少女が手を求めたのは、夕暮れの水辺であった。
空は仄赤く、波の影は長い。葦が風にさざめくたび、岸辺の翳が揺らめいた。
――手を、つないで
声は、薄くひび割れていた。
見ると、女の指は雪のように白い。しんと冷えた肌が、ゆるやかにこちらへ伸びてくる。
その指の先にあるのは、花びらか、それとも骨か。
手をつないで
まるで、祈るような声音であった。
指が触れる。ひたり、と濡れていた。
冷ややかに、粘るような感触が、指先に絡みつく。
その瞬間、足元の川面がふいに揺らぎ、水の底に灯が浮かんだ。
世界が凪ぐ。
ひとたび耳を傾ければ、まどろみに溶けゆくごとく、意識はゆるりと手繰られる。
あなたも、沈んで
すっと腕を引かれると、足元がふわりと宙に溶けた。
――ああ、これは、落ちてゆく音 だ。
かすかに嗅ぐは、沈丁花か、はたまた膚に滲む血の香か。
やがて、ひたり と響く水音。
その瞬間、川面の月が紅に染まり、夜は、閉ざされた。
***
翌朝、村人が川のほとりで男の笠を見つけたそうな
けれど、たどるべき影はどこにもなく、ただ、揺るる水面に紅ひとつ、咲きて流るるのみであったという
どうせ、ワタシなんか。
そんな言葉が、胸の奥で何度も反響する。
あなたがワタシを見て微笑むたびに、どうしようもない期待が膨らんで、けれど、すぐに冷たく打ち消される。ワタシなんかが、そんなものを抱いていいはずがない。
だから、見ないで。優しくしないで。期待なんかしたくない。
けれど、あなたが彼奴と話しているのを見かけると、心の奥で何かが軋む。
そんなはずない、そんなはずない、そんなはずねぇ——
なのに、このざわめきは、"俺"の意思とは関係なく、勝手に大きくなっていく。
……もう、全部壊れてしまえばいいのに。
──────題.心のざわめき──────
ずっとスマホを見ていた。
何度も画面を開いては閉じ、また開いては閉じた。
何かの通知が来るたびに心が跳ね上がり、
それが違うとわかるたびに、少しずつ落ちていく。
指がまたスマホへ伸びる。
君からの言葉は、どこにもなかった。
だから僕は、君を探した。
でも今日の僕には、何もない。
夜の静寂は、こんなにも冷たかっただろうか。
誕生日の終わりを告げる時計の針が、次の日へと進む。その瞬間、僕はスマホを裏返して机に置いた。
「しょうがない」
誰に言うでもなく、呟いた。
でも、本当はまだ、探していた。
──────題.君を探して──────
今朝、硝子の器に水を満たした。
ふと、指を触れさせると、波紋が広がり、光を細かく砕いていく。
透明なはずの水が、揺れるたびに形を変え、きらきらと輝くのが面白い。
透明って、何だろう。
見えないのに、確かにそこにあるもの。
風も、水も、想いも、言葉にしなければ透明なままだけれど、ほんの少しでも形にすれば、こんなふうに光をまとって見えるのかもしれない。
言葉にならない感情も、きっと同じだ。
静かなままでは透明だけれど、誰かに触れた瞬間に揺らぎ、かたちを成し、いつか届くのかもしれない。
だから、今日も筆を執る。
透明なまま流れてしまわぬように、そっと言葉をすくい上げて。
──────題.透明──────
焚き火がぱちりと弾ける。
燃え尽きた薪が灰となり、ふわりと、さんらりと、
風に溶けていく。
終わったな、と思う。
燃えつくしてしまったものは、もう戻らない。
けれど、その熱は確かに残っている。
指先に、心に、静かに余韻を残して。
ふと、灰の中から小さな赤い光がのぞいた。
炎は消えたと思っていたのに、まだそこには、小さな命がくすぶっていた。
終わりは、本当に終わりなのだろうか?
まるで、花の蕾のようだと思った。
風に散り、土へ還った花々が、季節を巡り、
やがて新たな命を宿すように。芽吹くものがあるように。
燃え尽きたように見えても、まだどこかに新しい火種はあるのかもしれない。
ならば、もう一度。
静かに息を吹きかける。
終わりの先にある、また新しい初まりを迎えるために。
──────題. 終わり、また初まる、────