少女が手を求めたのは、夕暮れの水辺であった。
空は仄赤く、波の影は長い。葦が風にさざめくたび、岸辺の翳が揺らめいた。
――手を、つないで
声は、薄くひび割れていた。
見ると、女の指は雪のように白い。しんと冷えた肌が、ゆるやかにこちらへ伸びてくる。
その指の先にあるのは、花びらか、それとも骨か。
手をつないで
まるで、祈るような声音であった。
指が触れる。ひたり、と濡れていた。
冷ややかに、粘るような感触が、指先に絡みつく。
その瞬間、足元の川面がふいに揺らぎ、水の底に灯が浮かんだ。
世界が凪ぐ。
ひとたび耳を傾ければ、まどろみに溶けゆくごとく、意識はゆるりと手繰られる。
あなたも、沈んで
すっと腕を引かれると、足元がふわりと宙に溶けた。
――ああ、これは、落ちてゆく音 だ。
かすかに嗅ぐは、沈丁花か、はたまた膚に滲む血の香か。
やがて、ひたり と響く水音。
その瞬間、川面の月が紅に染まり、夜は、閉ざされた。
***
翌朝、村人が川のほとりで男の笠を見つけたそうな
けれど、たどるべき影はどこにもなく、ただ、揺るる水面に紅ひとつ、咲きて流るるのみであったという
3/20/2025, 10:16:19 AM