取り除いてしまえる。
 短いな。また。
 旅は一点に留まるものじゃないから仕方あるまい。ザインは部屋の椅子の背もたれに背を預けた。机に先ほどまで置いていた書物は、原因がわかってから用済みとなって、借りた場所に返しておいた。
 時間が余ってしまった。思ったよりも早く調べ物が終わってしまったから。子供達ともう一度遊んでやるには時間が遅いし、夕餉には早すぎる。何かを手伝おうにもザインに感謝しきりの村人達はそんなことさせてくれないだろう。
「暇だ……」
 何か暇つぶしを。そんなことを思ってカバンを漁る。しかし出てくるのはもう読み切った魔導書やら、財布やらで楽しめそうなものは一つもない。
 寝るか。寝ると言っても、眠気がないんじゃ中々難しいかもしれないが。ザインはがしがし頭を掻いて、ベッドへと向かう。
「……手紙渡したら?」
「や、やだよぉ、恥ずかしいじゃない!」
 窓の外からふと少女達の話し声が耳に入り、窓の方を向いてみる。
 2人少女が道を歩いて、どうやら恋愛関連の話だ。それで、気になる男の子に手紙を渡すとか、渡さないとか。そんな話をしていた。
「手紙……」
 その言葉を聞いて、それに返事するように、カバンからぽろりと紙が落ちた。
「書けってことか?」
 ザインはしばらくベッドの上で悩んでから、筆を取った。
 今君達は何をしていますか。
 いやそれはなんだか小っ恥ずかしすぎる。
 手紙を書くのなんか久しぶりで、何をかけばいいのやらわからず、それでもザインはしばらく粘り強く机に向かっていた。
 
 そして、夕餉の時間が来ようかという時にようやっと手紙を書き終えた。
 一種の達成感を感じながら、ザインは手紙を便箋に入れ……そして、自分がミスをしたことに気づく。
「……フリーレン達がどこにいるか分かんないんじゃ、届けようが……」
 無い。ザインは聡いが、今回はちょっと馬鹿だったらしい。
 しかし、手紙を捨てる気にはなれない。でも届けられないんじゃ、どうしようもない。
「次会った時に、渡すしかない」
 次会った時に。
 ザインは口に出してから、ふと気づく。
 三人と別れた日からザインは、なんだか胸に刺すようなものがあって、それの正体を掴めずにいた。ザインもフリーレン達も、これからも多くの街に行き、全く別の場所を旅するだろう。
 その後、また会えるのだろうか?
 また会う約束もせず、別れてしまった。また会えるかわからないのに。
 また、会いたいのに。
「……!」
 ザインはその自分の心に気づいて、流石に顔に血が昇るのを感じた。
 恥ずかしい!こんな自分の本心は恥ずかしくてたまらない!
 手紙を睨む。だが、捨てられやしない。
 ザインはパタパタ手を振って顔の熱を逃し、手紙をそっとカバンの奥底にしまった。いつか、フリーレン達に渡すために。
 胸に刺さっていた何かは消えていた。ザインは手紙を渡さねばならない。これは、自分への約束だ。
 フリーレン達にもう一度会うという、約束。
 

2/26/2024, 5:48:26 PM