腹有詩書氣自華

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10/24/2025, 10:33:01 AM

箱がひとつ、ぽつんとあったのです

ああ、ぽつん、と、まるで夜のなかの白い残月のように

か しゃり――ふたをあけると、
あの蝉の声がしました。
ひゅう、と風が鳴いて、ぼくの頬をひとすじ撫でてゆく

ぼくはそれをひとの気配と思い、
ぼくはそれを自分のなきがらと思い、

かたん、と閉じる。
箱は黙つてしまう
その沈黙のうちに、ぼくのおさない心臓がころがります

ころころ ころころ 
――わらっていたのはだれだろう?
めそめそ めそめそ
───なみだをきらっていたのは
ぼくだったろうか?

世界のはずれで、ひとつの箱が鳴っています。
ちりん、ちりん
――硝子のような鈴の音で
からん 、からん
──西瓜と共にあるビー玉目当てのラムネの様に

その音が、夜をそうめんのようにやわらかく縫いあわせて 、箱をひらかないようにしたのです


【題.秘密の箱】

10/17/2025, 3:13:35 PM

砂の音が止まる前に、名を呼びなさい。
時間は二度と息をしないから。


━━━━━━━━━━━━━━━題.砂時計の時間

5/21/2025, 2:38:29 PM

sunrise

とくとく、そんな音がする
かわらない はずなのに どこか あたらしい

いつもと おんなじ
窓には わずかに残った しいる跡

なんでだろうな ほほが 波みたい

3/28/2025, 11:00:05 AM

湯気の立つ茶碗を手に取る。箸をつけた瞬間、ふわりと香る出汁の香り。頬が緩む。
それは、言葉にしないぬくもり。

春の陽を背に受ける。肌に染み込む温もりに目を細め、瞼の裏に広がる橙色の静寂に浸る。
それは、触れずとも沁みる光。

扉を開けると、ふと耳に届く馴染みの旋律。肩の力が抜ける。日々の喧騒から、そっと解放される瞬間。
それは、名前のない安らぎ。

気づかれなくても、そこにあるもの。
触れられなくても、確かにあるもの。

どれも、名を持たぬ「小さな幸せ」。

3/27/2025, 10:11:22 AM

《春爛漫》

 夜風に、咲き乱れる花の香が満ちている。

 薄曇る月の光が、川面に滲んで揺らめいていた。
 仄白い桜の花が、枝に連なり、川に映り、風に舞い――まるで天地の境さえ曖昧になったかのようだ。

 「まるで、夢のようだね」

 私の言葉に、隣の人影は微笑んだ。

 「夢ならば、醒めることのないように」

 声はそよ風に溶け、髪を撫でる指先は、ひどく優しかった。

 桜吹雪の中、艶やかに、ふわりと舞う蝶を見つけた。
 光と影の狭間で、ひとひらの花弁が翅に触れる。

 ――今宵限りの、儚い舞。

 それでも蝶は、ひるむことなく宙を舞った。
 愛おしむように、恋い焦がれるように、夜闇に咲き誇る華のように。

 幾星霜を越え、幾度となく巡る春。
 だが、このひと夜、この瞬間は、二度と訪れぬもの。

 ならば、せめて――。

 私は手を伸ばし、隣の温もりを確かめる。
 繋いだ指先の向こうに、風に散る桜。
 夜を彩る薄紅の華が、舞いながら、月影に溶けていく。

(了)

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