腹有詩書氣自華

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3/11/2025, 10:10:21 AM

昔々、もっと昔、まだ夜空に星がなかったころのお話。

世界は昼と夜に分かれていたけれど、夜はただの真っ暗闇で、誰もが少し寂しい気持ちになる時間だった。そこで神様は考えた。
「夜を少しだけ明るくしよう。けれど、太陽ほどではなく、ほんのり優しい光にしよう」

神様は、世界中の人々の「大切なもの」を少しずつ集めて、夜空に浮かべることにした。
子どもが初めて描いた絵、恋人同士が交わした約束、大切な人のために流した涙——。
それらをひとつひとつ、そっと夜空に並べた。

 すると、どうだろう。
 漆黒の空に、ぽつぽつと小さな光が灯った。

それからというもの、夜空を見上げるたびに、人々は懐かしさや温かさを感じるようになった。
ある者は、「あの星には亡くなった祖父の笑顔が宿っている」と言い、またある者は、「あの星は昔、好きだった人との思い出だ」と語った。

夜空の星々は、ただ光っているのではない。
それぞれの想いを抱いて、遠い場所からそっと輝いているのだ。

だから今夜も、どこかで誰かが、静かに星を見上げる。
願いを込めて。あるいは、そっと思い出をなぞるように


──────題.星──────

3/10/2025, 10:40:03 AM

私はすぐに答えた。

「この世界が、もっと美しくなりますように」

 すると神様は言った。

「それならば、お前が消えればいい」

 なるほど。

 世界が醜いのは、私がいるからか。
 ならば、願いを叶えよう。

 私は屋上へ向かった。
 が、途中で思い直した。

 願いが叶う前に、もう少し酒を飲んでからでも遅くはあるまい。

 誰もいないバーのカウンターで、私はゆっくりとグラスを傾ける。
 静かな夜、外の風が心地よく背中を押してくる。

 「ああ、世界が美しくなるというのは、案外面倒なことだな」と呟き、笑みを浮かべた。

 だって、消えることができるなら、もう少し楽に美しい世界を作れるだろう。
 だが、私にはその決断ができないらしい。

 酒が少し回ったころ、神様がまた現れた。

 「お前は決断したのか?」

 私はグラスを空にし、ため息をついた。

 「まだだな。だって、美しい世界って、どこか寂しさを感じるものじゃないか?」

 神様はしばらく黙っていたが、やがてこう言った。

 「お前が消えたところで、世界は美しくなるわけではない。それは、ただお前が美しさを求めていたからだ」

 私はカウンターに肘をついて、笑った。

 「結局、俺も世界の一部だ。美しさを求める限り、この手の酒場で酔いしれていることに変わりはない」

 神様はしばらく考えてから、少し嬉しそうに言った。

 「では、お前が求める美しさを、自分の中に見出すがいい」

 それを聞いて、私はもう一度グラスを持ち上げた。

 「まあ、そうだな。結局は、こうして酒を飲みながら、いろいろと悩むのが一番面白いということだ」

 願いが叶うとは、結局こういうことなのだろう。

完璧という状態に叛骨している、この状況こそ、人っていうのは愛おしく思うもんなんだ。


───────題.願いがひとつ叶うならば─────

3/9/2025, 10:06:15 AM

、と彼は言った。

 それは諦めの声か、嘆きか、それとも感嘆か。
 答えを求めるように、私はそっと彼の横顔を盗み見る。

「……なんでもない」

 そう言って彼は微笑んだ。
 けれど、その手のひらには、くしゃくしゃになったチケットの半券が握られていた。
 それが映画のものか、遊園地のものか、あるいは旅の切符か——私にはわからなかった。
 ただ、ひとつだけ確かだったのは。

 彼の「嗚呼」には、たくさんの想いが詰まっているということ。

─────────題.嗚呼────────

3/8/2025, 10:19:01 AM

小さい頃から、よく馬鹿にされた。

 体が小さいせいだろうか。気弱なせいだろうか。すぐに笑われた。叩きのめされるのが嫌で、悔しさを飲み込みながら、いつも逃げ込む場所があった。

 ───町外れの喫茶店

 昼間でも少しだけ薄暗くて、壁一面の本棚には古びた書物が並んでいた。客はまばらで、静かで、何より——ここでは、誰も僕を笑わなかった。

 カウンターの奥で、店主が新聞をめくる音。時計の針がカチリ、カチリと進む音。低く流れるジャズの調べ。

 ひとたび店の扉をくぐれば、外の世界はどこか遠くなる。

僕は奥の席でいつまでも本を読んでいた。難しい言葉も、意味のわからない数学書も、何でもいい。
ただ、強くなれる方法が知りたかった。
別の方法で_______________自分を見いだしたかった

 ある日、店主がカップを置きながら言った。

「本が好きなのかい?」

「……知るのが好きなんです」

 僕がそう言うと、店主は少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。

 以来、店に来るたびに、「こんなのはどうだ?」と一冊の本を差し出してくれるようになった。其れは哲学書や詩など、実生活には役に立つのか分からないものだらけ。

 それでも、いつしか僕は、それを貪るように読んでいた。

 ——逃げ込んだはずの場所が、僕を強くしてくれた。

 あれから何年経っただろう。

 今、久しぶりにこの店の扉を押す。

 変わらぬカランというベルの音。ふわりと広がる珈琲の香り。

「おや……見ない顔だね」

 カウンターの向こう、店主はもういない。代わりに、どこか面影の似た青年が、僕をじっと見つめている。

「すみません、久しぶりに来たんです」

 そう言いながら、僕は店の奥の席へ向かう。

 昔と同じ場所に腰を下ろし、窓の外を見る。

 あの頃の僕は、ここで未来を夢見ていた。

 そして今、僕はこうしてここに戻ってきた。

 ……ならば、きっと。

 この場所は、今でも僕の「秘密の場所」なのだろう。


──────題.秘密の場所──────

3/7/2025, 12:28:13 PM

「ラララ」って、不思議な響き

何気なく口をついて出ることもあれば、胸の奥にしまった気持ちを紛らわせるように、そっとつぶやくこともある


夕暮れ時、公園のベンチに座っていると、小さな鼻歌が風に乗って届いた。振り向くと、一人の少女がブランコに揺られながら、小さく「ラララ」と歌っている。

歌詞はない。ただ、メロディーの隙間に、どこか寂しげな想いが滲んでいるようだった。

声をかけることはできなかった。けれど、その「ラララ」は、まるで誰かを呼ぶようで、あるいは、自分自身に言い聞かせるようで……そんな気がした。

「ラララ」は、ひとりぼっちの祈りなのかもしれない。
言葉にできない想いをそっと紡ぎ、誰かに届くことを願う。紡がれる音色で賑やかなアミューズメントパーク宛らの光景を映し出す。

あの少女の「ラララ」は、風に溶けて消えてしまったけれど、もしかしたら今も、どこかで響いているのかも
しれない。

少なくとも私の心には響いているよ


──────題.ラララ──────

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