腹有詩書氣自華

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私はすぐに答えた。

「この世界が、もっと美しくなりますように」

 すると神様は言った。

「それならば、お前が消えればいい」

 なるほど。

 世界が醜いのは、私がいるからか。
 ならば、願いを叶えよう。

 私は屋上へ向かった。
 が、途中で思い直した。

 願いが叶う前に、もう少し酒を飲んでからでも遅くはあるまい。

 誰もいないバーのカウンターで、私はゆっくりとグラスを傾ける。
 静かな夜、外の風が心地よく背中を押してくる。

 「ああ、世界が美しくなるというのは、案外面倒なことだな」と呟き、笑みを浮かべた。

 だって、消えることができるなら、もう少し楽に美しい世界を作れるだろう。
 だが、私にはその決断ができないらしい。

 酒が少し回ったころ、神様がまた現れた。

 「お前は決断したのか?」

 私はグラスを空にし、ため息をついた。

 「まだだな。だって、美しい世界って、どこか寂しさを感じるものじゃないか?」

 神様はしばらく黙っていたが、やがてこう言った。

 「お前が消えたところで、世界は美しくなるわけではない。それは、ただお前が美しさを求めていたからだ」

 私はカウンターに肘をついて、笑った。

 「結局、俺も世界の一部だ。美しさを求める限り、この手の酒場で酔いしれていることに変わりはない」

 神様はしばらく考えてから、少し嬉しそうに言った。

 「では、お前が求める美しさを、自分の中に見出すがいい」

 それを聞いて、私はもう一度グラスを持ち上げた。

 「まあ、そうだな。結局は、こうして酒を飲みながら、いろいろと悩むのが一番面白いということだ」

 願いが叶うとは、結局こういうことなのだろう。

完璧という状態に叛骨している、この状況こそ、人っていうのは愛おしく思うもんなんだ。


───────題.願いがひとつ叶うならば─────

3/10/2025, 10:40:03 AM