この感情は恋か、愛か、それとも執着か。
答えは今はまだ、でない
振り返った彼女の驚いた顔に、目を奪われる。
六年ぶりに、会う彼女はさらに美しくなっていた。
腕の中に閉じ込めたい衝動に駆られ、
手を伸ばしかけてやめた。
彼女は触れられる事を怖がる。
僕の記憶が確かなら、それは彼女の傷に塩を塗り込む行為、それは避けたかった。
「……久しぶり。すっかり、有名人だね」
彼女の、乾いた笑顔が距離を感じさせる。
僕は、いつも通り笑えてるだろうか。
「ポスター、瑞希に見られるとは思わなかったよ」
「そう……一目見て日葵くんだって気づいたよ」
「そんなにも、わかりやすい?」
「ううん。好きな人だから、わかるの」
はにかんだ笑顔に胸をつかまれる。
可愛い。笑うとこんなにも可愛いのだと、今知った。
彼女を他の誰かに渡したくない。暴力のように強い感情に支配され自覚する。
______僕は瑞希が、好きだ。
頬が熱くなり、彼女の顔が直視できず、
初めての恋心に心揺さぶられるようだった。
お題 約束だよの2人の続きのようなもの
日葵サイド
「いやだ。日葵くん、行かないで」
「また、会いに来る。約束するよ」
声を上げて泣きじゃくり、彼の顔をまともに見ることさえできなかった。
彼が、共に育った養護院から去る日。ただ泣くばかりで何も言えなかった。
_____ずっと好きだった初恋相手。
彼と離れる事が、耐えられなかった。
引き止める事は叶わなくて、彼は新しい両親に手を引かれ去ってしまい、絶望が胸に深く刻み込まれた。
あれから数年、久しぶりに街頭で見た彼は別人のようだった。
某有名ブランドの香水の宣伝ポスター。写ったモデルに見覚えがあり、思わず足を止める。
「……日葵くん」
あの日から名前を呼ぶ事すらなくなってしまった想い人。
成長した彼は、遠い世界の住人で、私には手が届かない。
思わず、ため息がこぼれ落ちた。
「そんなに熱烈な視線向けられたら妬けてしまうな」
「______!」
柔らかく落ち着いた声が、耳をくすぐる。
隣に視線を向け、声を上げそうになるのを必死でこらえた。ポスターに写ってたあのモデルがいる。
周囲はそれに気付かず通り過ぎていく。
彼は、近づき私の耳元で甘く囁いた。
「瑞希、約束を果たしに来たよ」
頬を伝う涙を拭う優しい手つきは、まるで夢を見ているようだった
日葵の読み方→ひびきです。
降りしきる雨が、涙を隠してくれた。
突然の別れだった。
恋人から「別れよう」という言葉に頭が真っ白になった。
順調だと思っていた二人の関係。
何故、別れを告げられたのか理解できなかった。
縋ろうとすることも許さない態度の恋人に
何も言えなかった。
何かを隠していると気づいてはいたけれど、
けれど、憶病な私は聞くことができなかった。
別れたくなかった。
もっと一緒にいたかったのに。
次から次へと溢れ出てくる本音は、誰にも届くことなく、
ただ涙として流れていく。
天から、降り注ぐ雫が傘を濡らす。
雨の日は気分が憂鬱で、気が滅入ってしまいそう。
確か彼と別れたのもこんな雨の日。
浮気をしておきながら、泣いて縋る彼を私は容赦なく突き放した。彼の、身勝手さに吐き気がした。
それ以降、恋人を作るのが億劫になり、
おひとりさま生活謳歌している。
「あ。すみません……」
前方からの、歩行者とぶつかりかけよろめいた。
その時、目にとまったシャツに見覚えがあった。
彼が好んでいた服の柄で、古い記憶が蘇る。
「……奏?」
「た、拓人…どうして……」
雨音に紛れて、誰かが私の名前を呼んだ気がした。
振り返えると、そこに彼がいた。
声を失った私を彼が抱き寄せる。
「会いたかった。あの日からずっと」
細やかな雨音で目を覚ます。
眠っている恋人を、起こさぬよう腕からそっと抜け出し
ベッドから降り窓辺に近づく。
しとしとと大地を濡らす恵みの雫は、
このところ降り続いている。
多少なりとも生活に支障が出ているけれど、
嬉しい事もある。
恋人と過ごす時間が増え、
寒いという口実で、一緒に眠れる。
ありふれた幸せだけど、かけがえのないもの。
寂しさが立ち入る隙すらない幸福に満たされる。
頬が緩んで笑みがこぼれた瞬間______
「捕まえた」
逞しい腕に背後から抱き寄せられ
振り返って見上げれば、夢の中にいそうな顔の恋人が居た
「起こしちゃいましたか?」
「あぁ。湯たんぽが忽然と消えたからな」
彼は、私を軽々と横抱きにするとベッドへ逆戻り。
これは二度寝確定だな、なんて思いながら
彼の腕の中で目を閉じた。