もんぷ

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11/3/2025, 12:43:10 AM

秘密の標本

 ずっと手に入れたかった標本が、何もせずとも自分のもとに来るなんてどんなに願ったことだろうか。その三角の目は、自分と目が合うと優しく弧を描く。まるでそこに収まるのが決まっていたかのように、自然と胸の中に飛び込んでくる。標本にして棚に並べてしまえば、このくしゃっと笑う笑顔に皺が刻まれる過程も、腕の中の息遣いも温度も感じられない。コレクションが好きな自分がどれだけ大金をはたいても得られない、世界一愛おしい自分だけの標本は、今日も元気に息をする。

11/2/2025, 10:17:25 AM

凍える朝

 静寂に、くしゃみを一つ。掛け布団の柔らかな重みを感じずに、目をあける。いつもより早い時間の冷えた空気はひたすらに慣れない。目覚ましが鳴る前に目を覚ましたのはいつぶりだろうか。ふわぁと大きいあくびをしながら寝返りをうつと、潤んだ視界に金髪の頭が映る。この悪の元凶め。

「暑ない?」
その掠れた関西弁の文言に一悶着あったのは、つい昨日のこと。最低気温が一桁の日に暑いわけあるか、という自分の意見をなぁなぁにして抑えつつ、エアコンのリモコンを持つ手を離さない彼。ブランケットにくるまって凍える自分を傍らに置き、酒を楽しむ彼は満足気だった。そして一緒の布団にかぶさって眠りについたところまでは良かったが、どうせこのわがままな金髪頭は寝ているうちに暑い暑いと呟き、布団をどこかへ吹っ飛ばして眠りについたのだろう。その布団を何よりも大切に思う、もう一人の存在を忘れないでほしいのだけれど。

 むかついたので仕返しをすることにした。袖をまくっている彼の腕に収まり、抱きついて、自分の熱をお裾分け。こんな奴、暑くてうなされて起きてしまえ。それで布団を剥ぎ取ってしまっていたことを謝罪して、あのカフェのモーニングセットを奢ってくれたら良しとしよう。

11/1/2025, 10:00:58 AM

光と影

 光があるからこそ影は生まれる。光に満ちた世界に囲まれて笑うあの人の背に隠された自分がうまく笑えていなかろうが誰も気にしない。
「あんな良い人と付き合えて幸せだね。」
彼の光に惑わされた人たちが幾度となく自分にかける譫言。そんな人たちに曖昧に返していると、決まって彼が自分の肩に腕を回し、何を話しているのかと笑顔で尋ねる。はじめは嬉しかったスキンシップに徐々に怖さを覚えてしまったのはいつからだろうか。彼はいつだって光で、綺麗で、優しくて、あたたかい。だからこそ、その光を間近で浴び続けた自分の視界は色を無くす。

10/30/2025, 12:54:34 PM

そして、

 月さえも寒色に染まり、身震いしそうな外の空気に冷たく息を吐く。ほとんど寒いしか言い合わないような中身の無い会話の最中、どちらともなく手袋越しに手を重ねる。こんなことで暖はとれないと知っているのに、少し乱暴に前後に動かして身体を温める。彼はいつもみたいに、まるで子どものようだと笑いながら自分の動きに付き合う。彼よりも少し遅く生まれただけで、もう子どもなんていう年齢じゃないのに。きっと自分の方が体力はあるのに相変わらず重いものは持たせてくれないし、ブラックだって飲めるのにミルクをつけてくるし、お酒を飲んでいると心配そうな顔をする。今だって二人分の夕食の野菜が入ったカバンは、繋いでるのとは反対側の彼の手が握っている。おしゃれな服には似つかない大きめのネギがカバンから飛び出しているのが見えた。
 彼と出会ったころの自分は確かに子どもだった。自分にとって彼が優しいお兄さんから違った認識になっても、彼の中でいつまでもかわいい子どもという意識は消えないらしい。その甘やかす行為はもはや手のつけようがない。仕方がないから、普段は仕事にかかりきりで食事さえも疎かにする彼に、お鍋がおいしい季節を教えてあげよう。そして、願わくば、これからどれだけ歳を重ねようとも、彼にかわいがられながら冬を越せますように。

10/30/2025, 1:23:32 AM

tiny love

 この関係がいつからか、いつまでか、なんて知る術はない。そこはかとなく鼻をつく甘い匂いは、自分ではない人のもの。きっと昨日まではとびきりの美人が横たわっていたそこに自分がいることがいつまでも不思議だ。

 自分たちは付き合っているわけではない、というのはきっと彼との共通認識。だって、付き合っているのなら他の人の影にもっと怒ってもいいはずで、確かに良い気持ちはしていないけど、不明瞭な自分たちの関係だからこそ何も言えないのが事実で。そもそもなぜ彼の隣にいるのかが分からない。彼の周りによくいるような女性達のように容姿が整っているわけでもなく、彼のように人を虜にする色気や、財産、秀でた話術があるわけでもない。何もかもが見合わない。ただ、少し古くからの幼なじみというだけで何かと家に呼びつけ、同じところで眠る。そっと唇をつけるだけで満足そうに彼は眠りにつく。他の女性と嫌というほどしているような行為は一切無く、ただそれだけ。

 多分小学校に入るよりも前、記憶の奥底の小さな手は優しく自分の頬を撫でて、そのまま顔を近づけて柔らかく口を合わせた。結婚も、恋人も、恋愛も、その存在の名前だけ知っていたぐらいの幼い自分と彼が、その行為の意味を知るよりも早く、軽い気持ちで始めてしまったのがきっかけ。この子どものお遊びのような関係が、終わりもなく今でも続いているなんて笑えないだろう。それでも続けてしまうのはなぜだろうか。今日もその柔らかさに触れながらそっと目を閉じる。外側だけ大人になってしまった自分たちが、あの日のように何も考えずに息をつけるのがその布団の中なんて、すごく馬鹿馬鹿しい。

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