腹有詩書氣自華

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3/20/2025, 10:16:19 AM

少女が手を求めたのは、夕暮れの水辺であった。
空は仄赤く、波の影は長い。葦が風にさざめくたび、岸辺の翳が揺らめいた。

――手を、つないで

声は、薄くひび割れていた。
見ると、女の指は雪のように白い。しんと冷えた肌が、ゆるやかにこちらへ伸びてくる。
その指の先にあるのは、花びらか、それとも骨か。

手をつないで

まるで、祈るような声音であった。
指が触れる。ひたり、と濡れていた。
冷ややかに、粘るような感触が、指先に絡みつく。

その瞬間、足元の川面がふいに揺らぎ、水の底に灯が浮かんだ。

世界が凪ぐ。
ひとたび耳を傾ければ、まどろみに溶けゆくごとく、意識はゆるりと手繰られる。

あなたも、沈んで

すっと腕を引かれると、足元がふわりと宙に溶けた。

 ――ああ、これは、落ちてゆく音 だ。

かすかに嗅ぐは、沈丁花か、はたまた膚に滲む血の香か。
やがて、ひたり と響く水音。
その瞬間、川面の月が紅に染まり、夜は、閉ざされた。

***

翌朝、村人が川のほとりで男の笠を見つけたそうな

けれど、たどるべき影はどこにもなく、ただ、揺るる水面に紅ひとつ、咲きて流るるのみであったという

3/15/2025, 10:17:57 AM

どうせ、ワタシなんか。

そんな言葉が、胸の奥で何度も反響する。

あなたがワタシを見て微笑むたびに、どうしようもない期待が膨らんで、けれど、すぐに冷たく打ち消される。ワタシなんかが、そんなものを抱いていいはずがない。

だから、見ないで。優しくしないで。期待なんかしたくない。

けれど、あなたが彼奴と話しているのを見かけると、心の奥で何かが軋む。

そんなはずない、そんなはずない、そんなはずねぇ——

なのに、このざわめきは、"俺"の意思とは関係なく、勝手に大きくなっていく。

……もう、全部壊れてしまえばいいのに。

──────題.心のざわめき──────

3/14/2025, 11:38:09 AM

ずっとスマホを見ていた。
何度も画面を開いては閉じ、また開いては閉じた。
何かの通知が来るたびに心が跳ね上がり、
それが違うとわかるたびに、少しずつ落ちていく。

指がまたスマホへ伸びる。

君からの言葉は、どこにもなかった。

だから僕は、君を探した。
でも今日の僕には、何もない。

夜の静寂は、こんなにも冷たかっただろうか。

誕生日の終わりを告げる時計の針が、次の日へと進む。その瞬間、僕はスマホを裏返して机に置いた。

「しょうがない」

誰に言うでもなく、呟いた。

でも、本当はまだ、探していた。

──────題.君を探して──────

3/13/2025, 12:29:30 PM

今朝、硝子の器に水を満たした。
 ふと、指を触れさせると、波紋が広がり、光を細かく砕いていく。
 透明なはずの水が、揺れるたびに形を変え、きらきらと輝くのが面白い。

 透明って、何だろう。
 見えないのに、確かにそこにあるもの。
 風も、水も、想いも、言葉にしなければ透明なままだけれど、ほんの少しでも形にすれば、こんなふうに光をまとって見えるのかもしれない。

 言葉にならない感情も、きっと同じだ。
 静かなままでは透明だけれど、誰かに触れた瞬間に揺らぎ、かたちを成し、いつか届くのかもしれない。

 だから、今日も筆を執る。
 透明なまま流れてしまわぬように、そっと言葉をすくい上げて。
──────題.透明──────

3/12/2025, 10:31:50 AM

焚き火がぱちりと弾ける。
 燃え尽きた薪が灰となり、ふわりと、さんらりと、
風に溶けていく。

終わったな、と思う。
燃えつくしてしまったものは、もう戻らない。
けれど、その熱は確かに残っている。
指先に、心に、静かに余韻を残して。

ふと、灰の中から小さな赤い光がのぞいた。
炎は消えたと思っていたのに、まだそこには、小さな命がくすぶっていた。

 終わりは、本当に終わりなのだろうか?
 
まるで、花の蕾のようだと思った。
風に散り、土へ還った花々が、季節を巡り、
やがて新たな命を宿すように。芽吹くものがあるように。
燃え尽きたように見えても、まだどこかに新しい火種はあるのかもしれない。

 ならば、もう一度。

静かに息を吹きかける。
終わりの先にある、また新しい初まりを迎えるために。

──────題. 終わり、また初まる、────

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