後悔を手放す勇気を
かつての友人の訃報が届いた。
長きに渡って難病と闘い命を終えた。
学生時代の悪友で喧嘩別れをしたきり
会っていなかった。
こんなにも早く別れが来るのなら
謝れば良かった。
会いに行けば良かった。
とめどない涙とともに
後悔が後から後から湧き出した。
呼吸するために酸素は必要不可欠。
同じくらい大事な子が私にはいる。
「ただいま。リーヤ」
硬質で黒い毛並み。伏せて目を閉じていたけれど
開けば瑠璃色の綺麗な瞳が現れる。
太く立派な尾を揺らしじゃれついてくる狼犬は
見知らぬ人には無愛想。
家族には甘えたで人懐っこい姿を見せる。
出迎えてくれるだけで癒しを与えてくれるリーヤには
秘密がある。
「……久しぶりに戻れた」
精悍な顔つきの青年が息を吐く。
他ならぬ彼がリーヤである。悪い魔術師に寿命を奪われ
呪いをかけられた。昼間は狼犬として過ごすことを余儀なくされ、満月の時にのみ人の姿に戻れる。
剣と魔法が活躍しそうなファンタジーな話だが
リーヤこと彼には現実。呪いは少しずつ体を蝕み、瑠璃色の髪は半分近くが黒く染まった。
呪いが完全になる前に解呪しなければ命はない。
淡々と事実を語る彼の横顔を思い出すと切なくなる。
1人で生き続けなければいけないなど運命は残酷だ。
「……どうした?悲しそうな顔をして」
「1人で生き続けて寂しくないの?」
「今は1人じゃないからな。君が居て、君の家族が居て共に過ごせる。寂しくなんてないさ」
大きな手で頭を撫でられ困惑する。
彼の目には温もりが溢れ嘘をついてるように見えない。
「それに君は俺にとっての生きる理由……酸素のように当たり前に側にあるべきものだからな」
彼の発言の意図が分からず首を傾げれば笑った。
彼は語る。
遥か遠く、彼が人であったころ愛した女性。
その人を探し出すのが、彼の生きる理由。
彼が一途に愛し続ける女性に興味が湧いたが
聞いても答えてはくれなかった。
代わりに微笑み一つ。
答えを知るのはずっと先のはなし。
船のオールを漕ぐ。
これは君との別れの旅路だ。
すまない。
君に別れさえ告げられず命を終えた
誰より大事な君に
癒えぬ傷を遺してしまった。
君は俺を恨むだろうか
生きる事を諦めないだろうか
どうか君のために祈らせて欲しい
君が幸福であるよう
愛し愛されるよう
君の旅路に幸福だけがあらんことを
見つめている。
夕日にも似た赤銅色の髪に、月を思わせる金の瞳。
綺麗だと見惚れてしまう。
本を読んでいる体で彼女の横顔を盗み見る。
口が達者なら褒められたのだろうが、
口下手な俺にはできない。
むしろ誤解されるか、誰かを傷つける。
意図とは別の解釈で伝わってしまう。
それが、怖くなった。
言葉は見えざる凶器、誰かを傷つけるならばと
何も言えなくなった。
「あたしの顔、盗み見るのはよくないよ」
金の瞳が俺を射抜く。
何も言わずに視線を逸らせば彼女は笑った。
「たまには褒めてくれても良いのに」
「……できたら苦労はしねぇよ」
悪態をついて机に突っ伏せば撫でられた。
子供扱いは嫌で、手を振り払えば彼女は笑った。
ああ、ほんとに何しても頭が上がらない。
これが惚れた弱みか。
彼が女子にモテるなんて分かっていた。
彼は恋人同士だと隠したいのに協力してくれている。
それでも少しは拒絶して欲しいと思ってしまう。
彼には言えず視線を向けても合わない。
私ってこんなに我儘だったっけ?
直ぐ近くに居るのに、彼は素知らぬ振り。
他の女の子を見ないでって言ったら彼はどう思うだろう。
重い?面倒くさい?
思考がネガティブな方向にしか答えを出さない。
ため息をつけば彼と目が合った。
『妬 い た ?』
「………っ!?」
口の動きだけ読むと彼は意地悪く嘲笑う。
ズルい!確信犯だ!
分かっていてやるなんて意地が悪い。
後でぎゃふんと言わせるんだから……!