ねえ、逃げようよ。
そういった君の瞳は真剣味を帯びていた。短い前髪は歪に切られて、髪はぐちゃぐちゃに結ばれている。彼女はそういう可哀想な人だ。
私はそれに困った顔をするしかできない。私は今日も彼女と2人屋上にいて、私は頬杖をついて、彼女はぐうぐうお腹を鳴らしていた。その音は真剣な声色とは対照的で、私は笑みが溢れそうになる。
彼女は可哀想だ。今日もご飯を与えられてない。お昼を購買で買う金もない。だから、屋上に来て、私に向かってあれこれ話す。
だけれど、「逃げようよ」なんて言われたのは初めてだ。
無理なことを言うなあ。
私は長い髪をくるくる指でいじりながら、そんなことを思う。
彼女の可哀想さと私の可哀想さはイーブンか私の方に少し天秤が傾くレベルだ。そんな私はがんじがらめで、どうにも逃げ出すなんてことはできないのだ。
彼女の眉間には汗が伝っていた。緊張の度合いはそれで押し計れる。その一言を言うまでに、海を身一つで超えるか否かを悩むような、そんな苦悩があったかもしれない。
だけれど、私はやはりそれに首を横に振った。長い髪はパサパサ揺れて頬に当たる。
すぐ彼女が泣きそうな顔になる。黒くツルツルとした瞳が濡れて、ポロリと雫をこぼす。それは青春ドラマの1シーンのように、劇的だった。
それでも私は顔を横に振るしかあるまい。そもそも、私には体がないんだし。
私は死にたかったんだけど。こんなことになってしまって、誠に残念だ。私はなんと可哀想なのか。
私は自殺しようとしてちゃんと後遺症とか何もなく死ねたっていうのに、神様はそれだけじゃ許してくれなくて、私をここに縛りつけた。挙句こんな少女の世話までさせる。
彼女は案の定わんわん泣き出してしまった。涙が滝のように頬を伝って、屋上の床をべしゃべしゃに濡らす。
汚いなあ。私、他人の体液ってあんまり好きじゃないんだよね。
確かにこの子は可哀想なんだけど、可哀想ってだけでそんな逃げ出そうなんてできないことにトライするほどには思い切れないっていうか。
別に私、この子の友達でもなんでもないわけだし?
私はそんなことを考えたのだけれど、指は地面を通り抜けるし足は透けてるし声は出せないしで、そんなことを彼女に伝えることはできなかった。
あーあ。だる。
2/27/2024, 12:46:21 PM